第3話 VS考える事



「それで、お前さん。これからどうするんだよ?」


勢いよく立ち上がった三紀猫に

伊達はひひひと笑いながらものんびり尋ねる。


「それがさ、おっさんの奴…今日はなんかいつもと雰囲気違ったんだよなー。」

「雰囲気?」


腕を組み考え込む三紀猫を不思議そうに見上げる伊達。


「なんつーか…いつもは適当にあしらわれてパッと消えるんだけどさー」


そう言いながら歩き出した彼を

伊達は慌てて立ち上がり追いかける。

突発的に動くのは猫の本能なのだろうか?

三紀猫はたまに何も言わず、急に歩き出したり走り出したりする事があるのだ。


長年、彼の側をうろちょろしている伊達にとって

それは慣れっこになっていたけれど、どうも何か引っかかるようで

今日は歩いたり止まったりを繰り返していた。


歩幅を合わせずらいなーなんて思いながらも

後ろを付いていく伊達は三紀猫の後姿を見つめた。


柔らかそうなオレンジ色の髪がふわふわ揺れ

少なからず残っている伊達の狩猟本能を擽る。

鼬も小さい生き物だが、一様は肉食の動物なのである。


「消える間際にさ、"そのヴァイタリティで十二支を勝ち取れ。そしたら挨拶周りを考えてやる。"って言ったんだよな。」

「ヴァイタリティ…神様が横文字…ひひひ!」

「どーゆう意味だろーな?」


確かに三紀猫のヴァイタリティやポテンシャルは、並大抵のものでは無いと思う。

なにせ3000年もの間、神を付け回しているのだから。


その忍耐もさながら

彼の何がここまでさせているのか…伊達にその執着の理由は分からなかった。


それは三紀猫が鼠入との事柄を話していないからであるし、きっとこれから話すことも無いかもしれない。


しかし伊達にとってそんな事は関係無いのだ。

過去に何があったとしても、この男に付いていくと決めたのだから。

伊達は、この男ならもう一度

神の挨拶周りを実現できるだろうと確信している。


「勝ち取れって言う割には…殺すのはご法度とか…ちっ!」

「そりゃあそうだよ。神様が殺生に賛成しちゃあねぇ?」


ただ一つ

鼠入に対して強い恨みを持っている事は知っている。

それは以前、神様と会ってどうだったかを聞いた時だ


"殺して奪うのはご法度だ。"


と三紀猫から聞いたからである。

殺すのならば十二支の誰だって良かったはずだ。

しかし三紀猫はその話を伊達にした時、鼠入を名指ししていた。


確かに鼠である鼠入を殺すのは容易いだろう。

しかしそれだけでは無い、不穏な空気を伊達は感じていた。


三紀猫が鼠入の話をする時の

あのドス黒く変わっていく瞳と

誰が見ても明らかに染まる髪色…それだけで因縁の仲であろう事は分かる。


「っつー事は?どうしろって事な訳?」

「ふむふむふむ、小生が思うにだよ?神様は"自分で言った事は曲げたくない"けれど"戦って勝ち取れ"…つまりだよ……」

「つまり?」

「今の十二支全員に挨拶周りの再戦をしたいって神様に言わせればいいんじゃないかと思うんだよ!」


少し間を持たせた後

伊達はポン!と手を叩きそう高らかに言い放った。


「そうだよ!みんなが再戦したいって言えば、神様も"仕方ないなーじゃあやる?"ってなるんだよ!」


続けざまに言う伊達に対して

そんな阿呆な…と一瞬思った三紀猫だったが、普段の神の態度を思い出し

有り得るかも知れないとも思った。


「それ…有り得るな。」

「ひひひ!」

「つまり十二支全員を殴り倒して"再戦お願いします"って言わせれば…」

「いやお前さん、誰も殴り倒せとは言ってないよ!」


そんな慌てた伊達の静止を聞く前に、三紀猫は走り出していた。

もちろん伊達もその後を追う。


突発的な行動の多い三紀猫だが

その身体能力は大したもので、さっきの跳躍力と魚を奪った瞬発力同様

そこは猫らしいと言える程に走る速さも速かった。


そんな三紀猫を息を切らしながら追いかける伊達は

息も絶え絶えになりながら訪ねた


「ちょっ…と…お前さん!…どこ行くん…だよっ!」


伊達とは対照的に爛々と走る三紀猫。

目は輝き、なびくオレンジ色の髪は風に揺れ

同性の伊達さえ、一瞬心を奪われそうになった。


「どこって!おっさん探すんだよ!」


そして三紀猫は嬉しそうにそう声を上げた。


あぁ、こうなってしまえば

もう声をかけるのは野暮と言うものだろう。


伊達はこの状態の三紀猫に言葉が通じないと言う事を

嫌という程よく知っている。


目的に向かってただ真っ直ぐと走り

それ以外は眼中に無い。

三紀猫は、彼はそう言う男だ。


何度こうやって振り切られ

彼を見失ったか分からないし数え切れない。

まぁまた見失った所で、どうにか探し出してまた合流すればいいんだけれど。


伊達がそう思い、走る速度を落とそうとした瞬間。


「おい、伊達!お前遅いから変われ!」


三紀猫が振り返らずに叫んだ。

その言葉を聞いた伊達は目を丸くして慌てた。


この場合の"変われ"とは

前を走るのを変われ、だとか

俺と立場を変われ、だとか

早く走れるように変われ、だとか

そう言う類の"変われ"では無い。


驚きながらも三紀猫の意図を理解した伊達はひひひ!と嬉しそうに笑い

前転する様に一回転した。


白い煙が小さく上がると共に

伊達の身体は一瞬で人間のそれから本来の姿…

イタチへと変化したのだった。


それを横目でみた三紀猫は、片手で素早く伊達を拾い上げると肩にくるりと巻いた。


「落ちるなよー!」


伊達を肩に乗せた三紀猫は更に走るスピードを上げ

イタチになった伊達は振り落とされないようにと

しっかり前足で三紀猫の襟を掴んだ。


そう、こんな事は今まで初めてだった。

三紀猫が伊達を気にかけ、置いていかなかった事なんて無かったのだ。


いつも思い立ったら唯我独尊、それしか見えなくなってしまう彼が

一緒に行こうと手を差し伸べてくれた。


「ひひひ……ありがとうだよ、お前さん。」


それを嬉しく思った伊達は小さくそう呟いた。




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