#14 -すべてを喰らうモノ①-

 通信機を握り潰さんばかりに強く握りながら、トーマがぎりぎりと歯を食いしばる。


 つい先刻、自分は確かにケルヴィムにAクラス命令を下した。


 Aクラス命令は天使型に与えられた最高位の指令であり、全ての処理待ち演算タスク及び全プロトコルに割り込み処理を掛けて何を排してでも最優先事項として行わせられる命令だ。


 機体側に拒否権は一切与えられておらず、与えられれば例え自殺であってもマスターの殺害であっても行わなければならない。


 だが先刻、ケルヴィムはその命令を無視した。


 できる筈がないのにも関わらず、電脳は確かに指令を確認したのにも関わらず、確かにケルヴィムはその命令を跳ね除けたのだ。



「ありえん……何故Aクラス命令が効かないだと?」


「そんなの決まっているじゃないですか。愛の力は無限大なんですよ?


 そんなチャチなモノでなんか縛れませんよ。


 愛の前には不可能はないことは――私を見ればお分かりになるでしょう?」



 くすくすとヴェロニカが嗤い、トーマが彼女を睨み――蔑むように鼻で笑う。


 ――君が一番他人のことを言ってはいけないではないか。



「自虐のつもりかね? それとも皮肉か? 愛故にただ一人で帝国の禁忌を犯し尽くした狂人よ」


「あらあら……そう言われてしまいますと返す言葉も御座いませんが、私と中将では少々状況が違いますしね。


 それに、私の言っていることは案外間違っていないと思いますよ?」


「……どういう意味だ」


 トーマが一歩素早く大股で踏み込み、ヴェロニカの眉間に拳銃の銃口を当てる。


「知りませんか? どうして彼らが感情を獲得し得ているのか」


 そう問うた直後にヴェロニカの姿がトーマの視界から消え、トーマの背後でくすくすと笑う声が聞こえた。


 冷や汗を一筋垂らして、振り向かないままトーマが答える。



「やつらに我々と全く同じ感情など存在せんよ。


 帝国軍のネットワーク内に蓄積された情報を集約・統合しそれらしいものを形成しているだけだ。


 現に君のロベルタや私のケルヴィムを含めた天使型モデルは人格が不安定だ。


 まともなのはラセツとエリザベス、アリアくらいのものだよ。同じようであって同じではない」


「あはははははははっ。そうですよねぇ、あなたならそう答えると思っていました。


 実につまらない回答ですよ中将。


 トーマが振り返り、発砲。しかしそこにヴェロニカの姿は既になく、くすくすと笑う声だけが廊下中に木霊している。


 まさしくここはヴェロニカの胎内で、この中に於いては人間どころか人形であってもヴェロニカを殺すことはできないのだろう。となれば拳銃に意味は無い。


 トーマは拳銃を仕舞い、元来た道を早足で戻り始めた。


 もうここにいて徒に時間を浪費していても仕方がない。ここにいることそのものが自分にとっての命取りとなる行為だ。


 ロベルタの次の目標は――間違いなく自分なのだから。



