彼女と出会った場所は、このための場所でした。
音を立てて、ドアが開く。
足音がどんどん近づいて来たと思えば、カーテンがシャッと勢いよく開く。入ってきたのは
「
「気分以外は。了も、ごめ――」
「謝罪は大丈夫。とりあえず、報告するから」
了の言葉に、私と薫は姿勢を正す。……とは言っても、私はまだ寝たままだけど。
「で、報告だけども。沙也加はよくわかっていないと思うから、先に説明するね。まず初めに、
「うん……」
頭の中で
「で、暴走には段階があるんだ。一段階目は花人病を発症したときに皆が通る道。突然の吸血衝動に堪えきれず、周囲の人を襲ってしまう。そのあとに定期的に吸血行為をしていれば、暴走することはなく、時が来て咲く。だけども吸血行為をせずにある程度の期間を過ごせば、また暴走する。そのときに、運よく周りにいる人が、所持を義務付けられているあの薬を投与してくれたとして。そのあと意識が戻ったときに正気だったら、まだ、大丈夫」
「まだ……?」
不穏な響きに、ごくりと喉を鳴らしてつばを飲み込む。
暗い目をして了が頷く。
「吸血行為を行うこともなく、何度も何度も暴走をして、襲って、薬を投与されて……。最後は、正気に戻ることはなく、血液を求めるだけのただの化物になる」
ギュッと心臓を掴まれたような気がしたのは、自分もそうなるんじゃないかと思ったから。
私は弟を襲って以来、一度も吸血行為をしたことがない。
表情が強張ったことに気付いたのか、頭の上に冷たい手が置かれて、そっと撫でてくれる。
その手に縋り付いてしまいそうになるのを、必死にこらえる。
「そうなったらもう、誰にもどうしようもない。花人は、咲くか枯れるかしないと死ねないしね。そんな危険人物を放置しておけば、そいつに血を吸われて枯れていく花人が沢山出てしまう。だからそうならないために、最終段階まで来た花人に対して僕らができることは二つある。一つ目は、その場で咲くことを覚悟で、暴走した花人の血を吸うこと。もう一つは……地下室に閉じ込めること」
「地下室?」
そんな場所があったことを初めて知った。
校内は、転校してきたその日に、この二人にざっくりと案内してもらった。でも案内してもらった中に、そんな場所はなかったと思う。
「今度どこにあるか説明するよ。いろんな建物の中に複数箇所作られた部屋で、階段をひたすら降りて突き当りに部屋があるんだ。その部屋のドアは、外から開けることはできても、中から開けることはできない」
「もしかして、そこに閉じ込めて、枯れさせるってこと……?」
まさか、そんなことしていないよね、と信じられない思いで訊けば、了がつい、と目をそらす。
その動作で、それが事実だとわかってしまう。
「……自業自得。……そうやって言い聞かせていないと、きつくなるけれど」
きつくなる。
その言葉で、了が何度も暴走してしまった誰かを地下室へ連れていってたのか、と想像してしまう。
了はいったい、どんな思いで暴走した花人を連れていったんだろう。
「どれだけその行為が嫌だったとしても、血液を飲んでさえいれば、枯れることも、誰かを襲うこともないんだ」
「……」
どう返せばいいのか、わからない。
襲うことはいけないことだ。
そうならないためには、血を吸わないといけない。
だけど、きっと、一度誰かを襲ってしまえば、吸いたい、なんて思えない。
なら、枯れた方がマシだ、なんて考えて吸わなければ、結果として何度も何度も誰かを襲うことになる。
そして、閉じ込められて一生を終える。
それが嫌で定期的に吸血行為をしていれば、待っているのは自分が花になるという事実。
どうすればいいのだろう。
どうすればそこから抜け出せるのだろう。
「……さっき、沙也加を襲った人だけど。あの人は、手遅れだった」
手遅れ。
つまり、もう地下室に連れていかれた、ということなんだろう。
焦げ茶色の瞳を、意外と長いまつげがそっと隠している。ああ、彼が連れていったのだと、言われなくてもわかった。
一度了は瞼を閉じる。
そしてもう一度開けば、すっと厳しい表情で私を見る。
「以上、報告終わり。さて。……沙也加、義務付けられてる薬って持ってるよね?」
「うん」
今手元にはないけれど、今日持ち歩いていた鞄の中に入っている。
「それ、三秒以内に出して相手に刺せるようにして」
「え」
三秒以内って、かなり早くないか。
どこに入れたら、それだけ早く出せるのか、と考える。
無難に、ポケットだろうか。
でもワンピースやスカートだと、ポケットがついてないことが多いし。
これからは、パーカーを着るしかないか。
「で、今回みたいに体調悪そうにしている人がいれば、すぐ刺せる位置に持ってから声をかけて。じゃないと、いくつ命があっても足りないよ」
「……わかった」
毎回二人に迷惑をかけるわけにはいかない。
それに、まっすぐに見つめてくる焦げ茶色の瞳からは、その持ち主の真剣な思いが伝わってくるから。
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