第2話 VS長い長い時間



確かに3000年と言うのは何かを恨み続けるには長い時間に感じる。


だが俺にとっては昨日の事のように思い出せる程、鮮明で残酷な出来事だ。


3000年前、神のおっさんは言った


「元日の朝、新年の挨拶に出かけて来い。一番早く来た者から十二番目の者までは、順にそれぞれ一年の間、万物の頂点にしてやろう。」


俺達を集めてそう宣言した。


集まったのは数え切れない種類の動物達。


もちろん俺もその中にいたのだが

久しぶりに現れた神に対してなのかその内容からなのか、動物達の歓声がいつもより盛大過ぎて後半を聞き逃したのだ。


まぁ確かに俺が迂闊だった。


「なぁ、今おっさん何て言ったんだ?」


ここでも俺は迂闊だった。

迂闊だった、と言うより聞く相手を間違えた。


「あぁ、三紀猫みきねこか。あのね神様はこう言ったんだよ───


元日の朝はみんな忙しいだろう?だから来年は二日目の朝、挨拶に来い。一番早く来た者から十二番目の者までは、順にそれぞれ一年の間、万物の頂点にしてやろう。」


くそ鼠…いや、鼠入そいりはそう言った。


「万物の頂点か!そりゃいいなぁ。教えてくれてありがとな、鼠入!」

「いやいや、いいんだよ。三紀猫とわっちの仲じゃないか。小さな生き物同士、頑張ろうね。」

「おう!そうだな!」


そうして俺は、ノコノコと二日目の朝におっさんの所へ行き真実を知ったのだ。


あれから12年の月日が何百回巡った今も

あの時の頭を殴られた様な感覚が消えない。


自分が悪かったんだと言い聞かせた事もあった。

別に万物の頂点にならなくても

のらりくらり今まで通り猫みたいに暮せばいい。

そう思い直したこともあった。


だけどどうしても子年が来る度に思い出す。


あの時、小さい者同士頑張ろうと言った

鼠入のあの顔を、あの言葉を、あの嘘を…


鼠入とは幼馴染だった。


小さい生き物であるあいつと俺は

よく他の動物に苛められていたが、お互い支えあいながら生きてきたのだ。


住処を追われたり、餌場を失いながらも

協力し合い、時にはやり返しながら

傷付く事もあったけれど

それでも傷を癒し逞しく生きてきた。


いつか自分達よりも大きな奴等を見返し

小さな者を守れる世の中を作ろうと…。


そこに来ておっさんの提案、十二支。


これだと思った。

鼠入や俺のような小さな生き物が怯えず泣かず、平和に暮らしていける方法。


それなのに

なぜあいつは俺に嘘を吐いたのか。


裏切りの理由は今でも分からないし

今更聞きたくもない。


なぜなら俺の気持ちは既に

恨みと怒りで満たされているからだ。


感傷に浸っている暇なんて無い。

俺は鼠入を十二支から引きずり下ろしたいだけだ。


その為にはどうするべきか?


おっさんにもう一度、新年の挨拶周りをさせるしか無い。

その方法でしか鼠入を十二支のメンバーから引きずり下ろす方法は無い。


そう思ってここ3000年間

ずっと神出鬼没なおっさんを追いかけ回し

おっさん頼みならぬ神頼みをしてる訳だが…。

どうにも良い返事は貰えない。


数年前には鼠入を殺して奪い取る!

