人殺し童貞

騒騒しい目覚まし時計の音で目が覚めた。

時計を見ると朝7時。そして今日は日曜日だ。


「目覚まし消すの忘れてた……」


そうだ。昨日色んなことがあって疲れたので帰って速攻寝たのだった。


昨日は、そう、大きな出来事といえば、失恋したことだろうか。

飲み会で失恋した。

あとは……あとなにか、もう一つくらい大きなニュースがあった気がするけど……

朝ということもあって脳が碌に働かず、思い出せなかった。


「寝よ……」


再び睡眠の心地よさに浸ろうとすると、またしても俺の安眠を邪魔するものが現れた。


ピンポーン


インターホンが鳴った。


「なんだよこんな朝から……」


布団から出る気も起きず、体を動かさないでいるとまたしてもインターホンが鳴った。


「あぁ……はいはい…」


寝させろよ……。

インターホンをならした人物は俺を寝かせてくれないらしい。

この言い方は少しいやらしい響きがあるな。

そしてこの考え方は物凄く童貞くさいな。


そんなことを思いながらのっそりと布団を出る。のんびりと玄関へ向かっていると、またもやインターホンが鳴った。扉の向こうの人間はどうやらかなりのせっかちらしい。


「今行くから少しは待てって……!」


イラついてそんなことを呟きながらドアを開ける。


「おはよ!」

「……」


そういえば、昨日の大きいニュースを思い出した。

1つは失恋と——


「? 何ぼーっとしてんの?部屋入れてよ。あ、もしかしてエッチなグッズ片付けてない?5分あげるから整理してきていいよ」


ニコニコしながら部屋の前で呑気なことを言っているこの女子高生に……不死身の女子高生に出会ったことだった。


〜〜〜〜〜〜〜〜


結局俺は彼女を家に入れてしまった。今リビングの小さい机の前にちょこんと座っている。


来客時の対応なんて碌に知らないが、取り敢えず飲み物を出せばいいんだろう。

俺は冷蔵庫を開け、念のためにリビングにいる少女に声をかける


「お茶でいいか?」

「ジュースがいい!」


え?お客さんってこんな図々しいものなの?

これが普通なの?


疑問を抱えながら、仕方なくジュースを紙コップに注いで彼女の前に置く。


「それで?」


俺は机を挟んで彼女の目の前に座って取り敢えず質問する。


「なんで俺の家知ってんの?」

「へ?お兄さんが教えてくれたんじゃん昨日。」

「嘘つけ」

「いや、ほんとだって。昨日帰り際に私聞いたじゃん。住所どこ?って」

「……あー……」


そういえばそうだったかもしれない。

昨日頭が混乱してぼーっとしていたのであまり覚えていないが。


「聞かれたかも……そんで俺は何も考えず言ったんだっけ……」

「そうそう。お兄さん目死んでてさ、心ここに在らず、っていうの?そんな感じでパッと教えてくれたよ」


昨日の俺を殴りたい。

殴るのは痛いので説教ぐらいでいいかもしれない。


「ああそういえば」


俺はあることを思い出し、彼女に5000円を差し出した。


「はい」

「え?いやだから私は援交じゃないって——」

「違うよ。ホテル代。払ってなかったろ」

「ああ、いいのに……」

「そういうわけにもいかん。一応歳上だろ俺。多分」

「いやでも、昨日は私が無理やり連れてきたんだし。ほんとに。気持ちだけでいいって」

「そ、そっか……」


こういうところで引いてしまうのが本当に情けない。かっこ悪くて仕方がない。


そして、彼女はクスリと笑って付け加えた。


「それに、あそこ7000円だし」


本当に、かっこ悪い……。


〜〜〜〜〜〜〜


「河合 怜(かわい れい)!17歳!趣味は映画とか買い物とか〜あ、あと漫画もたまに読むよ!不死身!」

「津崎 良太(つざき りょうた)。19歳。趣味はゲームとアニメ。死身」

「な、なんか暗くない……?あと死身ってなに?地味?」

「いや俺不死身じゃないし。打ち消しの不を取ったらそうなった」

「あ、なるほど」

「で、暗い理由だけどな。まぁ俺は元々明るい方じゃない。プラス、得体の知れない女子高生。しかも昨日俺は君の……えっと、怜ちゃん?の首を絞めてる。不安になって暗くなっても仕方ないだろ」

