#09 -あの日の村 それからの少女②-



【報告:内部メンテナンス100%完了。内部機関及びソフトウェアの修復と自己診断アップデートの全行程の終了を確認。自閉モードを終了し、再起動する】


 無機質な内部音声と共にロベルタの意識が覚醒し、起動した視覚処理システムと聴覚処理システムが辺りの情報を収集し、電脳で解析する。


聞き取れたのは、喧騒。


映し出された景色は見渡す限りに人ばかりだった。


拡張現実に映し出された情報によると、村人数十人あまりがロベルタ達をぐるりと包囲しているようだった。


 昨晩ロベルタ達はケルヴィムから逃れてこの村に寄り付き、人間の生体反応が無い倉庫で一晩内部メンテナンスを行っていたのだ。


自閉モードとなっていたのでそれまでの記憶はない。


 しかしどうやらケルヴィムに負わされた傷の所為でメンテナンスは当初予定していたよりもずっと長引いていたらしかった。


 それが原因で出遅れた為に今こうして村人達に気付かれているようにロベルタには思えた。面倒だなとロベルタが苦い顔をする。


 クラリスは既に自閉モードからの再起動を完了しており、ロベルタの傍で拳銃を抜いて身構えている。


 人々はみな敵意に満ちた目で二人を見ており、今にもかみつきそうな勢いだ。


帝国民が人形に対してあまり良い顔をしないのはいつものことだが、ここまで積極的に敵意を向けてくる連中というものは中々珍しい。


仮にも彼ら人形兵器は、身体を張ってこの帝国を守っているのだから。



「ロベルタの起動を確認、状況報告を開始:当機クラリスは現在より二十三分五十二秒前にメンテナンス及び自己診断アップデートを完了し、起動。


 起動直後、当該地域の住民の姿を当機周辺でで多数確認、敵性のものである言動が多数確認されている。


 推奨:対象の説得又は無力化」


「……無力化、は流石にマズいな。


 すまない、すぐに出ていくから道を開けてくれないか?」


 ロベルタができるだけにこやかに見える作り笑顔を作って、村人に微笑みかける。


 直後、ロベルタの頭めがけて握り拳大の石が飛んできた。


 石の飛来を確認するとほぼ同時に緊急回避EAシステムが作動。完璧なタイミングでロベルタが石へと手を伸ばし、掴み取る。



「…………どういうことだ?」ロベルタのこめかみがひくひくと動く。


「お前達みたいな薄汚い殺人機械キリングマシンを外に出すわけにはいかない」


 ロベルタの一番近くにいた男性が、冷ややかな眼差しをロベルタに向けながら答える。


「お前たちは俺たちの全てを奪った。俺たちが築いてきたものを全て壊した!」


 そうだ、そうだ、と怒号の様な大声が人の輪のあちこちから湧き上がる。


「俺はお前たちに妻と息子を殺されたぞ! 祖父も弟もだ!」


「僕は昔なじみの友達をみなごろしにされた!」


「私の夫と家を返してよ!」


「妹を目の前で挽肉に変えやがって! 今すぐにぶっ壊してやる!」


 悲痛な叫びが、あちこちで上がる。


訴えは次第に乱暴さを孕んでいき、やがて「壊す」「殺す」と言った言葉が大半を占めるようになった。


 あまりにも理不尽でいわれのない、罵詈雑言の数々。


 しかしそんな言葉の全てが、ロベルタには分からない。何故そんなことを言われるのか、全くといっていいほど心当たりが存在しない。


自分はこれまで帝国の為に戦ってきたのだから、感謝こそされても何故自分がその帝国民から拒絶されるのかが全くと言っていい程理解できなかった。


 それに何より、そもそもの話この村を帝国が攻撃したという事実が存在しない。


 村人の言っていることもやっていることも、全て辻褄が合わないのだ。


「……何を言っているんだ?」上ずった声でロベルタが問う。


「回答:開戦時から現在までの過去二十五年以内のデータで帝国軍による自国領の集落地域への武力行使が行われていた形跡は確認されていない。


 人形兵器は当機と天使型モデル以外はネットワークによる情報共有を常に行っている為、帝国が武力行使を行ったものではないと判断。


 共和国軍の攻撃をこちらのものであると誤解している可能性、情報を捏造している可能性を示唆」


「なら仕方がないな。誤解が解けそうな気はしないし、多少手荒な真似をしてでも今はこの場を切り抜けないと――」


