第2話 才女、転移者と会う

 着替えを終えた私がドアを開くと予想外の人物が部屋の前に立っていた――王子だ。

 そう、あの王子。手を叩き落としたあの王子。王子かと思ったら本当に王子だったあの人だ。

 今更ながら、あの時のことを咎めに来たのかしら?

 でも、誰ともしれない男に手を差し出されたら普通は警戒するわよね?

 ナンパとかされたら煙に巻いて逃げるでしょ?

 まぁ、大体しつこいから最後は手が出るってオチが付いてくるけども……


「こんにちは、サイカさん。こないだは失礼しました」


 警戒していたのは何だったのか、いきなり謝られてしまった。

 ということは、召喚してしまったことではなく、いきなり手を差し出したことについて謝っているみたいね。

 これが本人が女心を分かってて謝ってくれているのなら、それなりに評価を改めないといけない――“このイケメン出来る!?”ってね。

 私個人としては召喚したことを謝ってほしかったのだけど、どちらかと言えばそれは王の責務でしょうから、まぁいいかな。


「お気になさらないで下さい。

 私もいきなり手を出してしまって申し訳ありませんでした」


 なんて、欠片も悪いと思っていないことをいけしゃあしゃあと言ってみれば、王子様はあっという間に笑顔になってしまった。

 笑顔が素敵なのは良いことだけど、そんなに思い詰めていたのかしら?

 なら、一週間も置かずにさっさと謝りに来ればいいのに。


「改めて挨拶をさせて下さい。

 私の名前はフィーラス。フィーラス・カルディアと申します」


 それが王子の名前だった。何でも、カルディア王国の第一王子だとか。

 本当に今更だけど手を出しちゃって大丈夫だったのかしら?

 特に本人が怒った様子もなければ、今の今まで放置されてたんだから大丈夫よね?

 迷ってても仕方ないし、私も挨拶を返す。


「ご丁寧にありがとうございます。私の名前は才華。相沢才華と申します」


「貴方の国では名前が後に来るのですね」


「はい。でも、それは他の三人も同じだと思いますが?」


 私の言葉にフィーラス殿下は困ったような顔をする。

 何か事情があるようだ。


「本当はもっと早くに謝りに来るつもりだったんです。それに他の三人とも話してみたいとも思っていました。

 しかし、父の意向で中々会いに行けず、今に至ってしまったのです」


「父の意向ですか?」


「はい。こちらに来たばかりで混乱してるだろうし、ホームシックのところにお邪魔するのも悪いからと」


 そこまで気が回るなら最初から呼ぶんじゃないわよ。

 そう内心で突っ込んだせいで少し険しい顔をしてしまったのか、フィーラス殿下が慌てている。

 仕方がないので、何事もなかったかのように笑顔を向けた。

 それだけで安心して笑顔を見せてくれるのだから、案外可愛らしいところがある。

 とはいえ、彼は多分だけど私より歳上なのよね……大丈夫かしらこの国。


「フィーラス様。そろそろサイカ様は国王陛下に謁見を……」


「ああ、そうだった。実は予定が少し変わったから伝えに来たんだ」


 ルカは「またですか……」と少し不満気だ。

 私を思ってそう不満を抱いてくれていると思うと、少し誇らしく思ってしまうのはいけないのかしら?

 思ってた以上に主体質になってきてしまったのかも。

 親馬鹿ならぬ主馬鹿ね。


「心配しなくてもサイカさんは私が連れて行くから君は君の仕事をするといい」


 私に向けていた笑顔はどこへやら、少し厳しい対応が気になった。

 というよりも、ルカの仕事は私のお世話なんだけども?

 しかし、このままではルカが可愛そうなので、ちゃんとフォローしておくことにする。


「なら丁度よかったわ。ルカ。ここにあるメモの物を私が戻ってくるまでに用意しておいて貰えるかしら?」


「こ、これは!?」


「驚く気持ちも分かるけど、私だって一週間もここにいるのだから、のことくらい知っているわ。

 何にしても次は魔法に手を出すから今あるものじゃ足りないのよ。

 貴方の見立てはとても良いし、お願いするわ」


「畏まりました。早急に用意致します」


 そう言うとルカは足早に部屋を出ていった。

 それを見送った私はフィーラス殿下を伴い部屋を後にする。


「精霊魔法を既にご存知とは……一体どちらで?」


「本です。この一週間は暇でしたからルカに頼んで、礼儀作法、文化史、歴史書辺りを読み漁っていたのである程度は知っていますよ」


 フィーラス殿下はキョトンとしている。

 好青年のキョトン面って意外とイケるわね。

 でも、そんなに突拍子もない事はしてないと思うのだけど、何をそんなに驚いているのかしら?


