#20 -天使の集い-

 帝国首都、中央議事堂。


 その会議室を貸し切って、天使型の会合が開かれていた。



「エリザベスとアスラは欠席、か。最もアスラは出席できないと言った方が正しいのかも知れないけれどね」



 黒い髪の痩身の男性がくすくすと嗤う。男性の目は剃刀の様に鋭く、そしてさながら狐の様な狡猾さを孕んでいた。他の人形達と比べてあまり汚れていないコートの下には青い軍服が着込まれている。


 彼の名はフェルディナンド。天使たちのサブリーダー的存在だ。


 半円形に配置された席に、六体の天使が座している。その全員がロベルタと同じ黒いコートを羽織っており、機械とも人間ともとれない冷たく研ぎ澄まされた気配を発していた。



「さて――」



 半円の最奥に座した紫紺の髪の女性が、覇気のあるハスキーな声で言葉を紡ぐ。真黒いコートの下には深紅の軍服が着込まれ、大振りの野太刀が携えられていた。


 彼女の名はアリア。名実ともに最強の天使にして――彼らを束ねる長だ。



「諸君らにも通達がいきわたっているとは思うが……ケルヴィムが破壊され、マスターであるトーマ中将が殺害された。


 これは我ら共通の敵、天使型十番機ロベルタの行動に他ならない。


 私のマスターである皇帝陛下ツァーリは本日を以て、我々天使の最優先捕縛対象としてロベルタを設定した」



 全員の顔に微かに緊張が走る。同胞であり、帝国最強の兵器の一つである天使型モデルの破壊は、少なからず彼らに衝撃を与えていた。



「くく……これであの子も後には引けなくなったね。ケルヴィムを倒した《エインヘリアル》という機能も中々面白そうだ」


「……あまり楽しむような態度を取るでない、フェルディナンド。仲間の死を前にその態度は不謹慎ぞ」



 楽しそうに笑うフェルディナンドを、上半身を曝け出した筋肉質な大男が窘める。男の名はラセツといい、その身に纏う気配の鋭さはアリアに勝るとも劣らないものがあった。



「気を悪くしたなら謝ろう。だが我々に対して不謹慎という言葉は少々ナンセンスな物言いだな。我々はいくらでも代わりが効くから我々なのだから」



 飄々とした様子で言い返すフェルディナンドにラセツは少し呆れた様な表情を見せて、それきり何も彼には言わなくなった。


 代わりが効くというのはあくまでも極論だ。天使型程の性能の機体であればそう易々とは量産できない。


 ナノマシンとフェムトマシンを組み上げる分子レベルでの設計、ナノマシンとフェムトマシンの開発、人格を形成する膨大な量のデータの統制と編集、専用機能の開発……どれをとっても天文学的な量のコストが掛かる。


 一体いなくなったからといって気軽に作れるものではないのだ。


 しかし代わりを用意するのに莫大なコストがかかるということは、言い方を変えればコストさえあれば代わりを用意できるということだ。


 そういう意味でラセツは、これ以上この話題には何も反論するべきことはなかった。不謹慎という言い方は、使い捨ての道具である自分達には確かに不適切な表現なのだから。


「それに、ラセツ。どれだけ激しいものであったとしても、戦いなんてものはおしなべてゲームなんだよ。ただ少し賭け金の大きいだけの、取るに足らないゲームさ。表現の過激なコミュニケ―ションだと言っても良い。僕達は全力で――ギャンブル、あるいは対話を楽しまなくてはならないんだ。楽しまないことこそあの子に対して失礼というものだよ」