「何もかもめちゃくちゃにした上に嘘まで吐くのかよお前たちは!」


 人込みから一人の男が飛び出して、ロベルタに殴り掛かる。


しかしロベルタはその拳を事もなげにいなして、体勢を崩した男の背を蹴って反対側の人込みの中へと蹴り込んだ。


男は勢い余って人込みの中へと突っ込み、何人もの村人にぶつかりながら人の輪の中へと消えて行った。


 そしてこれを切っ掛けに、村人たちの中で何かが音を立てて切れた。


 殺意が静かに伝播し、鍬や鋤、鎌や鉄槌を持った村人達がロベルタ達の前にぞろぞろと現れる。


「人間に暴力を振るった……俺たちの仲間を傷つけた」


「やっぱりこいつら、また私達を殺しに来たに違いない……」


「殺される前に、壊してしまわないと」


「ああ、殺してしまおう」


 村人たちの目には異常な程に殺意と怒りが満たされており、会話の余地はない。



 ――何人か殺せば大人しくなるか……?



 しかしその考えは当然ながら通用しない。


もしもロベルタがこの場で誰か一人でも殺してしまえば、今度こそ村人はロベルタ達を許さないだろう。元々許されてはいないが。


「敵性勢力の武装を確認。所持しているのは農耕具や鍛冶道具であると判断。


 危険度は低いが多人数からの攻撃により以後の行動に一部支障が出る可能性を提示。推奨:敵武装の無力化」



 クラリスが拳銃を構え、電脳が微かに駆動音を立てる。


遠距離戦闘モードが起動し、照準を村人ではなく彼らが持っている道具に合わせたのだろうと、ロベルタは判断した。


 これでいつでも、武器を破壊して彼らを無力化する段階へと移れる。


 だがそれによってどのような影響が出るのかは――まだ未知数だ。


 何しろこういったケースに関しては驚く程データが少ない。サンプルが無いので当然、シミュレートも上手くいかなかった。


 帝国民は皆、この国の兵器にはある程度の敬意を払っているというのがそれまでのロベルタの見解だった。


 自分の電脳にもそういったデータがあり、この一年間で訪れた町や村の人々も気味悪いと思う思わないは別として軍の兵器である自分達にある程度の敬意は示して接してくれていたのだから。


 だからロベルタはこの状況をどう打破するかを瞬時に判断することができなかった。


 しかし、クラリスは違った。


「提案:Bクラス以上の命令の発動による適正勢力の無力化。


現在一時的に代理マスター権限は当機クラリスが保有しているが、上官権限はまだロベルタにある。故に命令を下すことは可能であると判断」


「………………」



 殺すか、殺されるか。


 今のロベルタ達に提示されている選択肢は、ただそれしかない。


 この場の村人全てを殺してこの場から離脱するか、殺意を受け止めて村人たちによって完膚無きまでに破壊されるかしかもう道は残っていないのだ。


どちらにしても、平和的解決を望むことはできない。


 その本質とも呼べる場所を、クラリスは合理的に見抜いていた。


 確かに壊してしまえば村人たちは自分を攻撃することができない。そして自分達は『計画』を遂行する為に――まだ死ぬわけにはいかない。


 だから、クラリスの言う通りに全てを片づけてしまうのが一番手っ取り早く、なおかつ合理的なのだ。


 ここで例え村人を皆殺しにしても、『計画』によって生まれる未来における幸福の総和を考えれば幾らでもお釣りが来る。


 感情論に流されない機械的で功利主義的な判断をすれば、それが最適解だ。



(でも、本当にそれでいいのか……?)


 迷いながらロベルタがコートから白い柄を取り出し、剣へと変える。


冷え冷えと冴え渡る輝きを放つ刀身が村人達を一人一人冷たく映し出し、辺りに緊張が走る。


「……クラリス、Bクラス命令だ。敵性勢力を無力化し――」


 しかしロベルタの言葉は、そこで途切れる。


 誰かが走ってこの村に入り込み、人込みを押し分けてこちらに向かってきているのが分かったからだ。


 敵であるようには、感じられない。


ロボットや人形であれぱとっくに自分やクラリスが検知し、警戒するように促している筈だ。


電子戦に秀でた電脳ユニットを持つクラリスや、全点特化主義の天使型モデルである自分が何も警告していないということは、『それ』は何も武装していない、平たく言えば何も警戒する必要のない丸腰の人間だと言うことになる。


