異世界召喚編

異世界に来ました

第1話 才女、異世界にて

 その日。

 その日、私は全てが振り出しに戻った事を悟った。


――異世界転移


 転生よりタチの悪い冗談だ。

 例えば、それが不慮の事故で死んでしまった私に対して、神様がチャンスをくれて転生したと言うならば、私は神様に感謝し泣いて喜んだんじゃないかと思う。

 だけど、私は神など信じないどころか、居たら思いっきり殴ってやろうと思うほどに不満を抱えていた。

 家でただ寝ていただけなのに、『起きたら異世界』なんてファンタジーな展開の中に突然放り込まれれば呆れもするし、憤りも感じる。

 ただ、幾ら神を憎んだとしても、それは実際に起きていて、私はそこに座っていた。

 ようやく焦点が合い始めた目で周りを見れば、豪華な服に身を包んだ男女が複数いる。

 その側には侍女服や執事服なんかに身を包んだ者も控えている。

 まるで、本に出てくる貴族の屋敷みたいなところね。

 それと、私以外に男の子が二人と女の子が一人転がっていた。

 知らない人だから、色々な所から呼び寄せたって感じなのかしらね?

 そんなことを呑気に推察していると、彼らを無視するように私に近づく影があった。


「ようこそ。カルディア王国へ」


 そう言って、座る私に手を伸ばすのは、キラキラと光る宝石を纏った顔立ちのいい青年だった。

 歳は少し上かもしれない。

 装飾品を見比べてみると、この人だけやたら豪勢に見える気もする。

 王子か何かなのだろうか?

 改めて周りをよく見れば貴族の屋敷というよりかは、王宮の一室と言われても何ら不思議はないように見える。

 だって、装飾が豪華すぎるんだもの。

 だけど、それすら今の私にはどうでもいいことだった。

 その手を私は――


 


 他に言葉は要らない。ただただ、叩き落とした。

 今にして思えば、八つ当たりでしかなかったのだけど、私にもその時には自制するほどの余裕がなかった。

 私は王子(仮)が驚いて目を見開いている間にも自力で立ち上がり、周りを見て大声を張り上げる。


「この状況が分かる責任者! 今すぐここで正座して状況を説明しなさい‼︎」


 それが、東大受験を目指していた私、相澤あいざわ才華さいかが異世界に来て最初に発した言葉だった。


 † † †


 大声を張り上げた後、部屋にいた者は一人の例外もなく慌ただしく行動を始めた。

 まぁ、一応私は彼らにとって来客ということになるのでしょうし、来客が怒れば慌てもする。

 今は責任者と話すため別室に案内されていた。


「それで? 元の世界には戻れないのかしら?」


 少し苛立ちを含めて責任者の一人を問い詰めるが、返ってきた回答は予想通り「戻れない」というものだった。

 確かに、「フォフォフォ。召喚されし勇者よ、我の為に働け。功績を上げれば元の世界に返してやろう」などと言われたら、そっちの方が質が悪い気がしないでもないけど、それとこれとは別問題よ。

 まったく、東大受験のために自由時間を犠牲にして必死に勉強してきた私になんてことしてくれる――なんて言っても始まらないので要件を聞く。

 物事は何でもポジティブに捉えないとやっていけない。

 少なくとも、気の滅入る分野の勉強においても常にポジティブだったから頑張ってこれたと思っている。

 要件がそれなりの物であれば、多少は自分を納得させられるというものだ。


「さて、本題に入るけども。

 私をこんなところに呼び出したってことは当然、それ相応の要件があるのでしょう?」


「はい、その通りで御座います。

 実は山奥での魔物の活動が活発になっており――」


 ……魔物?

 いや、よくよく考えてみれば異世界間渡航を私たちはしているわけで、状況から見るに召喚されているということは、魔法的なものがこの世界には存在するわけで――

 ってことは何? 本当にゲームに出てくるような魔物的なものが存在するわけ?

 それ、私じゃどうしようもないじゃない。


「観測班から魔王復――「さようなら」


 流石に慌てて止められたが、待つも糞もない。

 軍人を召喚するならまだしも、軍隊持たない国のただの学生を召喚して何をさせる気なのかしら?

