第3話 才女、王に会う
食事を終えた私たちは片付けを控えていた侍女たちに任せて部屋を出る。
部屋の外では準備を整えてきたらしいフィーラス殿下が待っていた。
殿下に連れられて謁見の部屋へとやってきた。
騎士が大きな扉を開けてくれる。
本物の騎士って初めてみたけど、王宮勤めということもあって軽装だ。
鉄鎧の類いは着ていないみたい。
どうやって要人を守るのか聞いてみると、彼らは所謂、神殿騎士と呼ばれる人たちらしく、神聖魔法というものが使えるらしい。
その中に障壁を展開する障壁魔法があるとかで、わざわざ盾を持ち歩く必要はないんだとか。
あくまで、熟練者に限るって感じだったけども。
まぁ、熟練度によって障壁の耐久度が変わるのでしょうね。
部屋は他に入ったことのあるものと違い天井が非常に高く、天窓――というよりは、ステンドガラス――まで備え付けられていた。
私たちの宿泊施設が来客用の施設らしく、王宮の本体である王族の居住区画を挟んで反対側が謁見の間のある施設らしい。
ここでは主に、他国を迎え入れる歓迎会や、街の人々の依頼や要望などを聞き入れたりする職員が仕事をしているんだとか。
なるほど、来客を迎える用の部屋兼式典用と考えれば確かに豪華なのも頷ける。
ちなみに、王様自体は事務作業が多く、どちらかと言えば私たちのいた宿泊施設に併設された仕事場で仕事していることが多いそう。
なんで、そっちに案内してくれなかったのかしら?
その答えは殿下が持っていた。
「実は、皆さんを歩かせるのもどうかと思いまして、父上も仕事部屋に案内して貰うよう手配していたそうです。
しかし、召喚儀式に立ち会った方々や、仕事で来れなかった方々から『是非、参加させて欲しい』とお申出があったらしく、父上としても無碍には出来なかったと言っていました」
私たちは客寄せパンダじゃないのよ?って言いたかったけど、殿下が私たちに気を使ってくれているのは分かったから強くは言えなかった。
むしろ、気を使ってくれる彼には最初と違い少し好感が持てた――断じてイケメンだからではない。
「待たせて悪かった異世界から来た者達よ」
いや、その自身の意思でふらっとやって来たみたいな言い方はないんじゃない?
あんたが連れてきたのよ。あんたが。
そう突っ込みたかったけど、先日の一件がある上に周りには前回よりも多くの貴族が押し寄せている。
ここで目立つのは、得策と言えない。
仕方がないから睨みを利かせるが……当の本人は気付いていないようだ。
これじゃあ私が、無駄に威嚇するチンピラみたいじゃない。
「我が名はオスカー・カルディア。カルディア王国の国王だ。見知り置き願おう」
一体なにがあってフィーラスの様な美形が生まれるのか疑問に思うほど、“これぞ国王”みたいな渋いおじさまが座っていた。
隣には長い髭を下げた腰の曲がった男が立っている。多分、あれね宰相とかね。
「私が宰相のガウル・ガロワだ」
一歩前に出た男がそう告げる。
あ、やっぱり宰相なのね。
二人はこっちをずっと見ている。
どうやら次は私たちが名乗れってことみたい。
最初に挨拶したのはしっかり者の鎮だ。
「お会い出来て光栄です。陛下、宰相閣下殿。
私は日本より召喚されました夕霧鎮と申します」
「同じく日本より召喚されました島根恵子と申します」
ゆるふわ系の恵子ちゃんもそこは鎮に倣って丁寧に頭を下げている。
でもね、私この人に凄い文句言いたいのよね。それに――
「日本から連れてこられた澤入来斗だ。ま、よろしく」
来斗が爆死してるのよね。ガチャだったら全て星二とかってレベルでやらかしてる感じ。
だから来斗に倣っちゃおうかと。
目立つのは御免こうむりたいけど、文句は言いたい。
両方を天秤に掛けた時、文句を言うことに傾いてしまった。
「相沢才華。この国に拉致された今この国で最も憐れな被召喚者の一人よ」
あぁ、来斗は爆笑してるし、鎮は頭を垂れてどう収集をつけようか考えてるし、恵子ちゃんは尊敬の眼差しを向けてくれる。
え? 来斗とそんなに変わらないと思うんだけどやらかした?