だが何のことは無い、きっと他と同じ自分に敵意を持つ人間だろう。


 そう、ロベルタは考えようとした。


だがどうしても、ロベルタには『それ』が他の者と同じであるようには思えなかった。


何か、取り返しのつかない何かが起こる様な『予感』とも呼べるものが――その時ロベルタの電脳内では確かに生じていた。


 だからロベルタは、今一度だけその直感を信じる事にする。


「……クラリス、命令更新だ。接近してくる人間が目視で確認できるまで待機しろ。攻撃があった場合は待機を解いて回避行動、それから俺の合図で無力化だ」


「了解:更新された命令を基に行動を開始する」


 ロベルタとクラリスが互いに背を合わせて死角を潰し、すっと目を細める。


相手を殺すのではなく武器のみ破壊して戦えなくするというのは、機械であっても中々難しい。相手は動く上に、遠心力のかかった得物の動きは本体よりも迅い。


無力化による生け捕りを専門とする機体も少数存在してはいるが、生憎と戦闘用であるロベルタとクラリスにはそんな機能は備わっていなかった。


 じり、と村人達が摺り足で前に進み、今にも二人に飛びかかろうとした、その時。



「どいてください!」



 最前列でロベルタ達を睨んでいた女性をおしのけて、一人の少女が姿を現した。


 その少女の姿を確認して、ロベルタが細められていた目を大きく見開く。


 輝くような金髪に、くりくりとした大きな目。薄い眉に華奢な身体。そして、白いワンピース。


 忘れる筈もない。一年前、確かにこの村の近くで出会ったあの少女――エリーゼだった。


「あなた、達は……」エリーゼが一歩後ずさる。


「君は……」


 エリーゼを映すロベルタの瞳は動揺に揺れ、ふらふらとしていて一点に定まらない。


「回答:我々は元帝国軍の人形兵器。現在我々に武力行使を行う予定はない。要請:住民の説得による武装解除」



 クラリスの提案に、エリーゼは気まずそうに俯く。


 誰かがエリーゼの背を強く突き飛ばし、エリーゼはよろけて数歩進んだ後転び、ロベルタに受け止められた。


エリーゼを起こして、ロベルタが「大丈夫か?」と問う。


「……ええ。


 ですが……説得は、できません。私は……


「村の人間ではない?」ロベルタが眉をひそめて、エリーゼに尋ねる。


「私は……一年、前……」


「『一年前ここに機械の兵隊を呼んで、村の人間を大勢殺させました』……だよなぁ?

