かんざしは、弟への手紙と一緒にしまっていた。
トントン、と肩を叩かれて振り向けば、
チラリと横を見れば、少し離れたところで、開放的な星空に興奮しているらしいいばらに、了が星座を教えているのが見えた。
もう一度薫に視線を戻して、首を傾げる。
「なに?」
「かんざし、少しだけずれてるので、触って大丈夫ですか?」
「え、あ、ごめん、ありがとう」
ずれてたっけ。
もしかしたら、歩いている途中でずれたのかもしれない。
頷けば、筋張った青白い手が、視界を掠めて頭に触れる。
鼻をくすぐる薫の花の香りに、距離の近さを感じて鼓動が早くなる。
頬に熱が集まっていくのを感じて、その意味するところに気付き始めて、慌てて頭の中で否定する。
薫のことを異性として意識している? そんなの、駄目だ。
薫は、そういうことは望んでいない。それに私だって、薫のことは男の子とか女の子とか、そういうことを抜きにして、人として好きなわけで。
だから、決して、そんなんじゃない。はず。……はずってなんだ、私。
そのままかんざしの位置を直すような感触ののち、手が離れていった。
同時に、下駄が砂を踏む音が聞こえて、身体が一歩分、離れる。
「終わりましたよ。……ふふっ」
笑われた。
間違いなく、赤くなっている頬を見て笑われた。自信がある。絶対この頬のせいだ。
「ちがっ、これは、……思った以上に、近かったから……そういうんじゃない、から」
どうしよう。
これで、異性として意識しているとか思われて、嫌われたら。
嫌われなかったとしても、距離を置かれたら、嫌だ。
ただでさえクラスが違うし、こうやって今は一緒にいるけれど、学校生活ではそんなによく会えるわけではない。
そこからさらに避けられたら。それは、ただただ悲しい。
不安になってしまって、でも、どうしたら上手く返せるのかわからなくて、私は俯いてしまう。
「……私が男だったらよかったですか? それとも女だったらよかったですかね?」
「え?」
意味がわからず顔を上げれば、薫の口元は緩く弧を描いている。でも、その瞳はどこか寂し気で。
「質問の意図が読めないんだけど」
「そうですよね。忘れてください」
言って、薫は星空に視線を向けてしまう。
男だったらよかったか、女だったらよかったか、なんて。
どういう意味なのか。
女の子だったら、まあ、確かに、赤くはならないし、さっきみたいなことを考えることは、私はなかっただろう。
対して男の子だったら。
例えば了だったら。
四年前なら赤くなったかもしれない。だけど、指からだけれども吸血行為を重ねることで耐性ができたのか、たぶん、赤くはならない。
知らない人だったら、相手に善意があるわけではないのなら突き飛ばすし、善意であったら、丁重にお断りする。
ああ、駄目だ。
結局、そういうことなんだ。
やっぱり、好きなんだ。
薫が。
男だとか、女だとか、関係なく。そういう意味で。
でもきっと伝えれば、薫を傷つけてしまう。
いつも隠している喉仏や、実は身長や体型だって気にしていることも知っている。
だからこそ、女の私が告白すれば、それはたぶん、男としての薫を好きだと言ったようにとられる可能性が高くて。
そうじゃない、と言っても、逆に女としての薫を好きとか、そういうんじゃないし。
駄目だ。まとまらない。
それに、なにより。
薫は花人病で。
もう患ってから七年くらいなわけで。
寿命は刻一刻と近づいている。
対する私は、同じ花人病を患っていながら、吸血鬼でもある。
そのおかげで、本来ならリミットであるはずの残り六年を過ぎても、恐らく元気に生きているだろう。
いつ寿命が来るか、なんてわからない。
でも少なくとも、薫のそれよりは遅い。
生きていく時間が、違う。
違うんだ。
一緒に生きてなんか行けない。
薫は優しいから、私と違う気持ちだったとしても、気にしてくれるだろう。
だから、駄目だ。
駄目なんだ。
花火の音。
顔を上げれば、少し間を置いて二発目の花火が昇っていく。パッと花を開いて数秒後に音が追いつく。
また間を置いて、三発目。
開く。
一、二……。
「薫、だからだよ」
私よりも頭一つか、一つと半分よりもう少しあるくらい高い位置にあるそこに、そっと声を投げる。
同時に、タイミングよく花火の音が三発目のそれに追いつく。
聞こえないと思って放った言葉だけれど、なにか言ったことはわかったみたいで、薫がキョトンとした表情で振り返る。
「なんでもない」
青白くて筋張っていて、でも優しい手が好き。
いつも柔らかな声が好き。
温かな栗色の瞳が好き。
今まで意識していなかったけれど、今パッと思い浮かべただけでも、まだまだ出てくる。
でもそれは男とか女とか関係なくて。
薫だから、好きなんだ。
その気持ちに蓋をして、一歩前に足を踏み出して、薫の隣に行く。
薫から花火へと、視線を移しながら。
「本当に、なんでもないんですか?」
「うん」
「そう、ですか」
四発目の花火が花開く。音が追いつく。
ふ、と視界に影ができる。
「かんざし、今年もつけてくれてありがとうございます」
耳にかかる息で、その影の正体に気づき、落ち着いていた頬にまた熱が集まる。
「薫ー……」
わざとだ。
絶対わざと、口を近づけた、この人。
睨めば、クツクツと喉で笑われて、頬を膨らめる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます