#08 -あの日の村 それからの少女①-

 それから、一年後。


「……っ、くそ……っ……!」


 あちこちを傷だらけにしボロボロの状態となったロベルタが、同じく満身創痍のクラリスに肩を貸して、林の中を歩く。


ロベルタは右脇腹の一部と左の脛が抉れ、クラリスは頭部に複数の擦過傷があり電脳の機能に一部支障が出ている。他にも二人には、無数の生傷があった。


 ふらふらと歩くロベルタの左手には、大きなトランクが一つ、大事そうに提げられている。



「……警、告:……共和国製ロボット……更に増加……空間転移、かク認……」


「チッ……村までの迂回ルートを探すぞ。村に入れば少なくとも帝国の連中は攻撃できなくなる……はずだ」


「了解:ルートを検索、スる……」


 ロベルタの視界の拡張現実には、いくつもの青い点と赤い点がロベルタ達を取り囲むように配置されている。


 青い点は帝国の人形、赤い点は共和国のロボット。


 そして今は――そのどちらも、ロベルタ達の敵だ。何もかもがロベルタ達を狙い、襲ってくる。


 この一年間、ロベルタ達は【ブリュンヒルデ】を持って軍から脱走したことで、【ブリュンヒルデ】を取り戻そうとする帝国と、それを手に入れようとする共和国の両国の軍隊から追われていた。


 二体対二国の、あまりに無謀な戦い。


しかし最初の間は、何とかロベルタ達でも対処することができた。ロベルタは最高モデルの天使型。一年前の奇襲の様な状況でなければ、問題なく対処できる。


 状況が変わったのはこのほんの一週間前。ある人形にロベルタ達の居場所が割れてしまってからだ。


 その人形は二人――特にロベルタに強い執着を抱いており、ロベルタ達はこの人形を破壊することができないまま、一週間の間逃げ惑っている。


 人形の名は、ケルヴィム。ロベルタと同じ最高性能モデル――『天使』だ。




「嗚呼……本当に楽しいよ。やはり君は心の底から、僕を楽しませることができる機体だ。愛していると言ってもいい。


 君だけが、僕を――アイしてくれる気がする」


 上空からロベルタのいる林を見下ろしながら、一体の人形が青い長髪をなびかせて笑う。


ロベルタと同じ黒のコートを着た一体の人形。その顔は女性かと見間違うほどに端麗で、その身体は彫刻の様に美しい。


 そして極めつけに――その人形の背にはロベルタと同じ光の翼が六枚あり、人形を空中へと縫いとめていた。


ロベルタは【Angel】を発動しなければ翼を出すことができないが、どうやら人形が【Angel】を発動している様子はない。


 しかしその首には、チョーカー型の副脳ユニットが取り付けれられており、いつでも【Angel】を発動できるようになっている。


 人形の名はケルヴィム。ロベルタと同じ天使型モデルで、ある『理由』からロベルタを追っている。


 その理由は上層部から与えられた命令ではなく、ケルヴィム一個人(一機体と言った方が正確かも知れないが)のものだ。


そしてその理由はケルヴィムの生きる理由、生き甲斐と言い換えても良いものだった。


 だからケルヴィムは今現在、誰よりも積極的にロベルタ達を追っている。


天使型モデルのステルス機能は万全の為、低ランクの機体であればレーダーには何も映らない。


それまでロベルタ達が襲われていたのは、市民の通報もしくは鉢合わせで交戦に入った物ばかりだった。


 だがケルヴィムは違う。ケルヴィムの索敵能力は天使型モデルを含めた全機体の中で最高のものだ。


 一定の距離にまで近づければ、例えロベルタであっても丸見えに近い。


 今こうしている間も、ロベルタがどこにいるかはケルヴィムには丸わかりだった。


 分かっているのに何もしていないのは、単純にケルヴィムがロベルタを甚振っているからに過ぎない。



「でも、今の君の行動はちょっと理解に苦しむかな。


 ねぇ……どうして君が僕よりもそんな箱なんかに執着しているのかとっても気になるなぁ……。


 そんなもの、どうせのに、どうして目の前の僕よりもそっちが大事なのかなぁ……不思議だなぁああああ」


 ケルヴィムがぎりぎりと歯を軋ませ、端正な顔を歪める。


 憎い。ロベルタが自分よりも大切にしている全てが憎い。取り分けロベルタが己の命よりも大切にしている、あのが憎くてたまらない。


「いつもいつもいつも…………!」


 端正な顔が、憎悪で更に歪んでいく。


 ケルヴィムがコートをまさぐって金色の端末を取り出し、スイッチを押した。


 端末は光の粒子となって霧散し、再び集まって長弓の形となる。


 弓は白を基調として随所に金細工が施され青い宝石が散りばめられた、さながら神話に登場する神々の武器の様な荘厳なデザインだ。


 長弓の名はイシュヴァル。個人が携帯・使用できる兵装の中では最高ランクの装備【神格武装クラウ・ソラス】シリーズのうちの一つで、ケルヴィムのみ使用を許可されている。



「さあ……行くよ」


 ケルヴィムの左目が青く輝き、電脳が演算を開始する。


「探索モードから遠距離戦闘モードへと移行、イシュヴァルとのコネクト開始。


 広域迎撃システム【ウル】起動、イシュヴァルとのコネクト完了――対象となる空間を捕捉・特定。指定された空間を焼却する」


 ケルヴィムの右手に金色の矢が出現し、ケルヴィムが矢をつがえて引き絞る。


その動きには一切の無駄がなく、しかし悠然としており風格がある。


 矢は時折青く明滅し、パチパチと稲妻の様な音を立てていた。


「僕よりもの方が大事だというのなら――」


 ケルヴィムの目が細められ、ロベルタのいる方角を睨む。狙いは正確で、逃れる術はない。


「神話の通り、嫉妬の炎に焼かれてみるがいいさ」


 限界まで引き絞られた矢が、弓から放たれる。


矢は一直線に、殆ど一瞬で目標である地面に突き刺さり――ロベルタ達のいる林で大規模な爆発が起こった。


爆心地を中心に林の木々に炎が燃え広がり、あっという間に林全体が炎に包まれた。


「……ふ、ふふ、はははははははは、はっははっはっはっははははははっ! 燃えろ燃えろ! 全て燃えてしまえ! ロベルタ以外は全て灰になってしまえばいい!」


