#18 -レジスタンスの村③-
「回答要請:次の目的地」
「またころころと口調を変えるなぁ……頼むから統一してくれ」
「電脳のバグである為言語パターンの完全変更は現状不可能なものであると推測」
「ああそうかい……。次は機械工のヒルカとクシナダのところだ。店長の次に世話になった人達だしな」
「…………」
表情こそはっきりと分からないものの、クラリスが嫌そうな態度を取る。
カリンカに発見され店長の下へと運び込まれた後、二人が人形であると気付いた店長が二人をヒルカとクシナダの工房へと連れて行き、そこで修復させたのだ。
二人の腕は確かで、ロベルタとクラリスが追っていた外的負傷の殆どは彼らによって修復されていた。
そしてクラリスは、どういう訳かヒルカのことがあまり好きではなかった。
「そう嫌そうな顔をするなよ。挨拶するだけだから」
「……了解:ロベルタに随伴し目的地への移動を開始する」
不承不承と言った感じでクラリスがロベルタの後に着き、ロベルタが視線をクラリスから前へと戻す。
目的地――ヒルカとアレクサンドリアの工房は街の外れにある為、ここからもう少しだけ歩かないといけない。ロベルタは歩きながら、暇つぶしに少しだけクラリスと話をすることにした。
「なあ、クラリス」
「コミュニケーションの要請を受諾:内容の開示を要請」
「お前、ヒルカのどこがそんなに嫌いなんだ? 特にお前は人工臓器の損傷が酷くて修復アンプルでは直り切らなかったからヒルカがいなかったら直らなかったぞ。プログラム的にはこちらに益のある人物には好意を抱く様になると思うんだが」
「……目つきが嫌らしいから、です。彼女の私を見る目はとても人形に向ける目だとは思えませんので」
「また口調が変わったな……。まあヒルカの目が他の技師達とは異なるというのは概ね同意だよ。彼女の人間に対する視線はヴェロニカの目に少しだけ似ている」
――そう、ヴェロニカとよく似た……狂気じみて黒々しいほどに澄んだ目だ。
彼女もまた、ヴェロニカと同様に何かしらの過去を抱えているのだろう。
そう考えるとロベルタは少しだけ悲しくて、しかしそれ以上にはこれと言って感想はなかった。
――過去のない人間などいない。過去のない人形が存在しないように。
だからこそロベルタは、誰かの
過去を知らなければ関係が深まることは無い。
関係が深まらなければ傷つくこともない。
つまり……過去を知らなけばこれ以上傷つかなくてもいいというのがロベルタの経験則だった。
ロベルタの脳裏に、靄のかかった彼女の笑顔が浮かぶ。
――きっと彼女の過去を知らなければ、彼女の素性を知らなければ、俺はただの兵器でいられたのだろう。
「もう考えるだけ無駄なこと……か」
「回答要請:先の発言の意図」
「……いや、何でもないよ。昔を思い出した時の、ただの独り言だ」
「昔を思い出すほどロベルタは歳を取っていないと推測。もう少し若々しく振舞うことを提案」
「いやそういう意味じゃないからな? 別に老けたということを伝えたかった訳じゃないからな? そして分かっているとは思うが、人形に老いも若きもないからな?」
「それは大前提でありわざわざ議論すべき話題ではないと諫言。言語パターンに対する指摘であり年齢を指すものではない」
「……それもそうだな。さあ、そろそろ着くぜ」
通常時の視力三・〇のロベルタの視界に、小さくレンガ造りの建物が映る。そこがヒルカとクシナダの工房だ。
クラリスの足が明らかに遅くなる。先程まで吐いていた言葉の矢もすっかり鳴りを潜めてしまっていた。ずるずると引きずる様に、まさしくいやいやと言った様子でクラリスが歩く。
「……確認:工房の来訪」
「何度嫌がっても行くさ。ここまでしてもらったのに何も言わないまま去るのは流石に礼儀知らずだ」
「ロベルタは性格に異常があると推測。嗜虐性の増大を指摘」
「はいはい、さっさと行くぞ」
完全に足を止めたクラリスをずるずると引っ張りながら、ロベルタが歩く。もはやクラリスは人形というよりも人の形を模した置物のようにさえ見えた。
クラリスは途中で「今だけ真剣に部下を辞めたい」「離さないとヴェロニカにここの場所を教える」と機械的に駄々をこねていたが、ロベルタはその一切を完全に無視して早足で工房へと向かった。
「……あら、ロベルタさん。
工房へと向かう道中で、一人の女性がロベルタに声を掛けてきた。
女性は長くのばした黒髪をぱっつりと切り揃えた独特な髪型をしており、後ろで一本に縛ってあった。
着ている作業着と思しき厚手で無骨な服は女性の雰囲気にあまり似合っていない。こんな村ではなくどこかの高貴な家にいそうな、そんな雰囲気の女性だった。
女性の名はクシナダ。ロベルタの修復を担当した機械工技師だ。
「ああ、クシナダさん。元気にしていましたか?」
「ええ、私もヒルカも元気ですよ。クラリスさんもお元気そうで何よりです」
「……否定:これよりロベルタがヒルカのもとへ私を連れて行こうとしている為バイタルサインの状態が著しく低下している」
「クシナダさんの前でも言うのかお前は……」ロベルタがあきれ顔になり、クシナダが苦笑いする。
「あはは……。まあ、ヒルカははっきり言っちゃうと変人なので人によって好き嫌いは結構分かれますから。私はヒルカのこと大好きですけど」
「疑問:クシナダがヒルカを評価している箇所」
「ええっと、そうですね――」
クシナダが唇に手を当てて上を見る。何かを思い出したり考え事をしたりしている時、クシナダはこういった行動を取る。
「仕事に一生懸命なところ、『離島』の出身である私に優しくしてくれるところ、美味しいご飯を作ってくれるところ、人形を作ったり直したりする技術が凄いこと……でしょうか。