「貴様にだけは戦いについて語られたくないものだな。粋がるな出来損ない」



 コートの下に深紅の軍服をきっちりと着こんだ金髪の女性がフェルディナンドを睨み、ラセツがふんと鼻を鳴らす。


 その様子を見て、白髪の小柄な少女がわたわたと手を振ってラセツとシャーロット、そしてフェルディナンドを抑えた。


 金髪の女性の名はシャーロット、白髪の少女の名はルナという。



「……あ、の……ケンカ……よく、ない……」


「ルナの言う通りだね、フェルディナンド。仮にもあんたは軍の人形――兵器なんだから、もう少し協調性のある行動を取って貰いたいもんだね」



 フェルディナンドの隣にいた桜色の髪の女性が、フェルディナンドを肘で軽く小突く。女性の軍服は、豊満な胸元が露わになるように目一杯胸襟が開かれた改造軍服だった。



「やれやれ……ベルベット、君までそんなことを言う様になったのか。わざと僕を失望させているのだとしたら、君達は大した才能ポテンシャルを持っているよ」



 ベルベットと呼ばれた女性にフェルディナンドが大袈裟に肩を竦めてみせ、嘲るような笑みを浮かべた。



「……潮時、か」



 興醒め、といった感じの表情を見せて、フェルディナンドが席を立った。誰も止める者はいない。



「これだけ心躍る展開だというのに……君達は実に愚かだよ。少しはあの子――ロベルタを見倣ったらどうだい?」


「我々はただの干戈だ。愚かも何もない」



 アリアのその言葉をフェルディナンドは「愚かしい」と嗤って、早足で会議室を出て行った。会議室に暫しの間、沈黙が訪れる。


 そしてその沈黙を破ったのは、意外にもルナだった。



「あ、の……。これから……どう、するの……?」


「それについては心配ないぞ、ルナ。――ベルベット!」



 アリアの呼びかけに、ベルベットが起立して応える。その様子にアリアは満足そうに、そして楽しそうに笑った。



「ロベルタの捕縛は暫くの間お前に一任しよう。接敵コンタクトの際はマスター承認無しでの【Angel】の使用と【ミズガルズ】の使用を指揮官権限で許可する」


「あいよ、大将。必ずや貴女の望む結末を」


「ああ、期待しているぞ。……それでは一同、解散!」



 アリアの声と同時に全員が立ち上がり、きびきびとした動作で会議室を出て行く。


 そして誰もいなくなった会議室にアリアは再び座り、にやりと微笑んだ。



「ゲームという表現は気に入らないが……なるほど、確かにこの戦――少しは楽しめそうだ」



 暗い部屋の中で一人微笑むアリアの姿は、誰よりも美しく――そして何よりも恐ろしかった。




 帝国の最北に位置する、帝国軍の秘密研究所。


 ヴェロニカがただ一人で管理しているこの研究所のエントランスホールに、一人の青年が立っていた。


 青年の流れる様な深紅の髪と群青の瞳が、燦然と無機質な室内に輝いている。


 真黒い軍服に包まれた青年の身体は細身ながら服の上からでも分かるほどに引き締まった筋肉質なもので、腰には大ぶりの剣と軍用の大型拳銃が吊ってある。


 そしてその気配はどこか天使に似たものがあり、見るからに只者ではないということを彼の背中が物語っていた。


 彼の名はアイリ。ロベルタがかつて所属していた部隊――通称『虐殺部隊』の隊長を務める帝国きっての将だ。


 アイリが小さく息を吸って、言葉を紡ぐ。



「いるんだろう? 出てこいよヴェロニカ」



 アイリがそう問うた直後、アイリの背後に車椅子に座ったヴェロニカが姿を現した。相変わらずの据わった目で、無関心そうな表情でアイリを見つめている。


 ヴェロニカが車椅子を押してアイリの正面に回り込み、アイリの顔を覗き込む。



「あらあら、誰かと思えばあなただったのですか」


「会うのは一年ぶりか。お互い政府の推薦で入った者同士だ、いつも言っているが敬語は必要ない」



 努めて冷静に、アイリが返答する。しかしヴェロニカは相変わらずどこか上の空の、心此処にあらずといった様子でにこにことアイリを見つめていた。


 アイリとヴェロニカは同時期に軍に入隊し、分野は違えど軍に「血統は軍に無関係である」ということを示した人物だ。ヴェロニカは天使の開発者、アイリは不敗の将として知られている。


「それで? あなたは……とうとう私を殺しに来たんですか?」


「……いや、あんたと戦うつもりは無いよ。少なくともこの基地の中では……


「うふふ、私は自分の身の程をわきまえている人間は好きですよ。……それで、今日はどうしてここへ?」


「三ヶ月前にロベルタが会ったとあんたが話していた、レジスタンスのアーサーという男。あの男についての情報が聞きたい」



 アイリがそう答えると、ヴェロニカは小さくため息を吐いた。つまらないことを訊くな、といった感じの意味を含んだため息だった。



「……私がロベルタ以外の人間と人形に興味がないことは当然知っているでしょう? そのアーサーという男のことだって、私からすれば路傍の石ころ程度のものですよ」



 アイリの眉に少しだけ皺が寄る。こちらは真剣に訊いたつもりだった。そしてロベルタに近付く人間を、ヴェロニカほどの人物が調べていない筈がない。


 ――ヴェロニカは真剣に答えていない。



「……真面目に答えろ。返答次第では――」


「ふふ、やっぱり私を殺しますか?」



 見透かしたようなヴェロニカの表情を嘲る様に、アイリが鼻で笑う。



「いや、あんたじゃなくロベルタを壊すよ。今のロベルタはエインヘリアルがあるとはいえまだだ。今ならうちの部隊で『処理』できる。


 帝国はトラブルの内の一つを解決して、俺は准将に昇格するんだから、壊すメリットは十分にある」



 ヴェロニカの顔にさっと焦りの色が走り、焦っているのがアイリにまで伝わる。


 ――ほう、ロベルタを人質に取られるとここまで狼狽するのか。


 そう考えるとアイリの心の片隅に、少しだけヴェロニカに対する嗜虐の色が滲んだ。当然ながら何故ヴェロニカがロベルタに執着するのか、何故今のロベルタを壊されることを恐れるのかを、アイリは知っている。



