第8話 VS面倒臭がり


こごえに連れられ、とあるマンションの一室へとやってきた伊達の目に入ったものは

ゲーム機を片手に大口で欠伸をする半裸の男だった。


目線をこちらに向けていないものの、牛が帰ってきたことと

伊達の存在には気付いているようだった。


「それで、こちらはどちらさんなんだよ?」


そう牛に確認しながらも伊達は「やっぱりもう一人居たか」と、その予想が確信に変わった。

それはコンビニエンスストアで牛と出会った時だった

整えられず伸ばしっ放しになったそのストレートな髪とは別に、クリーム色をした短いくせ毛がそのTシャツに付着しているのを見たからである。


三紀猫の第一声である「パシリか?」と

その買い物の量と比較しても、誰かしらと一緒にいるであろう事は明らかだった。少なからず噂として、牛一族の牛は未一族の未呑と家に篭もりきりだと言う話を知っていたからでもあるけれど。


「あー、これ?未呑みのみ。」

「おい、牛。"これ"とは失礼だろーが。それと、おかえりー」


未呑と紹介されたその半裸の男は、一旦ゲーム機を置くと伊達の方を見た。


「でー、来客か?珍しーな。」


そうしてそのくせ毛にと比例するようにフワリと笑った。悪意も殺意も、敵意さえ無いであろうその笑に、伊達の緊張は一瞬ほぐれる。


「そーそ、コンビニ行ったらさー三紀猫に会ってさ、だるいわー。まぁでもいいもの借りれたからいっかーって、ただいまー」


ガサガサと買ってきた飲み物やスナック菓子を出しながら牛は定位置であろう奥のクッションへと座った。


「あ、まぁーその辺てきとーに座ってー」


そうして伊達をこの無法地帯へと誘う。

なんとも穏やかな空間ではあるが、伊達は少し二人から距離を置いて座ることにした。

こんな状況下では今更なのかもしれないし、牛や未呑が戦闘タイプて無いにしろ、一様は敵地である。

これくらいは警戒して損はないだろう。


「それでー?珍しーく牛が連れてきたこちらさんはー?」

「ひひひ、鼬一族の伊達だよ。」


首を傾げながら伊達を見る未呑に対し、いつもの様に笑いながら答える伊達。

部屋の雰囲気や牛の怠惰的な態度を見るに、珍しくと言うよりは二人以外の存在がこの部屋に入るのは初めてなのでは無いのだろうかと思う。


それ程までにこの空間は牛と未呑の色が濃い。

三紀猫とまではいかないが、伊達の嗅覚もそこそこなのだろう。ヒクヒクと鼻を小さく動かしながら、部屋の中の匂いをかぎ、観察する。


二人の匂い、空けられたスナック菓子の残り、所狭しと並ぶゲーム機、丁寧に飾られたフィギュア、積み重ねられた漫画。何だかよく分からないキャラクターとポスター。


未だになぜ連れてこられたのかが分からない伊達は、部屋を観察する事で何か情報が得られないかと思ったのだが

とてもじゃあないが、答えに辿り着きそうなものが何も無い。

しかし、話にあるように、ここに篭って二人でゲーム三昧であろう事は明らかだった。


「それで、小生はなぜ連れてこられたのかよ?まさかとって食う…なんて…鼬は美味しくないと思うんだよ。」

「まぁーまぁーとりあえずー…」


考えても答えの出ない問題に、伊達は冗談を交えながらも疑問をぶつけた。

そんな伊達をたしなめるように、いや、面倒くさそうにあしらいながら牛は何やらクッションの後にある棚をゴソゴソと漁り出す。


ここへ来て、初めての行動的行動。

伊達は少し身構える…さて、鬼が出るか蛇が出るか…。


「ほいっ、これー」


そうして身構えた伊達の前に差し出されたものは


「ゲーム機…かよ?」


先程、部屋に入った時に未呑が持っていたゲーム機と同じタイプであろうゲーム機だった。

生まれて初めて持つそのゲーム機と言う存在に拍子抜けしている伊達をよそに、渡した本人である牛は続けた


「とりあえずそれさー、今日一日であたし等に追いついてー」

「え?ゲームをするのかよ?」

「だるいからゲームの説明はしないよー。だいじょーぶ、お前なら一日でじゅーぶんでしょー」


初めての部屋、初めての十二支、初めてのゲーム


これのどれを取って牛が大丈夫だと断言しているのか、伊達には全く分からないが、それを聞いた未呑は一瞬驚いた顔をしたものの

何を聞くでも言うでもなく、先程までしていたであろうゲームへとその興味を戻した様だった。


そしてその様子を確認するでも無く、牛もまたゲームの画面へと視線を落とした。

ゲーム機片手に取り残された伊達は、もはやそのスタートボタンを押すしか無かっただろう。


初めて手にするゲーム機のスタートボタンをやっとの事で見つけ、そのスイッチを入れる。

貸し出された事でさえ"まさか"だった伊達は、その先にさらなる"まさか"が待っていたなんて予想も出来なかっただろう。


まさか、ゲームをやらされるなんて。


「一体全体、なんだって言うのかよ…。」


口からは小さな独り言が漏れる。

しかし、文句を言っている場合では無いだろう。ここまで連れてこられてただゲームをすると言うのも滑稽な展開ではあるものの、言われた事はしなければならない。


仮に、例えば、この後

戦闘タイプでは無いとたかをくくっていたこの二人と激しい戦いが待ち構えていようとも…

ゲームをさせる事が伊達を油断させる作戦だとしても…

今はこのゲームを一日でマスターするしかないのだ。それが今の伊達に残された唯一の道である。



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