「訴えるんじゃないかって思ってるの?」

「そうだよ。もうすぐ俺の人生は社会的に終わるかも知れないんだ」


俺は半ば投げやりに言った。


「安心して?私訴えないよ?」

「ほ、ほんとか……?」


いやまあ、訴えられてもしょうがないのだが。首を絞めたのは俺が100%悪いからな。


「うん。でも今日こそは、私を殺して?」

「……またそれか」

「協力しないなら訴える」

「わ、分かった分かった!でも、その……まず色々説明してくれよ……。俺はなんも分からないんだぞ」

「あ、ああそうだよねごめん」


怜は苦笑して持ってきた手提げバッグの中を漁り、紙の束を取り出した。


「なにこれ?」

「レポート!」

「学校の?」

「ううん、私が個人でやってるやつ。軽く見てみてよ」


俺はペラ、と一枚めくり目に入ったレポートを黙読する。





レポートNo.100 実験第99回目

7月22日、13時43分、地下鉄〇〇線〇〇駅


今回の実験、「電車自殺」は、今考えると大変迷惑な死に方だったと思う。

生き返り後は通常通り。特筆すべき点は無い。


「ん?これ昨日の……もしかしてあの時の人身事故って怜ちゃんが……?」

「うん。でももう電車自殺はやらない。周りの人に迷惑かかっちゃうもんね」


そうかこの子が……。

確かに電車自殺は大変迷惑だが、反省してるならまぁいいとしよう。俺は許そう。


そしてパラパラとめくり、他のレポートを見ても大体同じような内容が書かれていた。


首吊り、餓死、練炭、リストカット……


物騒な言葉が沢山出てくる。

レポートによってはかなりグロいので、少し気分が悪くなってきた。

俺が自分の分のお茶をぐいっと飲み干すと怜ちゃんが話した。


「私ね、この不死身の能力について私自身もよく知らなくてさ。なんか自分が得体の知れない能力を持ってるのが怖くって。中学……3年の時かな?沢山死んで、自分の能力をよく知ろうとしたの」


色々ツッコミたかったが、俺は取り敢えず彼女の言葉を聞くことにした。


「でも自殺しかしてこなくて。だって誰にも頼めないじゃん?でも最近になって色んな人に殺されようとして、色んな人の殺意を買おうとしたの。昨日みたいに津崎くんを煽ったりね」

「電車自殺は他殺じゃないのか……?」

「事故も自殺も結果は同じ。生き返り後に変わったことはなにも無かったよ。相手がわざと私を殺そうとしなきゃダメなのかも。そこは要実験だね」

「ふーん……それで、俺を選んだ理由ってのは?」


正直これがかなり聞きたかった。なぜ彼女が俺みたいなダメ人間を選んだのか。なぜ俺なんかを……必要としてくれたのか。


「それは昨日も言ったように、あそこまで……殺す寸前までいったのが津崎くんだけだったからだよ。他の人はまず暴力を振るわなかった。良くて肩をぶつけたりする程度かな」

「そ、そか……」


自分のクズ人間さを再認識させられてしまった。


……それでも、俺を選んだ理由が誇れるものではないとしても、俺を必要としてくれたのは素直に嬉しかった。

今までの人生で誰かに必要とされることなんてなかったから。


「それで昨日は実験100回目だからさ。記念っていうの?そんなおめでたいことじゃないけど。100回目で他殺されればキリいいじゃん。だから昨日は『初めて』卒業できると思ったんだけど……」


怜ちゃんがじとーっと俺を睨む。


「いやしょうがないだろ……。誰だっていきなり人殺せなんて言われても無理だよ」

「ま、そうだよね」


彼女は苦笑する。


ていうか、そうか。昨日彼女が言っていた『初めて』というのはいわゆる他殺処女(?)のことか。『初めての他殺』という意味だ。


「それでその……今日は、してくれる……?」


怜ちゃんは上目遣いで俺を見た。

可愛い。可愛くおねだりしてきた。


でも彼女の右手にはナイフ。


もし今の言葉の意味が「今日は私を殺してくれる?」という意味で無ければ俺の理性は崩壊していただろう。


「や、やっぱりしなきゃダメなの……?」

「してくれないなら訴える」


ぐっ……それを持ってくるのは卑怯だ……。


「ちょ、ちょっと待ってて」


俺は席を立ち上がりキッチンへ向かい、冷蔵庫を開ける。

中には卵、納豆、お茶、ジュース、ビール。


なんとも寂しい中身だが、その中の酒が今の俺にとってはヒーローだった。


何日かかけて飲むはずだったビールを全部抱えてさっきまでいたリビングに運ぶ。


「よいしょ!」

「わ!」


俺がガラガラと乱暴にビールを机に置くと怜ちゃんが驚く。


「な、なにこのお酒の量……」

「昨日の首絞めだって、俺はアルコールが入ってなきゃあんなことしなかったよ。とにかく、自分を酔わせれば殺人だってなんだって出来るかもしれない」


そういいながら俺はプルタブを開ける。

日曜の昼間に飲むビールは最高だなぁあははあはは。

すぐに酔ってきた。


「よっしゃあさあやるぞやるぞ怜ちゃん準備はいいかぁ」

「お酒弱いんだね……」


俺はナイフを手に取る。

実際に持つと少し酔いが覚めてしまったので、俺はぐいっとビールを飲み干す。


ぐっとナイフを握る。

目の前には怜ちゃんがいる。今から彼女を殺すのだ。


力、いるだろうか?

骨の硬さとか、肉の感触とか、やっぱり手に伝わってくるのだろうか?


昨日の出来事がフラッシュバックする。

怜ちゃんがカッターを喉に刺した後、頬に飛んできた彼女の血の暖かさを思い出す。


手は震えていた。


「つ、津崎くん大丈夫……?別に無理しなくても……」

「いける。いける。大丈夫」


酔いはもう覚めていた。

アルコールなんて殺人行為をする緊張感に比べれば足元にも及ばない。


ナイフを体の前で構える。


彼女は無理しなくても、と言った。

今なら引き返せるだろうか?

でも、でも……


俺の人生で唯一、俺を頼ってくれた彼女の期待に応えたかった。


血が吹き出るところは流石に見たくないので目を閉じる。

怜ちゃんは目の前だ。


大丈夫、彼女は死なない。


俺は自分に言い聞かせ、ナイフを前に出して彼女に突進した。

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