「心配するな。あんたが協力してくれるならロベルタは壊さない。むしろ――」



 アイリがヴェロニカの耳元に顔を近づけ、何かを囁く。



「……なるほど、わかりました。あなたに協力しましょう」



 アイリが顔を離すと同時にヴェロニカがアイリから少し離れた場所へと車椅子を押して移動し、アイリへと向きなおった。



「アーサー=ニコラヴィッチ=ロマノフは現在、帝国南部に位置するレジスタンス本部にいます。そしてロベルタは今現在、このレジスタンス本部を目指しています」


「……ほう? 確証は?」


「離れ離れになっても、心はいつでも繋がっていますから。


 だからロベルタが何をするか、何を考えているのかも全部全部分かるんですよ。私とロベルタは



 大真面目に答えたヴェロニカに、アイリは少しだけ寒気を感じた。


 機械に心はない。故にロベルタが心を持つはずはなく、ヴェロニカの言っていることは全て妄言だ。


 しかし、それはロベルタが本当に機械であったならの話だ。ヴェロニカが何の根拠もなくそんなことを口走る筈も無く……そして何故そんなことを言うのかをアイリは知っていた。


 ――やはりこの女、危険だ。



「……今日のところは一先ず退こう。また何かあれば、そちらに顔を出す」


「ええ……今日は中々楽しかったです。またいつでもいらしてくださいね」



 アイリが薄く微笑んで踵を返し、研究所から出る。


 研究所の自動開閉式の扉の先で、一人の小柄の少女が仁王立ちしてアイリを待ち構えていた。


 少女の髪はアイリにそっくりの燃え立つような輝く赤で、腰まで伸ばした長い髪を二つに縛ってある。


 吹雪の中にいるのにも関わらず、少女の服は露出が多い。


 天使型であることを示す漆黒のコートの下は、動きやすいよう腿や腕などが寒空の下に露わになっていた。


 彼女はエリザベス。天使型七番機にしてアイリの従える天使だ。



「遅い、愚図アイリ。五分で済ませろって言ったじゃない」


「はいはい、分かってるよベッツィー」



 アイリの返答に、エリザベスが柳眉を目一杯吊り上げる。



「ちょっと! アタシのことはベッツィーって呼ぶなっていつも言っているでしょ!?」


「じゃあエルスペス」


「違う!」


「ベスならどうだ?」


「歌の通りに試さなくてもいいわよ!」



 ぷりぷりと怒るエリザベスの頭を撫でながら、アイリがくすくすと笑う。


 ――本当、いつやってもからかい甲斐がある奴だ。


 どういう訳かは分からないが、エリザベスは自分の名前を愛称で呼ばれるのを嫌がるので、呼ばれると怒る。その怒っている様子が面白くて、アイリはいつもエリザベスを何かしらの愛称で呼んでいた。


 エリザベスという名前はエルスペス、ベッツィー、ベス、リジー、リサ、エリザなどとにかくニックネームの多いものなので、からかうネタには困らない。


 エリザベスもエリザベスで飽きもせず毎回毎回反応を寄越すので、アイリはすっかりこのネタでからかうことが気に入っていた。


 ――と、いつまでもこうしてはいられないな。


 未だふくれっ面のエリザベスの手を握って、アイリが歩き始める。



「さあ、そろそろ行こう。俺達が急がなければ全てが水泡に帰してしまう」


「……本当に、あそこへ行くの?」


「ああ。でなければ何も始まらないし、いざとなればお前が護ってくれる」


「…………こういう時だけ、素直に頼るんじゃないわよ。馬鹿」



 エリザベスの顔が朱を差した様に紅潮し、アイリからさっと顔を逸らす。アイリの握る手のエリザベスの力は少しだけ強くなっていた。


 吹き荒れる吹雪をものともせず力強く歩きながら、アイリが呟く。



「さあ、急ごう。レジスタンス本部へ、アーサーとロベルタに会う為に」


「――ええ。アイリがそれを望むなら」



 止むことを知らず吹き荒ぶ白の暴風の中へ、二人の姿は静かに消えて行った。

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