「拉致か……確かにそうだな。だが、こうでもしなければ国が保てん。
最後の手段だったのだ」
「私たちには関係ないじゃない。
それに、呼ばれた人間が必ず味方になるわけでもないでしょ?」
「確かにお主は保留にすると聞いている。だが、他の者達は前向きなようじゃぞ?」
まぁ、怒ってるの私だけだしね。
恵子ちゃんは待遇を変えてくれればいいって感じだし、鎮は真面目そうだからほっとけないだろうし、来斗は暇潰しに手伝うかもしれない。
でも、私は関係ないしね。三人が怪我したら治療くらいはしてあげるけど。
ところで、本当にそう思ってるのかな?
ちょっと聞いてみるくらいいいよね?
「って、陛下が言ってるけどそうなの?」
「無駄な悪あがきを――」と陛下はほくそ笑んでいる。
これは本当なのかもしれないなぁと思ったけど、杞憂に終わった。
「え? 保留に出来るの?
サイちゃんが保留にするなら私も保留にする〜」
「なら、二人の御守りでもするわ」
「僕も保留出来るなら保留かなぁ……役に立たないかもしれないからね」
なんと全員保留と答えることになってしまった。
あーあ、陛下が固まってるよ。石みたいだよ。ちょっと、大人気なかったかしら?
でも、自業自得よね。私は悪くない。
「ということらしいですが?」
あ、陛下崩れ落ちちゃった。
まさにorz。灰色になっちゃったわ。黒い複数の平行線がお似合いね。
というより、お隣の宰相も陛下にジト目向けてるけど腹心があんなんで良いのかしら?
なんというか、魔王襲来を待つまでもなく滅びそうよねこの国。
「まぁ、よい。どちらにせよこの世界について学ばねばお主らも動けまい。
暫くの間、専門の教育係を用意する。それから決めればよい」
「ええ、そのつもりよ」
まぁ、学んだところでどう動くか何だけどもね。
別に国に同情して守るにしても、王に従う必要はないし。
取り敢えず、部屋に帰りたい。
この時間だとルカなら本用意し終えているはずだしね。
「講義は明日からということでよろしいのでしょうか?」
「ああ、鎮殿の言う通り明日から執り行う。
と言っても、全員一緒に受けて貰うからそう身構えなくともよい。
スケジュールは既に従者に伝えてある。詳しく聞きたければ従者に確認してくれ」
来斗はその従者と話せないのではなかっただろうか?
まぁ、あとで教えて上げれば問題ないわね。私が言わなくても鎮が教えそうだし。
「では、各自明日に備えるといい」
王との謁見はこれにて終わりを告げた。
部屋を出た私達を待っていたのはやっぱり殿下だった。
「父上はどうでした?」
「何か、堅物そうに見えて意外とお茶目な人だったわ」
「ははっ、そうですね。確かにその表現が似合うと思いますよ」
「殿下は何で入ってこなかったのかしら?」
「ああ、それは明日からのスケジュール調整を私がしていたからですよ。
今、従者全員を集めてスケジュールに関しても話してきました。
良かったら皆様にもご説明しましょうか?」
殿下は今回の召喚の件にかなり深く関わっているようだ。
ただ、あの頼りないようなそうでもないような、微妙な感じの陛下に決められるよりはよっぽどいい。
折角なので殿下の言葉に甘えることにする。
「そうね。皆、私の部屋に来なさい。せっかくだし大勢でお茶会でもしましょ?」
「サイちゃんの部屋? 行く行く〜。お泊り道具持っていっていい?」
「ええ、恵子ちゃんは泊まっていってもいいわよ」
やったー!って隣で恵子ちゃんが喜んでいるが、鎮と来斗の二人は少し悩んでいる。
「どうしたの二人とも?