 その一部始終を見届けたケルヴィムの口から笑みがこぼれ、止め処なく溢れてくる愉悦を殺しきれなくなったケルヴィムは天を仰いで大笑いした。


 炎は良い。全てを瞬時に灰へと変えてくれる。


 刺したり撃ったりしても人形はそう簡単には死んでくれない時が多いが、跡形もなく高温で燃やし尽くせばどんな人形であってもその活動は停止される。


 森羅万象の全てを殺す炎で何かを燃やすことが、ケルヴィムには快楽だった。


 そしてケルヴィムは、ロベルタがこの程度で死なないことも十分に理解している。


 それで良いのだ。これはロベルタとケルヴィムができるだけ一対一で戦える様にする為の、いわば舞台設定だ。


 ロベルタが生きて、自分と殺し合う為に戦ってくれればそれでいい。


 だが、いつまで経ってもロベルタはこちらに現れない。


 着弾時の空間の乱れで反応はロスト、温感センサーや音響測定もこの大火の中ではまるで役に立たない。


 今現在ケルヴィムは、ロベルタ達の姿を完全に見失っていた。


「逃げたか……まあ良い。どうせここを燃やしてしまえば逃げも隠れもできなくなるんだから。


 襲ってこないところを見ると、まだ連れてるガラクタも生きてるな……」


 ケルヴィムが弓を仕舞い、高度を更に上げる。


 眼下に広がる景色は赤一色で、見たわす限りに破壊が広がっていた。


 ロベルタがどれだけ逃げても、ケルヴィムから逃げることはできない。




「……何て、滅茶苦茶なことを……するんだ……!」


 雨の様に降り注ぐ火の粉に肌や髪を焦がしながら、ロベルタが苦々しげに吐き捨てる。


 突然の爆発、大規模な火災――ケルヴィムがイシュヴァルを使ったのはロベルタにもすぐに分かった。


 林全体に火が燃え広がっており、辺りが煙で包まれている。


 呼吸をしない人形であるロベルタ達は酸欠や一酸化酸素中毒にはならない。


 しかし炎に巻かれると身動きがとれなくなるので早急に脱出しなければならないと、ロベルタの電脳が合理的に判断した。


 中毒で死ななくても、このままケルヴィムに殺されれば同じ話だ。


「大丈夫か、クラリス?」


 ロベルタの問いに反応して、ロベルタの傍で倒れていたクラリスがむくりと起き上がった。あちこちが焼け焦げているものの、大きな傷は見当たらない。


「報……告:ボディチェックの結果、目立った外傷は……確認されテ、いない……」


 幸いにしてクラリスも無事で、ロベルタにも大した怪我はない。


そして何より、ケルヴィムがイシュヴァルの範囲焼却――【アポロン】を使ったことで周囲の敵が全滅した。


 これによって、それまでケルヴィムや他のロボット達に負わされた傷を修復アンプルで修復する時間が生まれた。


内部メンテナンスを行っている時間までは流石になさそうだが、これで傷ついた回路や人工筋肉が修復されるので村まで走って向かうことが可能になる。


「クラリス、修復アンプルを使うぞ。今なら向こうも探索できない筈だから、今のうちに傷を治す」


「…………了解」


 ロベルタとクラリスが首筋に注射器を刺し、中に満たされたナノマシン群を体内に注入する。


傷口から灰色の液体が染み出して傷を覆い、電脳から受け取った形状情報を基に修復する。


先程まで歩くのもやっとと言った具合の身体だったが、五分も経つ頃には全ての傷が回復していた。電脳に多少のダメージは残っているが、移動に問題は無い。


「よし、この隙に村へと向かおう。村へと入れば帝国の指定地域だからケルヴィムの武器の使用に制限がかかるし、一晩あればメンテナンスも完了する」


「了解:目的地への最短ルートを検索し、マッピングする」


「助かる。……なあ、クラリス。こんな時に言うのも何だが――」


 何か言いたげな様子で、ロベルタがクラリスを見る。


「質問を確認:内容の提示を要求」


「もうそろそろ、その堅苦しい話し方辞めてもいいんじゃないか? 


 もう俺達は軍にいるわけじゃない。だから軍則を守る必要が存在しないし、形式ばった言葉を使わなくてもいいというか」


「否定:これは当機における会話の基本仕様。仕様の変更は不必要なエネルギーを消費する為、効率的ではない。」


「どういうことだ?」


 ロベルタが顔をしかめてクラリスに問う。


「噛み砕いて言えば、『こちらの方が落ち着く』ということ。それでも変更を希望するならば命令を」


「……なるほど。ならクラリスの好きな方でいいさ。強要はしない」



 ロベルタがそう言ってくすりと笑うと、クラリスは心なしか少し不思議そうにも見える顔をして、ロベルタの方を見た。


「提案:上官機であるロベルタには、当機にCクラス相当以上の命令を与えることで今後の発言の訂正が可能。訂正の必要があるのであれば当機の判断よりもそちらを優先すべき」


