#13 -智天使の願い②-

 ――よォ。もしかして俺を呼んだか?


 黒いナニカがロベルタを見上げて、囁く。その声は、とても愉快そうだ。


 ――そんなにあいつを倒したいか。


 ロベルタが何も考えず、その声に頷く。もう見栄を張っている場合ではなかった。


 何としてでも、ケルヴィムを倒す力が欲しい。


 ――ははっ。おまえのそういう、何かの為なら形振り構わずいられるところ……嫌いじゃないぜ。


 ロベルタの身体に『ソレ』が重なり、溶ける。


 刹那、は目覚めた。




「……決して壊れないとは、どういうことかね?」


 嗤い続けるヴェロニカに、トーマが重々しい声で尋ねる。


 報告されているスペックで言えば、ロベルタよりもケルヴィムの方が圧倒的に上だ。


 ロベルタはあくまでも天使型モデルとしての基本的なスペックを得ているというだけで、その実力はケルヴィムを含めた帝国の所有する他の天使九体とはまるで違う。


「君の製造つくったロベルタは天使型モデルの中では最弱だろう。


 ケルヴィムにもベルベットにも、ラセツにもルナにもエリザベスにも、フェルディナンドやアスラ、シャーロット……ましてや天使型最強のアリアには絶対に勝てない筈だ。


 なのに何故君は、そう言い切れる?」


 帝国が現在所有している、ロベルタを除く九体の決戦兵器達。


 その全てがただ一機で天使と【ブリュンヒルデ】を除く帝国の全てと戦えるだけの実力を備えている。


 だがロベルタがそれだけの実力を備えているという話をトーマは聞いたことが無かった。


 ウルや【Pandora】の様な特別な能力があるという報告は、どこにもされていないのだから。

 

 しかしヴェロニカはそんなトーマの心中を知ってか知らずか、尚もけたけたと笑い続けている。



「うふふふふふっ、あははははははははははははははっ! いきなり何を仰るのかと思えばですか。


 心配御無用ですよ中将。ケルヴィムだろうとアリアだろうと、関係ありません。


 何であろうと壊せないように――私以外には絶対に壊せられないように、製造つくってありますからぁああ。それが私の愛ですものぉ」


「……今一つ要領を得ない回答だなヴェロニカ君。《アレは何なんだ》?」


 トーマの問いに、ヴェロニカがくすくすと笑う。


 その顔は自信に満ち溢れており、ロベルタがケルヴィムに敗けるなど微塵も考えていないようだ。


 その狂気的なまでの自信の正体が何なのか計りかねて、底の見えない闇の前にトーマの心臓は少しだけ縮み上がった。


 ヴェロニカの色素の薄い唇がゆっくりと開き、言葉を紡ぐ。


「彼は天使型十番【ロベルタ】。モード【Angel】のにより周囲の空間にある全てを喰らい、全てを呑みこむ怪物ですよ」




「……く。ははは。あああああぁはははははははははははっっ!!