 お前は所詮、あの機械共に与する裏切り者だ。今回だってお前が呼んだんだろ! 昨日の林の火事だってそうだ!」



 どこからともなく罵声が飛び、夥しい数の石が投げ込まれる。


 それは村人たちからのエリーゼに対する、揺るぎない憎悪と拒絶の表れだった。


 ある程度の迫害はエリーゼも覚悟していたが、彼らの差別意識はエリーゼの予想を遥かに超えるほどに大きく、そして醜く成長していた。


村全体がエリーゼを憎み、蔑み、排除しようとしている。


 石の一つがエリーゼの頭に当たり、皮膚が切れてどろりと血が垂れる。輪のあちこちからげらげらと嘲笑する声が聞こえ、俯いて震えるエリーゼの目尻に涙が浮かんだ。


 ロベルタがエリーゼに近付き、そっと指で涙をぬぐう。


「……ありがとうございます」


「一つだけ君に問いたい。――君は、どうしたい?」


「え?」


 ぽかんとした表情で、エリーゼがロベルタの方を見る。


 ロベルタの言葉は止まらない。まるでそうなる事が最初から決まっていたかの様に。


「ここから抜け出したいか、それともここでずっと拒絶されて生きていくか、どちらを選ぶのかと聞いている。俺達には君を変えられるだけの力がある」


「非推奨:民間人との過度な接触は計画の進行に大きな負担となることが予想される」


「……構わないよ。恐らく元は俺たちが蒔いた種だ。責任を取る必要がある」


 ロベルタの顔は至って大真面目で、冗談を言っている様には見えない。


 エリーゼは再び俯いて、これからの自分がどうしたいのかを真剣に考えた。


昨日までの生活の全てがエリーゼの脳裏をよぎる。


 一年前の襲撃で持ち主がいなくなった、かつては納屋として使われていた小屋を借りての貧しい生活。


来る日も来る日も向けられる侮蔑と憐憫の言葉。同情の視線と拒絶の態度。


 もう全部、たくさんだ。


 目を擦って顔を上げ、エリーゼが胸を張ってロベルタを見る。返答はとっくに決まっていた。



「……貴方達に、着いて行きます。あなたが私を、変えてくれるなら」


 ロベルタが微笑み、力強く頷く。それだけで、エリーゼは全てが変わったように感じた。


 ――嗚呼。やはり、運命だったのかもしれない。


 その時エリーゼは確かにそう思った。間違いなくそう感じた。


 ロベルタが何も言わずにエリーゼの肩をぽんと叩き、今の今まで呆気にとられていた村人達を睨んだ。


 剣の切っ先がロベルタの殺意を読み取ったかのように、怪しく輝く。


「クラリス、奴らを無力化しろ。脱出するための道を開く」


「了解:これより当エリアの制圧に入る」


 そして、二人が動き出す。




 その一部始終を、ケルヴィムは上空から全て見届けていた。


 ケルヴィムの目は電子ズームを行うことで最大で十キロメートル先のものまでを拡大して視ることができる。


今こうしている間にも、ロベルタ達の姿がまるで目の前にいるようにケルヴィムには見えていた。


 他にも暗視機能や赤外線スキャンを行うことができる為、一度捕捉されてしまえばケルヴィムから逃れることは殆ど不可能に近い。


どこにいてもロベルタを見つけられるという絶対的な自身が、ケルヴィムにはあった。


「……へえ、まさか人間……それもと手を組むなんてね。これは計算外だな……次の手を打たないと」


 がり、とケルヴィムが爪を噛み、耳に取り付けられた通信機を指で押して通信を送る。


 十数秒のコールの後に、落ち着いた印象の女性が通信に応答した。


《どうしましたか、ケルヴィム。あなたから私に連絡だなんて珍しいですね。普段はあんなに私を毛嫌いしているというのに》


「やだなぁイジワル言わないで下さいよ司令官。


 ……ロベルタを発見しました」


 何ですって、と通信機の向こうの女性が取り乱す。その声を聞いてケルヴィムはにんまりとほくそ笑んだ。やはり人間など、人形に比べれば遥かに扱いやすいものだ。


 何故ロベルタが人間などという、主人を気取られなければ自分の地位一つ護れない存在を知りたがるのか、ケルヴィムには皆目見当がつかない。


 だから任下のことを知りたがるロベルタのことを知ることがケルヴィムの望みだった。


 ましてや司令官はケルヴィムが見てきた人間の中でもとりわけ御しやすい人間だ。ロベルタをエサにすればいくらでも利用することができる。



「たまにはお互い、ロベルタのことを好きなモノ同士で協力しましょうよ。競うよりも協力する方が効率良いのはゲーム理論の基本ですよ?」


《……なるほど。それで、ロベルタが手に入った後はどうするのですか?》


「そこから先は別の話ですよ。ウサギを狩る前にウサギをどう料理するかを考えても何も生まれませんしね。非生産的な話題です」


 けたけたと、通信機の向こうで女性が嗤う。狂ったように、心底おかしいように、女性は嗤っていた。


 御しやすいがなにを考えているかまでは分からないな、とケルヴィムが思考する。


《あはははははははははははははっ! いいでしょう。ふふ。ケルヴィム、あなたにひひっ協力してあげます。……何が望みですか?》


「具体的にはあなたが制限している僕の機能――Pandoraの解放です。何しろロベルタは強いですからね。僕の今の機能とイシュヴァルだけでは百年かけても彼を殺せないでしょう」


《それでロベルタが戻って来るのならいくらでも解除してあげましょう。ははは。


 十秒後に機能解除が完了します……あとはお好きにしなさいな》


「了解、感謝しますよ司令官。


 ……いえ――ヴェロニカ・イリーニチナ・ルヴァンド大佐」


 ケルヴィムの顔が、いつになく禍々しいものになる。


 彼の視界は、村から出て森の方へと向かうロベルタ達の姿が映し出されていた。


 勿論見晴らしの悪い森の中に入ったところで、ケルヴィムからは丸見えだ。そしてロベルタからは――ケルヴィムの姿は見えなくなる。仕掛けるなら絶好のチャンスだ。


「……さあ、今度こそ始めようかロベルタ。僕らの生死を懸けた、一世一代の交合アイシアイを」


 ケルヴィムが歪んだ表情のまま両の腕を広げて《Pandora》を発動する。


 その日その瞬間、帝国にいたロベルタ以外の全ての人形とロボットがその活動を一瞬だけ停止した。


 そしてケルヴィムは――その時、この帝国における機械の王となった。


 誰もが傅き従う、機械の絶対的支配者に。

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