戦争を描く

 小説で戦争を描きたい。そういう思いがずっと以前からありました。けれども戦争は自分自身が経験していない事。これまでに戦争体験者の手記を読んだり、話を聞いたり、あるいは介護職という仕事柄自然に耳にしたり、という事はしてきたんだけど、「戦争を体験していない人の書いた戦争文学」をもっと読んでみたい、と思う今日この頃。

 そのうちの一冊として手にしたのが「卵をめぐる祖父の戦争」(デイヴィッド・ベニオフ著 田口俊樹訳 ハヤカワ文庫)。これがもう、素晴らしく面白かった!

 第二次世界大戦中のレニングラード包囲戦を描いたものなんだけど、ロシアに興味ある人じゃなきゃいまひとつピンとこないだろうと思う。1942年ドイツ軍によるレニングラード(現サンクトペテルブルグ)の包囲は900日にも及び、その間市民は飢餓状態に置かれ、凄惨を極めた。そのレニングラードにおいて、17歳の少年レフが脱走兵として捕まった青年コーリャと共に、軍のお偉いさんの娘の結婚式のための卵を探してこいと命じられて奮闘する冒険物語。「ロシア系の祖父の体験をアメリカ人の孫が聞く」、という設定の物語だ。

祖父の体験した戦争を孫がたどる、という設定は、百田尚樹の「永遠の0」に似ている。しかしその出来映えは雲泥の差だった!

私は「永遠の0」を読んだ時、つまらなくて、世間の評価の高さとのギャップに驚いた。ちなみに私は百田尚樹の思想に対する先入観からこんな事を書いているわけではない。私が読んだ時、「永遠の0」はむしろ反戦小説というくくりで語られ、右も左も絶賛していた。私も実際、彼のボクシングに関する小説と評伝を読んで、なかなかいい作家だと感じていたのだ。

「永遠の0」を読んでしみじみ思ったのは、作家がもし「戦争」を書けば、作家としての本質が剥き出しになる。だから注意を要する、という事だ。

「永遠の0」を読んで、私の百田尚樹に対する「良質のエンタメを書く作家」という認識は一変した。底の浅い作家だと思った。以後私は百田尚樹の作品を読んでいない。


「永遠の0」がつまらない原因は何か。

まず第一に、(大御所の作家みたいな事を言って恐縮だが)人間が描かれていない。

主人公の宮部は、抜群の航空技術を持つ零戦乗りで、軍でもそれなりの地位にある男。それが「自分は妻のために生きて帰りたい」と言って憚らない。これはこの時代にあっては普通の事ではない。なにしろ、子供ですら「自分は二十まで生きられない」と覚悟を強いられた時代なのだ。それなのに、宮部という男は「妻のために生きて帰りたい」などと平然と口にする。相当大胆不敵というか変わり者というか、あるいは共産党員かアメリカ育ちなど特殊な背景が無ければあり得ないはずだ。しかし百田は、「この時代に特殊過ぎる言動をする人物」を、説得力のある描写で描いていない。したがって主人公宮部は、全く血肉の通っていない、作りものめいた人物にしかなっていないのだ。

結局、戦時下において、平和な時代の「家族愛」などいうヒューマニズムが人々の意識からも叩き出されていた事実を直視しない安易な戦争観が、百田のその後の好戦的な発言につながったのではないか。


そして第二に、百田はストーリー展開において、あり得ない事をやらかしている。ワタクシ、はっきり言って読み終わって開いた口がふさがらなかった。言ってれば「ボクシングの世界チャンピオンを目指していた男が途中で代理人にかわって戦わせる」ようなストーリー展開なのだ。こんなのあり得ない。主人公は目標を定めたら、失敗しようが成功しようかその意思を最後まで貫徹させなければならない。こんなごまかしの方法で「成功したことにしちゃう」話などに感動出来る訳がない。

結局、百田はいろいろ戦争の資料を読んでいくうちに、その大いなる理不尽に戸惑ったんだろう。それを直視出来ぬまま、安易なヒューマニズムに逃げこんだためにこんな変な話を書いてしまったんではないか。


しょせん、戦争を知らない世代に戦争小説は書けない。そう思っていた所に「卵をめぐる祖父の戦争」という傑作に出会った。これは「永遠の0」の欠点を全てクリアしている。理不尽な命令を遂行しようとする二人の人物描写が素晴らしい。(特にお喋りな脱走兵コーリャ!)そして二人は、最後まで命令を遂行しようと奮闘する。さらに作者は調べていくうちに知ったであろう戦争のむごさ、理不尽さから目を背けていない。


もう一つ、この小説が好きな理由がある。それは主人公の父が粛清された詩人で、相棒コーリャが文学好きな青年であること。詩人と戦争、戦争と文学。いいなあ。こういいテーマで小説書いてみたい。そして、物語終盤辺りで明らかになる、怖いもの知らずに見える青年コーリャの「ある秘密」に、カクヨムユーザーなら共感必至てあります!

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