 まぁ、私がこの世界の事情を知らないように、彼らも私の世界の事情を知らないのだから、そこらへんは仕方ないのかも知れないけども。

 それにしたって魔王はないわよ。魔王は。


「待つも何も真面目に話さないなら出ていくわよ?」


 早々に切り上げて今後のことを考えたい私は席を立とうとしたのだけど、このお偉いさんは何も悪戯にそんなことを言っているわけではないと必死にアピールしているから取り敢えず座り直す。

 あれ? もしかして、真面目に魔王復活とか言ってらっしゃるのだろうか……

 でも、魔王の討伐って普通は勇者がやるもんじゃない? 私関係ないと思うんだけど?

 だって、ほら。状況から見て勇者に該当すると思しき男の子を二人も召喚してるんだし、私より聞き分けの良さそうなもう一人の女の子をお供に付ければ私いらなくない?

 大体、勇者パーティーは男性比率の方が高いのよ。


「兎にも角にも、魔王復活の兆しが出ているのです。召喚された男の一人が勇者でしょう。貴方には聖女としてこの国を守って頂きます」


 もう嫌だ。何だ聖女って。

 聖女はお手本にすべき女性に与えられる称号であって、守護者ではないのよ?


「国を守る? そんな力が私にあると思う? 聖女? 私は神を信仰したりしていないわ」


 信仰していないどころか現在進行系で恨んでいる。いるなら報復したいくらいに。


「文献通りであれば貴方は間違いなく聖女なのです。ですからどうかこの国を……」


「いやいや、もう一人女の子いたじゃない。

 男の子も二人いてどっちかって言ってるのに、私だけなんで限定出来るのかしら?」


 聞かれたお偉いさんはキョトンとしてる。

 まさか、もう一人召喚されていることに気付いていないなんてことはないだろうし、驚く要素がどこにあるのか分からない。


「聖女があんなに頼りない訳ないじゃないですか」


 いや、そんな真顔で言われても……確かに彼女はちょっとオドオドしてたけど、いきなり異世界に呼ばれたのよ? むしろ普通の反応よね? 私が擦れてるだけで。


「取り敢えず、出ていくのは止めておくわ。

 魔物っていうのがどんなものか想像も付かないけども、今の状態で飛び出したら速攻で死んでしまいそうだから。

 ただ、守れって言われて『はい、そうですか』と言えないのも分かって頂戴。

 そもそも、この国のこと知らないし、守る理由もないもの。

 暫くここに残ってこの世界について学ばせてもらって答えを出すわ。

 それでいいかしら?」


 私としてはかなり譲歩していると思っている。

 そもそも、彼らの事情と私は無関係なのだから。

 国民だからとかあれば話は別だけども、そもそも物理的に世界が違うのだから関係があるはずもない。


「分かりました。取り敢えず、この国に留まって頂けるのならそれで構いません」


 お偉いさんは一安心したかのように一息ついている。

 まぁ、他の三人と比べると一番の難関は私であることは間違いないでしょうね。

 王子――本当に王子様だった――の手を叩き落とした挙句、「説明しろ!」って怒鳴りつけたのだから。

 完全にお偉いさん方の中じゃ貧乏クジ引かされた感が満載よね。

 少し同情するわ。原因の私が言うのも何だけど。


「では、早速ですが部屋にご案内します。

 日用品の用意もしないといけませんし、召喚の影響が出るかもしれませんから体を休めて下さい」


「召喚の影響?」


 こっちに強制的に呼ばれたのに、加えて呼ばれた私たちにリスクがあるとかどんな欠陥技術なの?とは思ったものの、そういう訳ではないらしい。

 どの世界から来たかにもよるらしいのだけども、私みたいに魔法のない世界から来た人間は、急に魔力を得たことで魔力酔いというものを起こす可能性があるらしい。

 イメージ的には三半規管が普段とは異なる形で刺激されて、乗り物酔いを起こす感じ。

 そもそも、感じることの出来なかった魔力を急に感じるようになって起こるんだとか。

 でもそれって、純粋に転移してきたというよりも、見た目そのまま体を再構築しないと無理じゃないかしら?