「随分と勤勉なんですね」


「単に知識欲に負けただけですよ」


 確かに、よくよく考えてみると、異世界に来て混乱している人間は本を読み漁ったりはしないかも知れない。

 普通は読めないから当たり前だろうし、読めたとしても読む気にならないのが普通でしょうね。

 私は何故か読めたし、読む気があったから読んだだけで……

 他にもこの一週間をどう過ごしていたか話をしながら移動する。

 精霊魔法とは字のごとく精霊の力を借りて行使する魔法のこと。

 通常は大気中を彷徨う精霊達の力を一手に集めて行使する。

 所謂、生活魔法のようなものだ。

 例えば暗闇を光で照らしたり、水を生成したり、火をおこしたり――

 だけど、当然ながら軍事利用もされているらしい。

 それが高位精霊との契約による高等魔法の行使だ。

 精霊は霊体であるため、普通は目に見えるか見えないくらいの曖昧な存在なのだけど、高位精霊は人と契約し人の魔力供給を受けることで実体化する。

 とはいえ、生活魔法と違い契約者は精霊への魔力供給と魔法行使用の魔力を持つ必要があって、これが想像以上に多いらしいのよね。

 聖女なんて呼んでくるくらいだから、いずれ魔力検査みたいなのはあるだろうけど……

 何にしてもをそれまでは生活魔法で魔法というものに慣れておくのが良さそうね。

 というよりも、魔法という得体の知れないものに早く触れたい。

 日本では絶対に経験出来ないものね。

 なんて考え事をしていれば一つの扉の前に着いた。

 移動は歩きだったから、時間は十分くらいかかったかもしれない。

 別にここ最近は運動が出来ていなかったから何も問題はない。寧ろ丁度よかった――とは思うものの、一つ一つの部屋に距離があるのは何とも不便な話だとも思う。

 

「サイカさん中へ。皆さんお待ちですよ」


 呆けていたらフィーラス殿下に中へ入るようにと勧められる。

 入った部屋には男が二人と女が一人。そう、先日共に召喚された男女がいた。


「私が最後みたいね。遅くなってしまってごめんなさい」


「いえいえ、僕たちもさっき来たばかりなんです」


「でしたら良いのですが……。僕たちということは御三方はご一緒に?」


 私だけ特別扱いでもされているのだろうか?

 確かに侍女も優秀な訳だし、疑いようがない気もする。

 初日に派手に怒鳴り散らしたから仕方ないけども。

 というより、端から見れば彼女のほうが特別扱いか。

 男の子二人を従えているような構図だものね。


「いや、実は丁度朝食のタイミングが重なってな。そこで話して仲良くなったのさ」


 正面に座っていた男の子が説明してくれる。

 朝食が重なったって、他の人達は部屋の外で食べてるのかしら?


「一応、確認したいんだけど、皆はどこで食事してるのかしら?」


「どこって? 普通に食堂だけど。

 ほら、お偉いさん方が利用してる官職用食堂みたいなところ」


 そんな所あったのね――やっぱり特別待遇だった……

 「何を当たり前なこと聞いてるのさ」みたいな顔されても使ったことないのだから仕方ないじゃない。

 ルカもそういう所あるけどどうする?って聞いてくれればいいのに。


「にしても、王宮での生活は意外と面倒だよな。

 服は外まで行かないと洗えないし、食事は食堂まで行かないといけない上に微妙に遠い。

 おまけに風呂も浴場まで行かないといけないし……」


「何か折角さ貴族みたいな対応して貰っているのに、外に出ないと何も出来ないって不便だよね」


 と男二人は言っている。

 もしかしたら、女の子は部屋でってことかと思いきや――


「私は比較的近いからそうでもないかなぁ」


 あらら、やっぱり私だけなのね。怒鳴りすぎたかしら?

