【壱】02

「そんな、お兄ちゃん、買いかぶりすぎよ」

 結維が言うと、洋介は屈託なく笑う。

「買いかぶりじゃないぞ。結維は僕の知る限り、ほかに類を見ないできた妹だ。といっても僕には結維しか妹はいないけれど」

 冗談なのか本気なのかわからない。結維は思わず美津穂を見た。美津穂は本気でおかしいのか、微笑んでいる。

 結維は美津穂をまったく思い出せないが、知れば知るほど兄にはもったいないほどの女性だと思う。だから、兄などと結婚していいのかと未だに心配になる。妹の結維が諦めるほどに、洋介は大雑把で無神経なのだ。結維は神経質なつもりはないが、兄はときどき、こいつ本気か?と正気を疑うような言動をする。その点で、兄は母にそっくりだった。

「結維さんは、学校でも、よく誰かに頼られてたわ。甲斐性があるのよね。男の子に片想いしてる子の相談に乗って、成就させてたこともあったし」

 美津穂がにこにこしながら言った。結維は曖昧に微笑むばかりだ。

「そういえばそういうこと、あったねえ……」

 実のところ、結維は、あっいいな、と思う男の子がいると、それに似合う女の子をさがすくせがあった。自分でもよくわからないが、いいと思った異性とは、付き合うより、その子に相応しい相手がいるといいのにと思ってしまうのである。

「結維のこと、ちょっといいなとか言ってた俺の友だちがいたんだけど」

 兄がそう言ったので、結維はぎょっとした。何を言うつもりなのか。

「何度かうちに遊びにくるうちに、ほら、結維の同級生の、誰ちゃんだっけ」

「薫ちゃん」

「そうそう、その薫ちゃんといい感じになって、結婚したんだよな」

 もともとその友人、薫は、結維ちゃんのお兄さんちょっとかっこいいね、などと言っていた。結維は兄と親しくさせたら友人をなくしそうな気がして、それは聞き流していた。

「試験勉強でうちに薫ちゃんを連れてきたら、たまたまお兄ちゃんのお友だちも来てたんだよね」

 結維が説明すると、美津穂は、まあ、と目を丸くした。

 薫とふたりで勉強をしていたが、わからず困っていると、兄の友人が丁寧に教えてくれたのである。兄には到底できない芸当だ。

 そして、やさしく勉強を教えてくれた兄の友人に、一緒に教えを請うていた同級生が惹かれたのを結維は感じ取った。

 そこから結維は兄が友人を家に連れてくるように仕向け、同級生を同じ日に招いた。三度も会えば親しくなるには充分だ。ふたりは連絡先を交換し、最初は結維も一緒に会ったりしていたが、やがてふたりで会うようになった。

 そこから先は結維の関知するところではないが、ふたりはうまくやっていたようだ。

「結婚式、おまえ、行ってなかったか? 俺は都合で行けなかったが」

「うん、行ったよ」

 結維はうなずいた。「まあでも、わたしがくっつけたなんて、おこがましいわ」

「そうか? 結維がいなかったらどうなってたかわからないぞ」

 兄の言葉に結維は苦笑した。友人は結婚式でしあわせそうだった。結維が初めて親戚以外で結婚式に参加した友だちだ。スピーチもせねばならずたいへんだった。

「いくらわたしがきっかけでも、つづかないと結婚できないでしょ、お兄ちゃんも……」

 言いかけて結維はハッとした。兄も、女性との付き合いが長続きせず、だから今まで結婚できなかったのだとは、美津穂の前では言わなくてもいいことだ。

「まぁ確かに俺は今まで長続きしなかった」

 しかし洋介が認めてしまう。「美津穂とはつきあってまだ一年だけど、この先も一緒にいられると思ったんだ。そういうこともある」

 ぬけぬけ言う兄に、結維は内心で呆れた。美津穂は気にならないのかにこにこしている。

「そうね、洋介さんといると飽きなくていいわ」

 この答えに、美津穂が兄の無神経さをわかって言っているのか、それともわかっていないのか、結維はちょっと気になった。わかっているなら豪胆だと思う。

「でも、結維さん、困ったことがあったら、すぐに言ってね。お手伝いでもなんでもしに来るから」

 そこで美津穂が少し心配そうな顔をした。それに結維はうなずく。

「うん、そうするね」

 そんな会話をしながら、街の中を流れる川を越えた。橋を渡ると住宅地は古くからの家が多く、また敷地が接していてかなり民家がひしめき合っている。結維は歩きながら、懐かしくなってきた。子どものころ畑のあいだの細い道を抜けて駆け回っていたことを思い出す。あのころはこの街の古さも何も知らなかった。

 しばらく歩くと、曾祖父の家はある。駅からはゆっくり歩いても十分ほどだ。

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