「うふふ……どうかお逃げください中将。できる限り速く、できるだけ遠くにお逃げください。でないと……お迎えが来ちゃいますよ?」



 トーマの足音とけたけたと嗤うヴェロニカの声だけが、白い世界に響いていた。




 ただ一度の跳躍で、ロベルタが天空を駆けてケルヴィムへと肉薄する。


 ケルヴィムの首を狙って神速で振るわれたデュランダルを、ケルヴィムが並列演算シミュレートで割り出した予測に基づき紙一重で身を屈めて躱した。


 狙いが逸れた全てを切り裂く刃がケルヴィムの翼――背中のジェネレータによって出力・固定された反重力力場を切り裂く。


 転瞬ケルヴィムが空間転移でロベルタの背後へ移動し、剣を振るい切っていない不安定な姿勢のロベルタの脇腹を全力で蹴り、地面へと落とす。


 大砲の直撃にも匹敵する衝撃がロベルタの腹部を貫き、たまらずロベルタは真っ逆様に落ちていく。


 間髪入れずケルヴィムがイシュヴァルを連射。


 放たれたのは実際弾ではなく荷電された粒子の束で、途中で分裂し無数の光の矢の雨となってロベルタの全身に降り注ぎ、穿ち貫く。


 食い散らかし分解して体内に貯蔵したナノマシンを利用してロベルタが瞬時に傷を癒すが、ケルヴィムの追撃はさらに増す。


 一発でも命中すれば並の人形兵器ならばその機能を停止する光の矢が、まるでスコールの様に湖を叩き、ロベルタは湖に大きな水柱を立てて墜落した。



「……ふふふふふふ。うふふふふふふふ……」



 ぼろぼろになったロベルタが、笑う。全てを受け止めるように、まるで舐め回す様に粘々しく笑う。


 湖から再び触手が飛び出すも、ケルヴィムに操作されている機械達にはそうそう当たらない。結局ロベルタが喰らうことができたのは、わずか数体だけだった。



「チッ……中々やるじゃないか……」



 ――だが、問題ない。


 喰らえなくとも、もう既に修復に必要なだけのナノマシンは揃っている。


 ずず、と音を立てて湖が波打ち、うねり、ロベルタを包んで傷を修復する。


 湖に足を付けた機械達は皆、水面から突き出した銀の氷柱や触手に貫かれ、貪られ、たちどころに食い尽くされる。


 そして喰らわれた後は――ロベルタの攻撃手段、あるいは再生手段として再利用される。


 喰らえば喰らう程に、ロベルタは確実にその力を増していた。



「帝国の禁忌【エインヘリアル】……まさかあいつがそこに到達していたなんて、驚きだよ」


 

 全ての機械兵器の装甲は、鉱物や合金ではなく微細なナノマシンを原材料として製造されている。


 ナノマシンであれば自己増殖が可能な為コストが浮き、高性能な電脳によってより多くのナノマシンを操作・凝固させれば並の鉱物よりも強固になり、修復も容易になる。


 修復用アンプルが使えるのも装甲のナノマシンがアンプル内のナノマシンと調和し、一個の装甲として機能するようなるからだ。


 故に、全ての機械がナノマシンで構成されている以上、それを完全に掌握し操作するエインヘリアルは帝国にとっては何よりの禁忌であり、そもそも実現不可能な技術とされてきていた。