付き合いが短いとわからないかも知れませんけど、ヒルカは良い人なんですよ。少なくとも私は……ヒルカがいないと生きていけないです。
ヒルカみたいに優しい人がいないと、私はこの世界から弾き出されてしまう存在ですから」
「……何というか、想像以上に――」
「愛が重いですね」
「……そこは伏せておいた方が良かったんじゃないか、クラリス」
しかしクシナダは特に嫌がった様子もなく、にこにこと笑っている。その顔は少しだけ紅潮して、寧ろ喜んでいるようにも見えた。
「愛が重い……ふふ、確かにそうかもしれませんね。
私は愛しか知りませんし、私が愛しているのはヒルカだけなんですから。きっとその分気持ちは大きくなるでしょう。何も不思議なことではありませんよ」
「……なるほど、愛しか知らない……か」
「どうかしましたか?」
「いえ、何でもありませんよ。ただちょっと知っている人に似ている様に感じただけです」
「クシナダに似ているだなんて珍しい人もいるものだな」
ふいにロベルタの隣で声がした。ロベルタが隣を見ると、クシナダと同じ作業着を着た女性が立っていた。
クシナダとは全く違う痩せた身体に伸ばしっぱなしにしたぼさぼさの髪、明らかに外出していないことが見て取れる生白い肌に、くっきりと浮いた隈がとても不健康的な女性。
そしてその女性のことを、二人――特にクラリスは良く知っていた。
彼女の名はヒルカ。クラリスの修復を担当した機械工技術者だ。
「やあ、クラリス。あれから調子はどうだい? どこか悪いところは?」
「……っ」
にやにやと笑うヒルカに、クラリスが一歩後ずさる。
「ある筈が無いよな。だって私が隅々までチェックして、君はそれをちゃんと見ていたのだから。不具合なんて起こる訳がないだろう」
「……特定の人間に対してこれだけ嫌悪感を抱いたのは初めてです」
「へえ、そりゃ興味深い。どういう変化が起きたのかもう一度くまなく――」
びし、とヒルカの頭にクシナダの手刀が振り下ろされる。
「お客様の嫌がる事はしないの」
「それが仕事だろうに……」
ぶつぶつと文句を言いながら、ヒルカが今度はロベルタの方を見た。
「それで、工房に何か用かい?」
「用と言っていいほどのものなのかは分かりませんが、明日には
「へえ、人形にしては律儀な奴だね。創造主である人間でもできない奴がいるというのに……流石は『天使』と言ったところかな?」
「……やはり、気づいていましたか」ロベルタの目がすっと細められる。
不敵に笑うヒルカの前にクシナダが立って、ヒルカに代わって話し始めた。
「ある程度熟練した機械工であれば気づいて当然ですよ。身体を構成しているナノマシン、そして人工血液内に流れるフェムトマシンの数が桁違いですもの。
あれでは外部装甲なしでも対人形用拳銃弾程度なら通さないでしょう。再生能力も今まで私が見てきた中では段違いでした。
修復はしましたが私が行ったのは人工臓器や一部の人工筋肉、骨の修復で、後は殆ど自己再生によるものなんですよ」
お恥ずかしい話ですが、とクシナダが笑う。
「いえいえとんでもありません、修復用アンプルだけでは直り切らない負傷でした。
クシナダさんがいなければそのままダメージと出血で機能が低下して最悪の場合電脳がクラッシュしていたかもしれませんし。
……そうしたら後はコアが機能不全を起こして完全に死んでいます」
「へえ、意外と詳しいじゃないか。その死に方をする機体は意外と少ない筈なんだが」
「……昔、それが原因で死んだ仲間がいたので」
ロベルタの答えにヒルカが「なるほど」と頷き、クシナダがロベルタから目を逸らす。どうやら二人とも人形の技術に詳しいだけではなく、何か別の過去も背負っている様だった。
「さて……クシナダが絶賛しているロベルタ君はいいとして、私が今興味があるのは担当したクラリス君だ」
ヒルカがロべルタの隣を通り過ぎ、クラリスの前へと立つ。
「君の身体は至って普通のエースモデル機体だ、それは間違いない。
だが……その電脳は何だ? 使用可能な
「……返答:これは当機の基本仕様であり、上官であるロベルタからも修正を強要されたことはない。修正の命令を確認した時、あるいはその必要が生じた場合にのみ自己診断アップデートにて修正する」
「……そうか。君達が納得しているのならそれで一向に構わないのだが……。だが、しかし――」
そこでヒルカははっとなり、反射的にロベルタの方を見た。
「…………なるほど、差し詰めこれはあの事件の
「――本当に、何でも気付いてしまうんですね。あなたが敵じゃなくて本当に良かったです。敵ならば真っ先に斬らなくてはならなかった」
「ヒルカが何か失礼なことを言いましたか?」不安そうな顔でクシナダが尋ねる。ロベルタはその問いに小さく首を横に振った。
「いいえ、ヒルカさんに非はありませんよ。……それでは、我々はこの辺りで失礼させて頂きます。本当にお世話になりました」
「どこか壊れたらまた来てくださいね。いつでも待っていますので」
小さく手を振るクシナダに手を振りかえしながら、ロベルタとクラリスが工房から遠ざかっていく。
やがて二人の姿が人込みに消えて見えなくなったところで、ヒルカはクシナダに聞こえないように小さく呟いた。
「もう来ることは殆ど無いかもしれないな。私の見立てでは、彼の命と帝国の運命は――」
半月もの間黙っていて終ぞ言えなかったその言葉を、ヒルカは悔しそうに噛み殺した。
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