彼女は、感情を押し殺して話す。
その日は、やけに喉が渇く日だった。
あれから数日が経っても、私は未だに血を飲むことができずにいた。
校舎の奥。人気のない、いつもの空き教室。
日直の仕事で遅れてくる了を、私と薫は椅子に座って待っていた。
他愛のない話をして。笑って。
ああ、平和だな、なんて柄にもなく思った。
そして、そんな思いが出てきたからなのか。
「このまま血を吸えなかったら私、枯れるのかな」
言うつもりもなかった言葉が、こぼれた。
まずいと思って口を塞ぐけれど、出てきてしまった言葉がそれで戻ってくれるわけではなく。
「ごめ――」
「まあ、枯れるでしょうね、飲まなければ」
淡々とした言葉だった。
栗色の瞳は、伏せられている。
「何度も言っているように、このままでは枯れます。……そこまでの過程は辛いものですし、私だってあなたに枯れてほしくはありません。でも結局のところ、死ぬ、という部分だけ見れば、咲いても枯れても同じなんです。巻き込まれるようにして枯れることになったとしても、私は別に、後悔なんてしませんよ。あなたを憎く思うこともないです」
「
「ただ……あなたに辛い思いをさせてしまったな、と、それだけはもしかしたら悔いるかもしれませんが。私は花人病にかからなければ、すでにもうこの世にはいない人ですから。だからもしも巻き込んでしまっても、変に罪悪感を抱く必要はないんです。そりゃ、まあ、もう少しだけこうやって生きてたいな、とは思いますけれど」
でもね、と呟きながら、薫の青白くて冷たい手が、私の両手を包み込んで胸の高さまで持ち上げる。
「
「薫……」
名前を呼べば、薫は栗色の瞳を細める。薄い唇の口角を上げて、コテン、と首を横に倒す。
「……あり――……っ!」
ありがとう。
その言葉が出てくるよりも先に、呼吸が苦しくなる。
喉が渇いた。
カラカラだ。
だけどこの乾きが、水分で補われるものではないことを知っている。
駄目だ。
そう思って、握られた手を振り払おうとするけれど、うまく力が入らない。
「かお……っ、はっ、はな……って……!?」
腕を引っ張られる。そのまま薫の腕にガッチリと捕らえられる。
離れるためにもがこうとするけれど、思うように身体は動かない。
「大丈夫、大丈夫ですから」
薫の腕が素早く動く。あの薬を刺されるんだと、理解した。
よかった、襲う前に大人しくなることができる。
そう、思ったのに。
「……つっ!」
私はありったけの力を込めて身体を捻り、薬を握った腕に思いっきり噛みついていた。
ごりっと硬い感触がして、だいぶ深くまで噛んだのだと理解する。
遠くで、硬いものが床にぶつかる音がした。落とした物を取りに行こうとするのがわかったので、勢いよく足をおろす。
それは、私の足の下で粉々に砕けた。
「沙也加……っ! やめ……いっ!」
傷口を強く吸えば、悲鳴が上がる。
美味しい。
こんな美味しい飲み物、私は知らない。
いや、一度飲んだことがある。
でも、あれよりも美味しい。
独特の香りが鼻を抜けていく。
美味しい。もっと。もっと飲みたい。
腕から顔を上げれば、痛みのせいなのかそれはぐったりとしている。
その青白い首元に目が行く。
あそこを噛めば、もっと飲める。
口を大きく開けて、勢いよくかぶりつく。
「……っ!」
声にならない悲鳴が、少し上から聞こえる。
でも、関係ない。
ただ、美味しい。血がいっぱいだ。
喉を鳴らして飲む。美味しい。
「薫! 沙也加っ!」
背中に迫る気配に気づく。
同時に私は、血を飲むのをやめて、それを迫ってきた奴に投げ飛ばす。
机にぶつかる音、うめき声、そして、床に落ちる硬い音。
奴が手を伸ばすよりも先に、その硬い音を立てた物を、さっきと同じように踏みつぶす。
舌打ちが聞こえたと思えば、奴は身体の上に乗ったそれをどかして、私に飛びついてきた。
そのまま私の口を、自分の首元にくっつける。
与えられたのだと理解するよりも前に、私は噛みついてその血を口に含む。
甘い花の香り。美味しい。
美味しいと感じたのに、飲み込んだ瞬間、息が詰まる。
「……っ!」
喉が燃えるように熱い。
頭が、身体中が、ミシミシ痛む。
目の前が揺れている。
どうして。
なんで。
疑問は浮かぶのに、それらは私の意識と一緒に闇の中へと引きずり込まれて行った。
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