と言った方法をおっさんに提案したのだが

そんな秩序が乱れる事をすれば、流石のワシでも激おこするぞ!と怒られた。


「勝ち取れっつったり、殺すなっつったり…どーしろってんだよなー………ん?」


考えの行き詰まった三紀猫はボソリとそう呟いた後、眉間にシワを寄せ鼻をピクつかせた。


「おい、伊達いたち。俺の下駄返せよ。」


そして目を閉じたまま、臭いの根源である伊達(いたち)に声をかけた。


「人を泥棒みたいに言わないでよ!小生はお前さんの下駄を拾ってあげた、言わば恩人!言わば救世主!ありがとうとか無いのかよ!」


消波ブロックからひょっこり顔を出した伊達は、そう言いながら下駄を三紀猫に投げつけ

のそのそブロックに上がってくると

三紀猫の寝転がる隣に腰を下ろした。


「お前さんは鼻が効くねー。いちよう小生は風下にいたんだよ?よく気付いたよ!」

「阿呆め。これぐらい鼻が良くなきゃおっさんなんて到底見つけらんねーよ。」


ひひひ!と伊達は笑いながら

確かに、確かにと呟いた。


「にしてもお前さんぐらいだよ、神様を見つけられる奴ってのも!」

「そんな俺を毎回見付ける伊達もある意味凄いって事だな。」

「ひひひ!確かに、確かにだよ!」


ちなみに不気味に笑う彼はイタチ一族の伊達いたち

三紀猫とは何だかんだ小さい者同士で

気の合う友人と言った所だろうか。


「それでよお前さん!今回は神様、何だって言ってたんだよ。」

「さぁ?」

「さぁ?ってお前さん。いつになく間抜けな返事だよ!」


伊達は小言を言いながらも、さっき取ったであろう小ぶりな魚を

ぺチン!と三紀猫の顔に叩きつけた。


「あげるよ!」

「おいおい、毎度の事ながら雑な餌付けだな。」

「ひひひ!これが小生的に精一杯の愛情表現だよ!」


三紀猫はゆっくり起き上がると

伊達に叩きつけられた魚を、そのままバリバリと食べ始めた。


伊達の取ってくる魚はいつも新鮮で脂がのっていてかなり美味だ。

こりゃ餌付けされるに決まってる。


「小生も早いとこ神の挨拶周りを実現して欲しい訳よ。お前さんには期待してるよ!」


小さな手で器用に魚の頭をもぎ取りながら

伊達は不気味に笑った。


「そんな事言って、俺は知ってるんだぞ?」

「んー?何をだよ?」

「お前、一日ついたち貰ってやがるじゃねーか。」

「あれ?お前さんまさかまさか知ってたりするのかよ!?」

「おっさんがこの前、口滑らした。」

「なんて事なんだよ神様!」

「まさにオーマイゴッドだな、伊達!」


少し青ざめる伊達を見て

けらけら笑いながらその小さな背中を叩く三紀猫。


「お前さん、怒ってないのかよ…」

「なんで?」


三紀猫は自分の指先を舐めながら

首をかしげて伊達をみた。

その質問の意味を全くとして理解していない、そんな表情だった。


「小生は確かに一日ついたちを貰ってるよ。それをお前さんに黙ってたんだよ?」


首をもたげて申し訳なさそうに話す伊達を

三紀猫は特に責めはしないだろう。



3000年前のあの日

そこにはもう一つのドラマがあったのだ。


十二支の最後、12番目に挨拶を済ませた猪

その次に挨拶に来たのはイタチである伊達だった。


息を切らせ、小さく短いその手足で

必死に掛けてきた伊達をみた神は

他の動物達には内緒で慈悲を与えたのだ。


「明けましておめでとう、伊達。お前は13番目だが、正々堂々よく頑張った。これは他の者には内緒だが、月の一番初めである一日いちにち一日つ・いたちと呼び、お前の日にしてやろう。」


これはただの口約束であり、実際に効力を発揮することは無いが

伊達はこれを泣いて喜び、受け入れた。


そんな誰も知らない裏話を、神はうっかり三紀猫に話してしまったらしい。


「何とも思わねーよ、そんな事。あぁ、おっさんも優しいとこあるんだなーって思ったぐらいで。」


三紀猫は俯く伊達に笑いかけた。

これは見栄でも虚勢でもなく本音である。


「お前さん…」

「ま!それだけでは飽き足らず?何とか十二支にくい込んでやろうって言うその野心を俺は評価してるし?」

「ちょっ!そんな人聞きが悪いよ!」

「ははは!だから俺に餌付けしてんだろ?」

「いやまぁ…そうだよ…」

「素直だな。ちょっとは否定しろよ、傷付くわ!」


それなら、と伊達が持っていた魚を

三紀猫は奪い取りぺろりと食べる。


まぁ鼠入の一件以来、何かを信じる事が苦手になった俺としては

伊達みたいに素直に欲望を吐き出す奴の方が

一緒にいて居心地がいい。


「餌付けされてる内は頑張んねーとな!」


魚を食べ勢いよく立ち上がった俺に

頼むよ、と伊達はいつも通り不気味な笑いを返した。




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