別に借りている部屋だから女の子の部屋って感じでもないわよ?」
「とはいえ、一週間は才華さんが過ごしていたんでしょ?」
鎮って匂いとかに敏感なんだろうか。無害そうな外見は偽物なのかな……いや、流石にそれはないか。
「気にする必要はないわ。そんなことを言い始めたら、過去にはどこぞの御曹司が過ごしていたかもしれないでしょ?」
「それもそうだな。それに、王子様自ら説明してくれるっていうのに俺たちが行かないわけにもいかんだろ」
「了解。お言葉に甘えさせてもらうよ」
渋っていた鎮もようやく納得してくれたところで、早速、私の部屋に移動することにした。
† † †
「ただいま」
というわけで、全員引き連れて帰還。
「おかえりなさいませ」と言ってくれたルカが顔を上げて驚いている。まぁ、朝出ていった時より人が多いからね。
「ごめんねルカ。殿下から既にお話があったと思うけど、明日からのスケジュールの話をまたして貰うことになったの。
お茶の用意をお願い。勿論、六人分ね」
「サイカ様、今日は殿下もいらっしゃいますし、私は……」
「大丈夫よ。ここの部屋の主は私だし、殿下はとても理解のある方よ」
ちょっと、朝のこともあったので殿下に釘を刺しておこう――と思って言ったのだけど、特に気にしていない様子。
朝のあれは何だったんだろうか……
結局、六人でお茶を飲みつつ、明日からのことを話すことになった。
私の右には恵子ちゃん。左はルカ。正面に殿下。その両サイドに来斗と鎮が座っている。
こうして見ると見事なまでに美形揃いね。
殿下と来斗は同じくらいの背だけど、鎮は少し高い。
並ばせてみると本当に王子と騎士みたいだ。
対して私は――
左から少し私に寄りかかるように座るルカ、お茶が冷めるまで時間つぶしに私の膝を枕にする恵子ちゃん。
なんだろう、この仲良し三姉妹みたいなノリは……
まぁ、二人とも可愛いから良いんだけどね。
「さて、明日からなんですが、最初はカルディアの歴史や礼儀作法を覚えて頂きます」
「それ、私が受ける意味ないんじゃないかしら?」
「あはは――サイカさんはそこら辺、一通り勉強済みでしたか?」
「ええ、暇だったからあそこに積まれている歴史書と礼儀作法の指南書は一通り読んだわ」
私が指差す方向には山のように積まれた本がある。
ルカに頼んだら知り合いの執事に手伝って貰いながら持って来たものだ。
当然、台車を使って。
殿下が席を立って背表紙のタイトルを確認する。
「……これ全部、暗記されたんですか?」
「一週間もあったから割りと簡単に覚えられたわ」
「あれ、一週間で読んだのか……才華って活字中毒?」
流石に興味を持ったのか、来斗が積まれた本の冊数を数えながら聞いてくる。
確か、毎日一台は山積みになった台車を運び込んで貰っていたような?
でもまぁ、他にやることもなかったし、暇つぶし程度に読んだだけなのよね。
「人一倍、知識欲が強いだけよ。
講義がなかったから本を読んだだけで、普段からこんなに読んでいるわけではないわ」
「それにしても、すごい量だと思うけどなぁ……」
鎮もちょっと呆れ顔だ。
私の周りにいた本当の活字中毒者は一週間あったらこの倍は読んでいるはずだから、私なんてまだマシな方だと思うけど……私の周りが変だったのかしら?
ちなみに、相変わらず恵子ちゃんは私の膝に頭を乗せてる。そろそろ寝息が聞こえてきそう。
「そしたらどうしましょうか? サイカさんだけ別の教育係を用意しましょうか?」
確かに、私個人としてはそれの方がありがたい気もする。
ただ、折角、仲良く慣れそうな御三方を放置して一人寂しく授業を受けるのも何か違う気がする。
そこで、一つ提案することにした。
「この部屋で講義するっていうのはどう?」
「この部屋でですか?」
「そう、私の部屋は寝室が別だし、ここはただのリビングだから構わないわ。
三人に中心的に教えて、私はその話を聞きながら別の本を読んで一人勝手に勉強する。それでどうかしら?」
それなら別の部屋でもいいのではないか?と言われたが、大量の本の移動と給仕のことを考えたら、くつろぎやすいこの部屋を使った方が効率的ということで収束した。
「では、私は明日の教育係にもこの旨を伝えてきます。
明日からは教育係と話し合って行動して下さい」
「殿下はこちらにいらっしゃらないのかしら?」
「ごめんなさい。顔を出そうとは思っていたんですが、隣の領で魔物の大量発生が確認されたとかでてんやわんやしていて……
暫くは隣の領の応援に行かないといけないんですよ」
「公務があったのね。魔物がどんなものかは本だけでは分からないけれども、危険な存在であることに変わりはないんでしょうから気をつけて行ってきて下さいね」
殿下は「ありがとうございます」と笑顔で言うと部屋を出ていった。
残された私たち五人もそろそろお開きにしようと思う。
「さて、二人はどうする? ご飯もここで食べていくというなら五人分用意させるけど?」
「いや、遠慮しておくよ。僕も部屋に戻って明日の準備をしておこうかと思うしね」
鎮は見た目通り真面目みたいね。
正直、高校の授業と違うのだから準備するほどのことではないと思うけど。
来斗も今日あったことを整理したいとかで部屋に戻るらしい。
個人的には残って色々と聞いてみたかったのだけれども仕方ないわね。
「ルカ。三人分の夕食を用意してもらってきて」
「畏まりました」
そうして、それぞれがそれぞれの目的に向かって散っていく。
――あ、恵子ちゃん、眠っちゃった……ま、いっか。
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