 ひひひひっ、ひぃあぁははははははははははははははッっっっっっっっっ!!!」


 ロベルタが狂った様に嗤い、その笑い声と共に爆発によって捥げ落ちた手足や腹、踏み壊された頭部が瞬く間に再生する。


 そしてそれを直していたのは――ロベルタの足元にあったナノマシンの湖だった。


 ゆっくりとロベルタが立ち上がり、ぎろりとケルヴィムを睨み付ける。


【警告:モード【Angel】臨界点突破、稼働率270パーセント。コード《エインヘリアル》発動開始】


 ぼこぼこと湖が湧き立ち、無数の銀の触手が伸び――躱したケルヴィム以外の機械達がその触手を浴びて、


 銀の触手が着弾と同時にその形を銀色の液体へと変え、すっぽりと覆い尽くしてナノレベルにまで喰らい、分解する。


 そして分解され断片化された機械の情報を、ナノマシンによる並列演算を利用してロベルタの電脳が一瞬にして解析。一部のナノマシンを使って復元し、従属化する。


 今やロベルタにとって、ナノマシンに満たされたこの荒野全てが武器だった。


「……嗚呼……」


 ケルヴィムの顔が見る見る内に恍惚に満たされ、ロベルタを見つめる。


 その時のケルヴィムの脳裏にあったのは、一年前のあの日の光景だった。


 あの時、炎の中の銀の嵐で自分を壊して、その場にいた全てを破壊し尽くした――ただ一人の『天使』だった。


 天使は今、ケルヴィムのこと等まるで意に介さずに……自分の食事を行っている。


 ひたすらにその触手ゆびを伸ばし、包み、咀嚼し、呑み込んで自分のモノとしている。


 その光景はまさしく怪物的で、とてもではないが同じ機械であるようにケルヴィムには見えなかった。


 まるで化け物。さながらに本物の天使。


 その時ケルヴィムの電脳は、副脳ユニットによって一つの電脳となったケルヴィムの全身は全て、湧き立つ歓喜と溢れ出す興奮によって満ちていた。


「待っていたよ……僕は一年間ずっと、、ロベルタ……っ!」


 狂喜するケルヴィムを見据えて、食事を終え笑うことをやめたソレがゆっくりと口を開く。


「さあ、殺し合おうかケルヴィム。お前が果てるまで、お前の全てが無くなるまで、繰り返し繰り返しアイしてやる」




「あなた達が全点豪華主義の下で自分の天使にの機能を付ける中で、私がロベルタに装備させた唯一つの特殊機能は【エインヘリアル】。


 通常の天使型の持つものの七倍の性能のナノマシンと二倍の量のフェムトマシンによって、半径一キロメートル圏内の全てのナノマシンを操り、ありとあらゆる機械を分解して我が物とすることが出来る『機械殺しの機械』です。


 中将の御考えになられた【Angel】開発セクションにおける基本思想は『全ての機械の支配』でしょうが、王であるという考えからすれば私はその更に先を行っている――ということですよ。


 それがあなたの持つケルヴィムに、私のロベルタが勝つという絶対的な確信の正体です」


 機械が読み上げるようにすらすらと、ヴェロニカがロベルタのスペックを話して聞かせる。


 その言葉に、トーマの心は底から冷えた。今すぐにケルヴィムを止めなければならない。


 トーマの考えが、トーマの読みが正しければ、ケルヴィムは確実にロベルタに敗ける。そして恐らく、ケルヴィムはそれを重々承知の上で戦いに臨んでいる。


 それはトーマにとっては想定内だ。


 今ここでケルヴィムを呼び戻してもケルヴィムは止まらない。また脱走してロベルタを探すに決まっている。


 そして例え壊れても、コストはかかるが本部にアーカイヴされているデータを基に新たに作り直せばいい。いくらでも代わりが効くのが人形兵器の強みなのだから。


 そう、ケルヴィムが倒されると言うこと自体にはあまりデメリットはない。


 ――だが、はどうなる……?


 トーマがはっとした顔でスーツの胸ポケットからトランシーバー型の通信機を取り出し、素早くスイッチを入れる。


「帝国陸軍中将トーマ=ヴァン=シュトロハイムより天使型四番機ケルヴィムへAクラス命令を与える! 


 即刻ロベルタとの戦闘行為を中断し、本部へと帰還しろ! 繰り返す! 即刻戦闘行為を中断し、本部へと帰還しろケルヴィム!」


 先程までの落ち着き払った様子とは打って変わった、非常に慌てふためいた様子。


 トーマはこの戦闘の先――この戦いが決着した後の展開に気が付いた。気が付いてしまった。


 このままでは、間違いなく自分に待っている未来が破滅に限定されてしまう。トーマにとって、それは絶対に避けなければならない事態だ。


 そして命令を聞いたケルヴィムが、くつくつと笑う。




《天使型四番機ケルヴィムへAクラス命令を与える! 即刻ロベルタとの戦闘行為を中断し、本部へと帰還しろ! 繰り返す――》


 ケルヴィムの電脳内に、声が直接音声通信として入ってくる。


 電脳内の全てのプロセスに割り込み処理を掛けて実行される、絶対的支配権限であるAクラス命令。


 ――命令、か。


 くつくつと、ケルヴィムが噴き出すように笑う。


 ――命令……命令。僕が絶対にやらなくちゃいけない、マスターからの命令。


 一体、そんなものに何の価値がある。


 やらなくてはならないことは、もう目の前にある。他の何にも掛け替えのしようが無い、大事な大事な任務が、たった今自分の目の前には確かに存在しているのだ。


 この気持ちは、誰にも理解できない。ロベルタにもヴェロニカにも、マスターであるトーマにも。


 自分ぼくは天使や兵器である以前に、ケルヴィムという一つの人形なのだから。


 そしてケルヴィムはその時初めて、その命令を――拒否した。


 ケルヴィムの瞳が一段と蒼く輝き、イシュヴァルが長弓から巨大なボウガンの形へと変形する。


 その時同時に、森全体が鳴動するほどの地鳴りを伴って、天使型を除く帝国全土の機械がロベルタただ一人を狙って精密に『操作』されて向かっていた。


 人形やロボットだけでなく、ミサイルや戦車、軍艦の類までもがケルヴィムの意のままに動かされている。


 神格武装クラウ・ソラス最終形態。そして【Pandora】の完全駆動。これが文字通り、ケルヴィムの出せる全力だ。


「さあ……思う存分壊してくれよロベルタ! 僕だけを見て、僕だけに触れて、僕が果てるまで僕だけ壊してくれ! それが……それだけが!」


 ケルヴィムがロベルタに、想いの丈を叫んで訴える。


だけが僕の願いだ!!!」


 そう叫んだケルヴィムを視て、ロベルタはにぃとほほ笑み。


 雷光の如き速度で、ケルヴィムに踏み込んだ。

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