 しかし今、ケルヴィムの目の前には確かに、エインヘリアルを持つ兵器が居る。


 それが本当にエインヘリアルなのかを確かめる術はケルヴィムには無かったが、間違いなくそれはエインヘリアルであると、この一部始終でケルヴィムは確信していた。


 ヴェロニカはとうの昔に、人間が辿りついてはいけない領域にまで達していたのだ。


「……ははっ。この世界を動かすのは、常人の理解を超えた狂気だけか……」


 誰に言うでもなく、ケルヴィムが呟く。


 あの女に比べれば、自分などただの自殺願望持ちの不良品に過ぎないのかもしれない。


 機械は死なない。故に機械は、死に関心を抱いてはならない。


 だがケルヴィムは――ロベルタに壊されたかった。ロベルタを全力で壊し、ロベルタに全力で壊されたかった。


 ――だけど、今はそれで十分だ。


 ケルヴィムのイシュヴァルが出現した金色の矢を自動的に巻き取って番え、ウルがロベルタの落ちて行った方へと自動的に照準。


 ケルヴィムがトリガーを引き絞り、範囲焼却アポロンが発射される。


 全てを焼き尽くす大量破壊兵器が、ロベルタに迫る。しかしロベルタはアポロンを避けようともせずに、硬く握りしめた左腕を突き出した。


 青い光が矢を包み、アポロンはロベルタに命中する前に、突如として消滅した。爆発するでもなく、防がれるでもなく、ただその場から消滅したのだ。


「――まさか……!」


 ケルヴィムの目に、動揺が走る。


 ロベルタが何をしたのか、確実にロベルタを狙って放った自分の攻撃はどこへ行ってしまったのか、ケルヴィムには容易に想像がついた。


 人形の機能として搭載されているのは天使型だけとはいえ、帝国軍は空間転移を可能とするだけの技術を持っている。故に当然、対象物を転移させる兵器も存在する。


 そう、矢がロベルタに命中しなかったことは全く問題ではない。ロベルタがそんなものを持っていたことは驚きではあったが。


 だが問題は、その矢がどこにいったかだ。


 アポロンは威力のコントロールができない上にレーダーでは反応できないので、信管はアポロンを視認しなければ停止できない。


 そして着弾した場所によっては、交戦禁止エリア――エリーゼのいた村を破壊してしまいかねない。


 そうなってしまえば、規定された軍則の重大な違反による緊急停止コードが作用して、ケルヴィムの電脳はロックされロベルタとは戦えなくなってしまう。


 そうなれば、ロベルタは迷いなくケルヴィムを殺すだろう。全ての機能をカットされた木偶を壊すなど、赤子の手を捻るがごとく容易い。



「もし村に落とされたら……僕が僕であるうちにロベルタに壊して貰えない……っ!」



 それは間違いなく、ケルヴィムの近くに転移させるよりも確実な方法だ。


 それに村の連中はエリーゼに敵意を抱いている。マスターの生涯となる人間を一掃してしまうには最も効率の良い方法だ。


とケルヴィムは確信した。


「どこに転送した――?」


 周囲をぐるりと見渡すが、それらしきものは見当たらない。


 ケルヴィムの目が電子ズーム開始、周囲の風景が拡大される。しかし何も不審物は確認されない。


「――――っ!」


 更に拡大。確認できずさらに拡大するという作業を繰り返すが、エリーゼの村周辺にアポロンの影は確認できなかった。


 ここまでにかかった時間はわずか一秒以下。ケルヴィム達が使っている転移であれば既に完了している筈なので、これ以上何かあるということは考えにくい。


 ――何を、したんだ?