 魔力も自然発生と言うよりは、魔力を生成する器官のようなものがあるって話だから、そうでなければ、転移してくる前にも私は魔力が生成できる器官を持っていたということになるものね。

 何か怖い話ね。それこそ神のみぞ知るって話だけども。


 話が終わって、お偉いさんが廊下に向かって声を掛ける。

 どうやら、ここからは案内が変わるらしい。


「お初にお目にかかります聖女様。

 私はこの度、聖女様のお世話をさせて頂くことになりましたルカ・ルーザと申します」


 入ってきたのは侍女服に身を包んだ少し幼さの残る女の子だった。

 しっかりしていそうだけど、どう考えても私より年下に見える。

 不審に思いお偉いさんを見ると慌てた様子で説明してくれた。

 この国では十五歳で成人になるそうだ。

 そして、ルカ・ルーザと名乗ったこの少女は今年で十五になるらしい。

 下っ端とはいえ既に侍女として働いて、侍女長お墨付きの優秀侍女なんだとか。

 まぁ、別に使えなくても自分で全部やればいいし、固っ苦しい年上の侍女が来るより、愛でれる可愛い侍女の方が精神衛生上はいい。

 そう思い、私も自己紹介をする。

 

「よろしくねルカさん。

 それと、聖女はやめて頂戴。私のことは才華でかまわないわ」


「畏まりました。それでは、サイカ様とお呼びさせて頂きます。

 サイカ様の国の文化を知らない為、至らない点もあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いします」


 そう言ってルカさんを先頭に部屋へと移動をした。

 と、言ってもそれ程離れているわけではない。

 窓から外を見る限り、敷地自体は広いみたいだし、恐らく他の建物に行くとなると歩きではそれなりに時間を要するのだろうけども、さっきまでいた部屋とこれから案内される部屋は同じ建物内にあるらしい。

 一応、渡り廊下のような区切りを越えれば、宿泊用の建物に着く。

 その最上階――まぁ、三階なんだけども、そこに私の泊まる部屋があった。

 案内された部屋は私専用の個室となるらしい。

 実家のリビングの十個分くらいの部屋に、五倍はありそうな浴室、七倍はありそうな寝室と、真ん中に鎮座する部屋の三分の一弱は占めている巨大なベッド――どう考えても一人用じゃない――などなど、誰がどう見ても規格外過ぎる部屋だった。

 どちらかと言えば貧乏な家だった私には広すぎる。

 これは、使用人必要になるわ……としみじみ思った。


「今は何時かしら?」


「丁度、十二時になりますね。お昼にされますか?」


「いえ、私の感覚だと丁度、朝なのよ。

 ほら、寝ている間に気付いたらここに居たから……。

 でも、何もないとお腹すきそうだし、軽く食べられるものを用意して頂いてもいいかしら?」


「畏まりました。準備に少々お時間を頂きますので、今の内に部屋の備品で足りない物を確認しておいて下さい。

 足りない物は後日、王宮の者に用意させますので」


「分かったわ」


 と言っても、部屋で足りない物は殆ど無い。

 鏡はあるし、服もある程度用意されているようだ。

 生活で困ることはないだろう。

 食事や飲み物もルカさんに頼めば用意してくれるのだろうし、取り敢えず、生活してみないことには足りないものは分からない。

 一つ一つ確認をしていると、程なくして、ルカさんがサンドイッチに似た何かを持ってきた。


「これは?」


「この国では主流の軽食で、王国自慢のパンに野菜を挟み込んだものです。

 以前、この世界に呼ばれた聖女様が『さんどいっち』と言っていたと聞いております」


 やっぱり、そうなのか。

 見た目はハンバーガーに近い気もしないでもないけど、肉を挟んでいるわけでもないし、同郷の人間がサンドイッチと言うなら異世界版サンドイッチなのだろう。

 元より普通に美味しそうなので気にせず口にする。


「……美味しいわね」


 故郷のサンドイッチよりも遥かに美味しかった。

 使用しているドレッシングの味が独特だからだろうか?