 チラッと後ろを見ると、丁度フィーラス殿下が部屋を出るところだった。

 恐らく今までの話を聞いていたからか、最後にニコっと笑顔を見せるとそのまま行ってしまった。

 いや、最後の笑顔の意味が全然わからないんだけど?

 私が困った顔をしていたからか、男の子の一人が気にかけてくれた。

 もっとも、話に混じれなくて困っている訳ではないので勘違いではあるのだけど、その気遣いに甘えることにする。

 

 ちょっと茶髪で少し背が高めのスラッとした男の子が声をかけてくれた人で夕霧ゆうぎりまもる


 その隣に立つ黒髪の顔は整ってるけどやんちゃそうな人が澤入さわいり来斗くると


 そして、私の隣に座る子が島根しまね恵子けいこ。見た感じはゆるふわ系女子って感じ。


「ところで、才華さんはどうなの?」


「どうって――えっと……」


 こんなにも待遇が違うなんて聞かされてないし、言い訳も当然ながら考えてない。

 誤魔化そうにも間を置きすぎて既に怪しまれている。

 何か、この世界に来てから苦労ばかりじゃないかしら?


「朝になれば侍女が食事を運んでくるし、シャワーは備え付けの物を使ってるから特に移動したりはしないけど……」


「何その特別待遇!」


 恵子ちゃんが両手を挙げて、可愛らしく抗議している。

 気持ちは分かる。待遇してもらっている私だって意味不明なんだから。

 鎮と来斗が苦笑いしているのは初日の私を覚えているからかしら?

 うん、多分そうよね。

 何度目になるかの反省をする。

 怒鳴りすぎてごめんなさい。


「でも、三人だって侍女か執事かいるんじゃないの?」


「一応、いるっちゃいるけどな……」


 そこで、来斗が何故か遠い目をしている。意味が分からない。

 となりで鎮が苦笑いしている辺り事情は知っているらしい。


「あぁ、何かね。部屋の掃除とか色々やってくれるらしいんだけど、気がついたらいて気がついたらいない幽霊みたいな人なんだって。

 結局、挨拶も出来なければお礼も言えないとか」


 それは難儀な……

 というよりも、主とコミュニケーション取れない従者って素質に問題があるんじゃないかしら?

 いや、主は王様なんだろうから、寧ろルカがちょっと変わってるてこと?


「でも、僕のところも同じ感じだよ。

 たまに来て事務作業みたいに一言二言交わして戻っていくみたいな……」


「私のところは流石にもう少しお話したりとか部屋に居てくれたりするけど、殆ど会話したことないかなぁ」


 うん、やっぱりルカが他と違うらしい。


「才華さんのところは?」


「私のところは可愛い子が面倒見てくれているの。

 初日こそ遠慮されてしまったりしてたけど、今ではお茶の相手をして貰ったり、一緒にお風呂に入って背中を流して貰うくらいには仲良くなったわ」


「ぶー。やっぱりサイちゃん特別扱い」


「サイちゃんって……まぁ良いけどね。改めてよろしくね恵子ちゃん」


 私も身長は低めだと思ってたけど、恵子ちゃんって私より更に背が低いのよ。

 頭なでて上げたらにへら~としてくれてるけど、歳は一つしか変わらないみたいなんだよね。

 意外と話が盛り上がってしまい、気がつけばお昼の時間になっていた。

 今回は私がいることもあってか全員分のお昼が部屋に運ばれてきた。

 フィーラス殿下が気を効かせてくれたらしい。

 ちなみに、余談だけれども後で聞いたらルカが「私を呼んでくれれば……」と言っていた。

 本当に私のことを慕ってくれているのねと改めて感謝した。

 楽しい食事の時間も話していればあっという間で、全員が食べ終わった頃に呼び出しが来た。

 食事を終えれば、いよいよ王様との謁見がある。

 周りは少しばかり緊張しているみたいだけど、私はあまり緊張していない。

 何かあったとしても、私達を気にかけてくれているフィーラス殿下が取り持ってくれそうだしね。


「さて、王様に文句を言いに行きましょうか。

 この世界に無理やり引っ張ってきたことも含めてね」


 そう言って私は締めくくるのだった。

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