異常2

時刻は23時。いつもの俺なら特にやることもないのでシコって寝ている時間だ。


それが今日は何故かラブホにいる。しかも、知らない女子高生と2人きり。


少女が名前も知らない男をホテルに誘った理由。


それは——


「ほらよ」

「へ?お金?」


援助交際。それしか思いつかなかった。


「金に困ったから釣れそうな男を誘ってヤることヤって金貰って終わり……。最近のJKはマセてんな。言っとくけどな、俺は自分から進んでお前に援交を申し込んだわけじゃないぞ。お前が勝手に俺を誘って、勝手にラブホに入れられた。金はやるけどな、5000円だ。5000円。それ以上はやらん。」


5000円。一般的な援助交際に比べてかなり安いほうだろう。

多分、普通なら3万とか、5万とか?

もちろん援助交際なんてやる度胸もないのでせいぜい漫画で身につけた知識だが。


少女はおとなしく5000円を受け取り、「あのね……!」と言った。僅かに怒気がこもっているように感じた。


「私はそんな軽い女じゃないから!!」


少女はお札を手のひらに乗っけて俺の頬に平手打ちをしてきた。


「いってぇ!何すんだお前!!」

「あなたをここに読んだのはもっと大事な理由があるの!!」


彼女は叫ぶと真剣な表情でこう言った。


「あなたなら、出来るかもしれないの」

「な、何を……」


少女はポケットに手を入れて、そして何かを取り出した。


細長く、銀色に光っている。

学校でたまに見る道具だ。


少女はそれをベッドに置くとまたしても頭のおかしい言葉を放った。


「これで私を殺して欲しいの」


カッターナイフは、本来人を傷つける物ではなかったはずだが……


俺は溜息をつき、少女に話しかけた。

「あのさ……」

「なに?」

「帰っていい?」


言い切る前に俺は帰りの支度を済ませてドアの前まで来ていた。


「ちょっ……ちょっと待ってよ!」

「待てるか!ラブホに頭のおかしい女子高生と2人きり!背徳感も相まって興奮して童貞卒業できるかと思った俺がバカだったよ!早く病院行けよ。メンヘラは早めに治しといた方がいいぞ」

「メンヘラじゃないし!」

「いや、どう考えてもメンヘラだろ!手首見せてみろ!」

「あーもう……!」


少女はベッドの上のカッターを乱暴に取るとカチカチと刃を出しながら俺の方にズカズカ歩いてきた。


「いい!?よく見てなさいよね!」


そう言うと彼女はカッターを自分の首に当てた。


「は?」


おいおいここで自殺すんのかよ。やめてくれ。こんなとこで死んだら俺に疑いが来るだろうが!


「昼の電車自殺もそうだけどさぁ!人に迷惑がかからないところで死んでくれよな!」


俺は手を伸ばして彼女のカッターを取ろうとした。


「近寄ったら殺す!」


彼女は急に俺にカッターを向けてきた。


「ひっ……!ば、馬鹿!人に刃物向けるんじゃねぇよ!」

「いいからそこで私が死ぬのを見とけって言ってるの!」


駄目だ。止められない。完全に気が狂ってる。


俺は諦めた。

だってまさか本当に死ぬなんて思ってなかったから。

多少首の表面を削るだけだろうと思ってたから。


誤算だった。


「ハァ……ハァ……」


彼女はカッターを再び自分の喉に触れさせ、


そして——


肉が切れるような、嫌な音がして思わず少女の方を見てしまった。


刺さっていた。彼女の喉にカッターが刺さっていた。

それも、深く。刃が見えなくなるほど深く。


彼女は声を漏らしながらカッターを引っこ抜いた。


血が勢いよく吹き出た。壁を、床を、赤色で染めていく。


呆然としていた俺の頬に暖かい液体が飛んできて、ようやくハッとした。

血が、血が顔に飛んできたのだ。


「うっ……うわあああああぁぁぁぁぁ!!!!」


俺はドアに手を掛けた。

死んだ。目の前で人が死んだ。

それもかなりグロい死に方で。


ドアノブに力を入れ、ドアを開ける。

いや、開かなかった。鍵がかかっていた。部屋に入った直後に鍵を閉めたのだった。


パニクっていてそんな簡単なことにも気付かなかった俺は必死でドアに体当たりした。


「開けよ……開けよ……!開けって!!」

「静かに」


後ろから声がした。


肩に手を掛けられ、後ろを向かされる。

そこには少女がいた。


先程カッターを首に刺したはずの。

先程死んだはずの少女がいた。


「そんなに叫んでたら通報されちゃうじゃん」

「あ……あ……あ……」


なんでだよ?なんでそんなに平然としているんだ?さっき死んだじゃないか。

幽霊?幽霊なのか?


「ゆ、許してください幽霊様……こ、殺さないで……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


俺はなにに対して謝ってるのかもわからないままうずくまり、土下座のような体勢になった。


少女は俺のそばにしゃがみ、手に手を重ねてきた。


「幽霊じゃないよ。ほら、暖かいでしょ?ちゃんと血が通ってるんだよ」


俺はまだ動けなかった。まだ怖かった。


「ほら、見て」


少女に頭を軽く持たれ、顔を上げさせられる。部屋の全貌が見えた。


「……あれ?」


部屋には無かった。

血が。壁にべっとりついていた、床を染めていた、血が無くなっていた。


「なんで……」


無意識に頬を撫で、自分の手を見た。

綺麗だった。

いや、俺の手が白くて細くて美しいとか、そういうことじゃなくて……彼女の返り血が綺麗さっぱり無くなっていたのだ。


「あーあ、今日は『初めて』卒業できると思ったのになー」


『初めて』?処女卒業のことだろうか?いや援交は否定してたしな……


少女は「それより!」と言って話を続けた。


「これで分かったでしょ?……いや、わからないかもしれないけど……」

「全くわからん。説明してくれ」

「だ、だよね……」


今わかっているのは今ここにいる少女は幽霊ではなく、ちゃんと血の通った人間だということ。


そして、少女はこの異常現象を一言で説明してくれた。


「私はね、死なないの。歳はとるんだけど、死なない。不死身なの」

「フ、フジミ……?」

「うん、ふじみ。不良の不に、死ぬ、の死、身体の身で、不死身」


いや、不死身という言葉そのものの意味は知ってるんだけど……


「えーっと……」

「ん、なに?」

「今日は頭の整理が追いつかないので帰って寝ていい……?」

「あ、そうだよね、今日は付き合わせちゃってごめんね」


案外彼女はあっけなく俺を解放してくれた。


ぼーっとしながら目の前で起こった異常現象についての整理と、彼女の言った『初めて』の意味を頭の隅で考えながら、今度こそ出口の鍵を開ける。


「あ、そういえば」


俺は1つ聞きたかったことを思い出す。


「なんでラブホなの?」

「安いから」


俺の期待返せよ!




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