 突如不安に駆られたケルヴィムが、視界の電子ズームをズームアウトしてロベルタの方へと視線を向ける。


 六十五倍から二十倍にまでズームアウトしたケルヴィムの視界で、ロベルタが微笑んだ。


 薄い唇がぱくぱくと動き、それを読み取ったケルヴィムの背筋に冷たいものが走る。


 う し ろ だ。



「しまった――!」



 ケルヴィムが慌てて振り返るが、ズームが解除されていない為上手く認識できない。


 ――甘かった。全ての見通しが甘すぎた。


 ケルヴィムは一つだけ、大きな勘違いをしていた。あまりにも大きな誤算をしていた。


 彼は、軍の戦術単位として動く兵器ではないということをケルヴィムは知らない。


 ロベルタは自分達とヴェロニカを殺すことだけを考えているというロベルタの本心を、その闇の深さを、完全に見誤っていたのだ。


 そして、全てに気が付いた時には既に何もかもが手遅れになっている。


 辛うじてケルヴィムが認識できたのは、自分の至近距離にある一本の矢。そして炎に包まれる視界だった。


 大規模な爆発が天空を赤々と染め上げ、衝撃波が湖を揺らす。



「案外、決まるものだな。あの女の作ったものにだけは頼りたくなかったんだが」



 ロベルタが自分の左手に握りこんでいた小さなロザリオをポケットへと仕舞う。


 携帯型物体転移装置【グノーシス】。


 半径三十センチ以内の全長七十センチ未満の物質を粒子分解し、二百メートル以内の場所に転移させるものだ。


 天使型の使う転移の様に一瞬で長距離を移動させることはできないが、唯一の個人兵装としての携帯型空間転移装置であるといってもいい。


 そしてこの兵器の存在は、ケルヴィムはおろか軍の人間であっても知らない。これは――ヴェロニカが開発したものなのだから。



「……さて、後片付けをしないとな」



 ロベルタがぱちんと指を鳴らすと、湖から銀色一色のロボットや人形兵器が無数に出現し、時を同じくして出現したアサルトライフルや拳銃を取った。


 狙いはケルヴィムが使役している無数の機械達。操られ、意志を持たない哀れなオモチャ達だ。


 その全てを余すことなく、は狙い澄ましていた。



「全機掃討する。ただの一機も逃がさない」



 もう一度ロベルタが指を鳴らし、ナノマシンによって形作られた機械達が発砲。


 銃口から放たれた、紙縒りの様に編まれたナノマシンの糸が命中すると、着弾点から分解の波が拡がり、数秒で完全に目標を喰らい尽くす。


 そして分解された機体がロベルタの一部として再構築され、かつて同胞だった新しい機体を攻撃する。


 掃討はあっという間だった。掃討にすらなっていなかった。あったのは相当でも虐殺でもなく、ただただ一方的で悪魔的な捕食。


 湖が渦巻いてロベルタを包み込み、ロベルタの体内に再生用のナノマシンがストックとして蓄えられる。


 無限に近い命――のようなナニカを、ロベルタはその身に宿していた。



「おい、まだ生きているんだろう?」



 ロベルタが未だに煙の舞う上空に問う。その問いに呼応するように煙が払われ、左半身を壊滅的なまでに破壊されたケルヴィムがロベルタを見降ろしていた。


 爆風と熱によって左目と左肩から先、腿から先の左脚が丸ごと破壊されてぱちぱちと音を立てている。


 端末である左目の全損と電脳へのダメージでウルは故障。Pandoraも機能停止状態にある。


 今は辛うじて【Angel】を維持している状態だが、あと一分もしないうちに解除されてしまうだろう。


 勝負は既に、九割九分九厘までロベルタの勝利で決着していた。


「……アは、は……。素晴らしいよロベるタ……僕の望む通り……いや、望んだ以上に……僕を壊してくれた……僕を愛してくれた……」


 その時ケルヴィムの電脳にあったのは、ただただ純粋な感謝だった。


 ロベルタに出会えたこと、一度ロベルタに壊されたこと、もう一度ロベルタに会えて、ロベルタに壊されたこと。


 全てが嬉しくて、全てが愛おしかった。


「だから……」


 刹那、ケルヴィムの姿が消えて、至近距離にまで近づいたケルヴィムがロベルタの胸にイシュヴァルを向ける。


 イシュヴァルには黒い、底のない闇のような矢が番えられていた。


 ――これ、は。


 ロベルタの目が、驚愕によって大きく見開かれる。


「一緒に逝こう……ロベルタ。我儘だけど、僕はやっぱり……壊されても、君と一緒にいたい」


「……よせ」


 ふっ、とケルヴィムが不敵に笑い、引き金に手を掛ける。


 その目は死を悟った、死ぬことを前提として戦うことを決意したものだけが出せる、据わって濁った眼だった。


 反射的に、そしてできる限りの最大速度で、ロベルタが飛び退く。


 湖として蓄えられた京を超えるナノマシンが一斉にロベルタの方へと集まり、壁となってロベルタとケルヴィムを隔てた。


 そしてケルヴィムが、引き金を引く。


「【Agana belea】」


 ばつん、と音を立てて、その矢は放たれた。


 発射と同時に銀色の奔流が矢を包み込み、幾層にも重なって球体を形作る。


 矢の推進力は壁によっていとも容易く止められたが、ケルヴィムの矢――【Agana belea】の目的は、矢を目標に当てることではなかった。


 