 少し酸味があるが癖になる味だった。

 あっという間に完食した私はこの後の予定を聞いた。


「暫くは部屋で待機して頂くことになります」


「どれくらい?」


「申し訳ありません。色々と準備があるからと伺っているのですが、準備が何かもどれくらい掛かるかも分かりません」


「そう。でも、それまでは暇ね……その間にこの世界の本を読もうかしら? 用意してくれる?」


「本ですか?」


 ルカさんはキョトンとしてる。

 別に変なことは言っていないはず。

 スマートフォンや携帯ゲーム機があるならまだしも、どうせないんでしょうから時間つぶしと言えば読書一択のような気もする。

 それに、さっきの説明だけじゃ全然分からないことだらけだったんだもの。

 聞きに行くのも何だし、自分で調べてしまった方が早い気がする。

 となれば、最善の選択のはずだ。


「そう、本よ。この世界の礼儀作法と地理、文化史、歴史書辺りを片っ端から持ってきて頂戴」


「畏まりました」


 まずはこの世界を知る。

 それは私にとってお偉いさん方に会う前に済ませておきたい最優先事項だった。

 

 そこから数日はあっという間だった。

 その間、活字中毒者のようにひたすら本を読んでいたのだから当然と言えば当然かも知れない。

 元々、勉強が得意というのもあるが、ルカ――数日過ごす内に呼び捨てするようになった――が心配するほどのめり込んでしまったのは少し申し訳なく思っている。

 でも、仕方ないじゃない。内容が意外と面白かったんだもの。

 そうね。世界史で他国の文化を知る時のような高揚感が私を突き動かしたのよ。

 私、東大受験なんて目標に毒されていたのか、自覚していた以上に知識欲が強かったらしいわ――今更ね。

 そんな生活を一週間程続けていた頃、ようやく呼び出しが来た。

 切りが悪いし、個人的にはもっと遅く来て欲しかった気もするけど、状況的にそういうわけにもいかないものね。

 今の自分が置かれている状況は王様とやらに聞いた方が早いだろうし。


「サイカ様。国王陛下から招集がかかりました。

 服はこちらに用意しておりますので、今すぐ準備をお願いします」


「招集っていうのが癪だけど仕方ないわね」


「ええ、本当に……」


 ルカはこうして一緒に共感してくれる。

 ここ数日で分かったのだけど、ルカってしっかりしているように見えて、実は感情起伏の激しい可愛い子なのだ。


「気にしないで、ルカは悪くないのだから」


「分かっていますが、同じ世界の人間として――」


「いいルカ?」


 ルカに詰め寄り、彼女の唇に人差し指を当て黙らせる。


「この一週間、貴方は私の我儘に付き合って一生懸命お世話をしてくれたわ。

 お偉いさん方は貴方を私に割り振ったという仕事はしたけど、それ以外はのよ。

 私が快適に過ごせたのは全て貴方の功績であって、あのお偉いさん方ではないわ。

 だから、胸を張りなさい。侍女としての仕事を全うした貴方にはその権利があるわ」


「……ありがとうございます」


 ルカは照れたように顔を赤く染める。

 恥ずかしいのを堪えて、数秒間をおいた後にお礼を言うあたりなんて凄く可愛らしい。

 このまま見惚れていたいけど、そうも言ってられない。

 早いとこ支度をして王様のところへ向かわないと、ルカが怒られてしまうかもしれない。

 なら、彼女のためにも早く着替えて王様のところへ急ぐとしましょう。


 服は見慣れないものだったけれども、ルカが手伝ってくれる。

 文化史の情報を鑑みるに王国の伝統衣装なのでしょうね。

 客人に伝統衣装を着させるのは、全世界共通なのだろうか?

 だけど、西洋ぽい服は思いの外、気に入った。

 だって、日本にいたって西洋の服なんて着ないわよ? コスプレっぽいし……

 そして、着替えた私は扉に手を掛ける。


 これが異世界生活の大事な一歩になると信じて――

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