花人は作れる、のか。

「すごい! パッと開いて、綺麗に散って、うわあ、すごい大きな音……!」


 大きな歓声に隣を見れば、いばらが小さく飛び跳ねて花火を見ている。

 それはまるで、小さい子が初めて花火を見たときのそれで微笑ましいな、と見ていたら、いばらはこちらを振り返って、予想外の言葉を吐き出した。


「はなび……だっけ? 初めて見た! 沙也加さやかちゃんが誘ってくれたおかげだよ。ありがとう」

「え……」


 一瞬いばらの言葉の意味を理解できなくて思考が止まる。

 初めて? 花火が?

 普通一回は見たことがあるものだと思っていた。

 打ち上げ花火じゃなかったとしても、線香花火とか、ねずみ花火とか。

 そういったものを、小さい頃に親や兄弟とやるのが普通だと思っていた。


 私たちが驚いていることに驚いたのか、いばらはキョトンとした表情で首を傾げる。

「もしかして、はなび、みんな見たことあるの? あ、えっと、ここに来る前に」

「むしろ、見たことない人のほうが珍しいですね」

「そ、そうなん、だ……」

 いばらは目を左右に動かしながら、俯いていく。

「あの、その、私……。あんまり家から出させてもらえなくて。だから、知らなかったんだ」

「出させてもらえない?」

 どことなく不穏な響き。

 問い返せば、また青みがかった黒は逃げるように泳ぐ。

「い、インドアってこと、だよ」

 いばらは、誤魔化すようにえへへ、とへたくそに笑う。

 なにかを隠してる……?

 でも、それは訊いていい類なのかよくわからない。

 少なくとも言わない、ということは言いたくない類のことではあるのだろう。


 訊かないでいよう。

 そう決めて、視線を花火に戻そうとしたとき。


 いばらのすぐ傍の草むらが、動いた。

 同時に、唸り声。


 私たちがそちらに完全に視線を向けるよりもはやく、それは出てきて。

 いばらは押し倒されてしまう。

「……っ!」

 悲鳴。

 強く香る、薔薇の香り。


 駆け寄ろうとした私をかおるが止める。

 刺そうとした注射器をりょうがすんでのところでやめる。


「ぐ……あ、あああ……っ」


 暴走した花人。

 その足や腕から蔦が伸びて、その身体に巻き付き、花を咲かせていく。

 咲いたそばからその花は次々と枯れていく。それは粉になり、ぬるい風に吹かれて消えていった。


 花人が枯れてなくなるまで、一分もかからなかった。


 血を吸った側が枯れる。


 そんな、前代未聞の出来事に、私たちはしばらく、同じ場所をじっと見つめながら動けなかった。


「……いばら」

「私……の……」

 いばらは上半身を起こし、噛まれた首元を抑えながら震えている。

「いばら」

 薫はいばらの目の高さまでしゃがみ、優しい声で名前を呼ぶ。

 やっといばらは、顔を上げて私たちを青みがかった黒い瞳に映す。

「あなた、なんらかの事情で閉じ込められていたんじゃないですか?」

 予想外の言葉に、え、と小さく声をもらしてしまう。

「……」

 いばらがふい、と目をそらし、俯く。

 そのまま黙ってしまうかと思えば、実は、と震えた小さな声が、こぼれる。

 音を立ててしまえば消えてしまいそうな音量に、私たちは息をひそめて耳を澄ませる。

「私、作られた花人、なんです……」

 もれかけた声をなんとか飲み込み、続きを待つ。

「誰に作られた、とか、どういった目的で、だとかは、答えられないけれども……。私は蒼い薔薇ばらから作られた花人。人工的に作られたものだから、もしかしたら吸血行為の際、普通の花人とは違う反応が、相手や自分にもでるかもしれないって、私を作った人は言ってた。だからたぶん、私の血を飲んだから、この人は……枯れてしまったんだと、思う」

 そこまで言うと、彼女は膝を抱えて顔をうずめてしまう。

 私はいばらの近くまで歩く。

 そしてしゃがみ、彼女を抱きしめる。

 ビクッと腕の中で細い身体は震えたけれど、拒絶はされなかった。


 彼女の言葉を嘘だとは思えなかった。

 嘘を吐いているようには見えない、というのもあるし、他に、吸血した花人が枯れてしまう理由なんて浮かばないから。


 作られた花人。

 どんな気持ちだったんだろう。

 作られた目的によっては、もしかしたらずっと苦しい思いをしていたかもしれない。


 それに。


 彼女がこの土地にやってきて、まだ一か月。

 同じクラス、しかも席が近かった関係からずっとそばにいたけれど、彼女はまだ、人が枯れるところを見たことがないはずだ。

 枯れるところを見るのは、かなり精神的にきついものがある。

 咲くところも、枯れるところも、どうしても自分や親しい人と重ねてしまって、なかなか慣れることはできない。


 それを初めて見て。

 そのうえその原因が、自分の血を飲んだこと、だなんて。


 どれだけ、きついだろう。


「……まだ作られてから半年も経っていなくて。事情が事情だから、私は外に出たことが……その、ここに連れてこられるときしか、なくて。だから、色々と知らないことが、たくさんあって……花火も、知らなかったの」


 肩を押されて、いばらを抱きしめる腕を緩めれば、よろめきつつも彼女は立ち上がる。

 そして私たち一人一人の目をまっすぐに見たあと、彼女は深く頭を下げる。


「どうか、私が作られた花人であること、それに関わることを、誰にも言わないでください」


 ばれてしまえば、どうなるかわからない。

 彼女も、作った人も。

 だって、花人を作れるだなんて、本来あり得ないはずだから。

 もとが人でないのなら、もしかしたら解剖だってされるかもしれない。


 実際、花人病が流行り始めたときは、花人病について知るための解剖はもちろん、咲くか枯れるか以外で死ぬことはない花人病患者を使った人体実験が行われて、問題になった。

 今は人権がどうの、とかで禁止されたけれど、一部の人間がまだそういったことをやっているかもしれない、という噂を聞いている。


 そういったことがあるから、誰一人として、彼女のお願いを嫌だと断る人はいなかった。

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