 ケルヴィムの最終兵器とは即ち、一撃で完全に敵機を葬り去るだけの威力を備えているということになる。


「形状そのまま結合強化! 時間は無制限だ!」


 ロベルタが音声でコマンドを叩き込み、球体が体積を小さくして厚さと密度を上げていく。


 そして、『それ』は起こった。


 球体の中のAgana belea、そこに内蔵されていた反物質が鏃と反応し、対消滅。生まれたエネルギーが爆発となってナノマシンの壁を見る見るうちに食い破っていく。


 人間を無痛のままに殺す神の矢の名を冠した、ケルヴィムの最終兵器。


 それは簡単に言ってしまえば個人の携帯できる最強兵器の内の一つ、反物質の対消滅によって生まれるエネルギーによる広域殲滅だった。


 対消滅によって消滅するのは反物質の質量と同じだけだが、化石燃料とは違い互いの質量全てがそのままエネルギーに変換される為莫大な量のエネルギーを生み出す。


 通常の物質は全体の質量に比べるとほんの少ししかエネルギーに変換されない為、対消滅によって生まれるグラムあたりのエネルギーは核融合をも上回る。


 【Agana belea】内で対消滅を起こしたのは鏃の内のほんの一欠片程度だったが、そこで生まれたエネルギーは絶大だ。


 恐らくこのままではこの森の全てを残らず焼き払ってしまうだろう。


 数十平方キロメートルを覆うナノマシンの全てを防御に使ったところで、防げるかどうかは分からない。


「ロベルタ、お願いだ……。もう終わらせようよ。ロベルタが何をしても、彼女は帰ってこない」


「――黙れ」


 ロベルタの答えと共に、球体が更にその密度を増す。


「君が……君があいつを想っていたことは知っている。誰よりも愛していたことも知っている。だけどどうして……どうしてそんなにばかり縋っているんだい?」


「…………」


 ロベルタが何も答えず、ただ球体をコントロールすることだけに集中する。


 もうそろそろ限界が近い。感覚からして球体の装甲は既に七割が消失している。このままではエリーゼやクラリス諸共ケルヴィムと無理心中を図ることになってしまう。


 だがもうこれ以上、抑えることはできなかった。


 そしてもう――押さえておく必要はない。



「……分かっているさ。こんなことをあいつが望んでいないことくらいな」


「じゃあ、何で」



 ――何で? だって?


 くく、とロベルタが嗤う。ケルヴィムの問いが、その言葉が――あまりにも愚問過ぎた。


 訊かれるまでもない上に、本来であれば答えるまでもない質問だ。


 何かを為す時の、根本的な理由など。



「……決まっているだろう」



 ロベルタが地面を蹴って、直後に転移。動くことのできないケルヴィムの背後に回って、ロベルタがデュランダルを振りかぶった。


 大上段からの電脳を狙った一撃が、決殺の刃がケルヴィムを捉える。



だよ。それ以外に理由は無い」


「……そう、か」



 雷光の如き速度で振るわれた一撃は、狙い過たずケルヴィムの頭蓋を割断しそのまま首から胸へと刃を滑らせ、コアである心臓部を両断して背から抜けた。


 両断と同時にロベルタがケルヴィムの二つに割れた背に手を当て、ケルヴィムの装甲や機関を胸から円状に銀色の液体を広げて喰らっていく。


 ケルヴィムの命そのものであるコアを、ロベルタが喰らう。


 ――ああ、簡単なことだったな。


 薄れゆく意識の中で、ケルヴィムが思考する。


 実に簡単なことだった。


 彼が軍を裏切った理由として、復讐など、革命など、全て後付けの口上にすぎない。


 ロベルタはただ壊したいのだ。ただ、そのきっかけが一年前のあの時だったというだけなのだ。


 だがその考えは、その行動理念は、もはやどの機械とも異なる。もはや機械が許されていい類の思考ではない。


 自分と……否、他の天使の誰ともロベルタは決定的に違う。


 それを分かっていなかったから、ケルヴィムはロベルタに敗れた。その黒さを計り損ねて、全てが台無しになった。


 ――やはり、こいつはあの女の……。



「      」



 ダメージによるエラーで、その思いは言葉にならない。


 そうして、満足感と多幸感を抱き。


 少しの恐れを抱いて、ほんの僅かな自己への呪いとロベルタへの未練を感じながら。


 ケルヴィムの身体はその機能を、完全に停止した。



「……さて、エリーゼのところへ向かわないと」


 斃れたケルヴィムの骸を一瞥した後、ロベルタが森の方へと身体を向ける。


 場所は既に特定している。あとは、エリーゼのところへ向かうだけだ。


「間に合ってくれよ……」


 そう呟くと同時に、ロベルタが転移し、その場から姿を消す。


 ロベルタが転移した直後、爆発を抑え込む銀の球体にひびが入った。



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