ジョセフの日常の或る一端


 

 目が覚める。さっきまで見ていた夢が大切なものだったような気がして、でも掴もうとしても届きそうには思えなくて。そうやって諦めて、彼は今日もベッドから起き上がった。目をこすってメガネをつけると、日常が芽を出した。

 時計の針がいつも通り朝の6時を指しているのを確認すると、もう着慣れた整えてある長袖のシャツに腕を通して、肌色のニットのベストを上からかぶって。赤色チェックのズボンを履いて、黄色のネクタイを締めたら、ほら、寮を出る準備は万端だ。そうやって動いている音が聞こえるのか、同じ部屋の彼が目を覚ましたようだ。


「ジョセフ、今日も早いな...。」


「ヴェルノ、おはよう。僕まだここで本読んでるし、もう少し寝るなら後で起こすよ?」


「いや、いい。お前にそれで頼んだら、集中してて起こすの忘れられたのいまだに覚えてるからな。」


 ヴェルノのその言葉に、ジョセフはあはは、と返す。そしてベッドから出て着替えたりし始めているヴェルノを尻目に、昨日借りた本を読み始めた。




 七時の起床のチャイムが聞こえてくると、ジョセフはそっと栞を挟んで本を閉じた。ヴェルノと「先行くね」「いつもじゃん」という会話をしてから、木製の扉をそっと開けて、ロビーに向かう。いつもヴェロニカと一緒に食堂に行く約束をしているからだ。

 ヴェロニカと他愛のない話をしながら食堂に入ると、双葉とハミルの二人がすでに席に座っていた。二人とも早起きなのか、知り合い始めた最初の頃はそうでもなかったのだが、いつも先に食堂に来ているのだ。二人も来たのに気づいたようで、こちらに向けて手を振ってくれる。双葉が少ししかめっ面をしているのを見るに、ハミルがまたいつものようなことを言っているのだろう。


「フタバちゃん、ハミルくん、おはよう。今日も二人とも早いわね。」


「二人ともおはよー。最近体調がいいからそれでかな?」


「おはよう。僕としてはハミルが早く来てることに毎回驚きなんだけどね。」


「そりゃあ、レディに僕のことを待たせるわけにはいかないからね。」


 そんなやりとりをして、食事の時間ギリギリにフレッドとジラーチが走ってくる。そのまま食事始めになって、フレンチトーストを食べ始めた。いつも少し甘さが控えめな感じがするけれど、デザートが甘いものだし、と我慢する。それに、そんなことを前に言ったときには、双葉が一口かっさらっていって、しかめっ面をしながら「これでも十分甘いよ」と言われてしまったから。デザートのファッジを口にしながら、みんなと別れて授業の部屋に向かった。


 普通に授業を受けて、昼食の時間に食べ終わった後フレッドと双葉が早くも模擬戦を始めているのを眺めながらハミルとあそこはこうした方が、などと喋ったり、また授業を受けたりして、今日も早くも自由時間になった。

 昨日借りた本がもう半分を過ぎていて、今日のうちに読み終わりそうだと図書館にやってきたジョセフは或る目を惹かれる装丁の本を見つけた。ペラ、とページをめくったジョセフは、「掘り出し物だ」とほくほく顔をしながら、本の貸し出しの手続きをしにカウンターへ向かった。


 夕食の後に氷砂糖をもらってきたジョセフは、それを一つ口に含みながらノートに目に留まった一文を書き出していた。書き出しながら、あるとき、誰かに「なんでそんなことをしているの?」と聞かれたことがあるのをなんとなく思い出す。

 自分が心に打たれた言葉、表現や出来事。それが明日も好きだとは限らないし、それを忘れてしまわないとも限らないから。だから、自分が無意識にしまって鍵をかけてしまう記憶に少しでも抗いたい。なぜだかそんな意地が自分にはあると、ジョセフは知っていた。いや、なぜだかは解っているのだけれど。

 そのとき、なんと答えたかは質問してきた人同様、もう覚えていない。でも、今もし答えるとしたら。そうしたらきっと、こう答えるだろう。


「なんでだろうね。まぁ、少しでも手元に星の砂を残したいから、かな。」と。

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