ひゃっこいおしぼり

「冗談じゃないわよ!」

 きーんっとモルタルの空間に私の叫びが響いた。

 自分でも五月蠅いけど良く通る声だと思った。


 実家がお世話になっている先生をアドレス帳で呼び出してタップした。


 もう知らないわ。


 予め顧問弁護士の先生と相談の上作っておいた依頼のメール。


 他団体のイベントと専門チャンネルの取材収録はきっちり済ませたし、スケジュール通りに、契約通りに仕事をやり切った!

 その上でなあなあのノリとルーズなタイミングに仕事を捻じ込んできた社長には心底呆れた。


 ここ二年、契約外の無理強いじみた仕事をギリギリ調整して受けてあげた事から、ついに受けて当然のような態度で押し付けてくれた。


 心底呆れる。


 ようやく地元に帰って休養三昧!するぞー!っと、一息ついたところに会社が取材とスポンサーの接待パーティーの予定を私に無断で入れてくれた。

 初年度の契約時から毎年の契約更新の度に、この時期の間の仕事は受けない事を再三相互に合意して来たのに。


 もう駄目ね。

 心底呆れが昂じて愛想が尽きた。


 社長とは三度話し合ったけれど曖昧な回答しか述べなかった。

 仕事の予定日までずるずると引き伸ばそうとしていた。

 折角今季の世界一を獲得したのに、受けられる仕事も目一杯受け切って来ていたのに、欲をかいて業務上の無理強いをやり出した。



 私自身が交渉に出席する事ももう無い。


「さーてと、首都高、事故で塞がっていなけりゃいいなっと」

 ぐいっとヘルメットのバイザーを下げる。


 トットトットットト・・・・


 エンジンの振動を感じながら、これまでの五年間通ってきた会社とトレーニングジムの最寄りにあるマンションの地下、その駐車場で単車に跨ってメールの送信を終えた電話をウエストポーチのポケットに捻じ込む。


 じんわり加速し駐車場のスロープを上がりつつ星の見えない夜空を見ながら通りに出て直ぐそこに有る首都高速都心環状線の入口に向かう。



「よしっ、さっさと帰るかー!お姉ちゃんとこと神社の社務所に氷を届けなくっちゃねー!」


 仮眠もバッチシだし空いてる時間だし帰省の大渋滞を駆け抜けるには単車が一番だしねっ!

 道交法を無視するようなすり抜けはしなくっても長大な大渋滞の彼方に辿り着くのは単車の方が早いのだよーん。サービスエリアでもさっさと駐輪出来るし、燃費は良いし高速代も安いし風が気持ちよいし遮るものが無くて世界の中で移動しているっつー感じで渋滞に嵌ると回り中の自動車の廃熱と直射日光に当てられ続けて暑くてやってらんねーよっきっしょーめ!

 いつも通りだけどさ。



 慌ててテンパりながら冷蔵庫が壊れちゃったー!と電話を掛けてきたお姉ちゃん。途方に暮れてんだろうねー、この時期じゃあ、大急ぎで注文してもなっかなか届かないだろうなー。あのでっかい冷蔵庫の代替えじゃあねー。


 パーキングエリアの植え込みの木陰になってる芝生でべたっと胡坐をかいて合金製の頑丈で大きなスプーンでぐりぐりとパイントのアイスクリームをほじくりながらモグモグと食べつつお姉ちゃんの有様を思う。


 パーキングエリアには飲料水の自動販売機とうどん蕎麦の自動販売機しか設置されていないので、パーキングエリア裏にある徒歩による訪問者向けの出入り口に接続している小道から街道まで出て、通り沿いにあるスーパーマーケットまでぽくぽくと歩いて行って買ってきた普通のハー○ンダッツのバニラ473mlだ。



 ここ数年、ヘルメットを片手にぶら下げて、全身バイクのレースに出るような格好の汗だく娘が歩いてアイスとジュースだけを買いに来る私の姿をレジのおばちゃんは憶えてくれていたみたい。

 アイスクリームの冷蔵庫からキンキンに冷えてるひゃっこいおしぼりを出してきて、カラッとした笑みこぼしながら手渡してくれた。


「鼻と口の周りが埃だらけじゃないのー、これで拭きなさいよっ!」





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夏の冷蔵庫 石窯パリサク @CobaltPudding

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