「さっきも言ったし一年間ずっと言ってることだが、俺達はもう軍の機体じゃない。俺とお前は上官と部下ではなく、対等な仲間だと俺は思ってるよ」


「…………了解:会話仕様の変更を保留し、現仕様を継続する」


「ああ。じゃ、そろそろ行こうぜ」


「了解:目的地への移動を再開する」


 二人が走りだし、炎の中を静かに駆ける。


 燃え盛る炎は二人の姿を赤々と照らし上げ、木々が弾ける音はまるで一つの音楽の様で、ロベルタの冷たい心は少しだけ高揚した。


 それは二人の旅の終わりを告げる終曲フィナーレ。そして新しい物語の始まりを告げる序曲オーバチュアだった。


 もう誰にも、運命という名のシナリオを止めることはできない。




 それから、十六時間後。


 何やら外が騒がしいのを感じて、少女は目を覚ました。


今日は領主の運営する生糸工場での仕事が休みの日なので、いつもより目が覚めるのは遅い。


太陽は既に高く昇っていて、少女のあまり手入れされていない金髪をきらきらと照らしている。


「……ん……。何……?」


 眠い目をごしごしと擦って、少女が毛布を払いのけて起きる。


少女はとある事情から村から少し離れた場所に住んでいたが、そこからでもはっきりと聞き取れるほど、その喧騒は大きなものだった。


時々物騒な怒号が聞こえてくる。村で何かがあった様だった。


「一体何があったのかしら……」


 寝間着から白のワンピースに着替え、少女が扉を開けて外に出る。


日差しはいつもより少しだけきつくて、起き抜けの少女の目にはそれが痛いものに感じられた。


風の匂いはいつもと少し違っていて、少女は自分にとって何か新しい事が起こる予感がした。


 気付けば少女は早足で村の方へと駆けだしていた。


一年程前から村に入ってはいけない決まりとなっていたが、何故かその時少女は行かなければならない気がした。


呼ばれている様な、引き寄せられているような――不思議な気持ちだった。


 少女は走る。手繰り寄せられるがままに、吸い寄せられるがままに、村へと向かう。


 早く何が起こっているのかを確かめたかった。


自分の中で渦巻くこの気持ちが何なのか、何故自分は嫌な思い出しかもう残っていないあそこへと向かっているのか。


全てが分からなくて、故に全てを知りたかった。



「着いた……!」


 少女が村の入り口へと踏み入り、人だかりの中へと突っ込んで人込みをかき分けて前へと進む。


少女が現れたことに驚く者、押されることに怒る者……誰も全く気にならない。


ただ、この人だかりの中心にいる『何か』にだけ、少女は興味があった。


 人込みの中を一掻きする度に、嫌な記憶が蘇る。


 村を取り囲む機械達、辺り一面炎に包まれた視界、破壊される家や畑や水車――そして、目の前で蜂の巣へと変えられた両親。


 次々とフラッシュバックするトラウマに吐き気を覚えながらも少女は必至で進み、遂にその中心へと辿り着いた。



「どいてください!」


 最前列にいた女性を押しのけ、少女はそこにいる『何か』を目の当たりにした。



「――――――――」


 その中心にいた『何か』に、少女は言葉を失う。


 少女の一メートル先にいたのは、一組の男女だった。真黒いコートとジャケット。間違いなく軍の人形兵器だ。


 そしてその男女に、少女は確かに見覚えがあった。忘れる筈がなかった。



「あなた、達は……」


 この二人は、少女にとってはその全てを変えるきっかけを作った人形達だった。


この人形達に会って、少女の人生は全て変わってしまった。


 ここへ来なければ、それを知ることはなかった。ここへ来たいと思わなければ、二人に出会うこともなかった。だが現に少女は会いたいと思い、会ってしまった。


 思えばその行為もその気持ちも、運命というシナリオの中に記されたものだったのかもしれない。


少女の気持ちはそれほどに突発的で、とてもではないがそれ以外に説明がつかなかったのだから。そして少女と彼らが出会うのもまた、半ば必然の様なものだった。


 少女の名は、エリーゼ・ソレイユ。


 齢十五にして、たった一度の軽率な行動から自分の村を破滅へと導いた大罪人だ。


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