#05 -前哨戦③-


「よう、クラリス。助けに来たぜ」


 ヴェスパの頭部を両断しながら、ロベルタが笑う。


 しかしクラリスの顔に安堵が宿ることは無い。


「……非推奨:モード【Angel】の起動は司令官から然るべき指示を仰いでから適切な装備を装着して使用すべき。情報漏洩の可能性が極めて高いため、また――」


 クラリスの反論を、ロベルタは涼しい顔で聞き流している。


 モード【Angel】は天使と呼ばれる人形に課せられたリミッターを解除することで、そのスペックを限界まで解放する機能だ。


 現在帝国でのみ開発されている機能であり、共和国との戦争において帝国を有利としている抑止力の一つでもある。


「お喋りは後だ。俺が敵を片づけるから、お前はハッキングに集中しろ。上官命令だ」


「了解:戦闘モードを終了し、自己ハッキングを最優先事項とする」


 よし、とロベルタが満足そうに頷き、姿を消す。


 次の瞬間、ロベルタは遥か前方にいたカバリエーロの頭を正確に切り飛ばしていた。



 再びロベルタが姿を消し、今度は後方にいたアラクラウン二体を両断し爆発させる。


本来であれば専用の空間転移設備がなければできない空間転移を、ロベルタは単身で成し遂げていた。


 あらゆる距離をショートカットし、一瞬で相手を破壊する。それはもはや機械と呼んで良いものかどうかも怪しく、まさしく天使そのものであった。


 殺戮の天使が座標が完全に無意味と化した戦場で死をばらまく。サイズも完全に問題とならない。大型機も小型機も、等しく切り裂かれるばかりだ。


 天使の前にロボットなど、がらくたも同然である。


 しかし、どれだけ速く敵機を撃破しても敵機は増え続ける。そしてロベルタの今の状態には限界があった。


 ――あと二百秒……。


 ロベルタの空間転移から攻撃へと移る速度が上がり、殆ど視認できなくなる。


 撃破する速度も比例して上がるが、増える数の方が圧倒的に多い。クラリスを守りながら戦っているが、どこまで戦えるかロベルタには分からない。


 クラリスのハッキングが間に合うかどうかだけが、勝敗を握る全ての要素だ。


 ――あと150秒……!


「クラリス、まだか!」


『現在自己ハッキング進行率八九パーセント。推定:終了時間残り百秒』


 ちっ、とロベルタが舌打ちする。思っていたよりもぎりぎりの時間になりそうだ。


 ロベルタがコートから青い端末を取り出し、スイッチを押して白く塗られた巨大な銃器を出現させる。


 ロベルタの顔をヘルメットのような端末が覆い、発射シークエンスが自動的に整っていく。そして全ての準備が整ったのを確認したロベルタが空間転移し、上空から発射する。


 荷電された粒子の束が発射され、一定距離で無数の光の矢へと分裂。ロベルタの半径二キロ以内にいた全てのロボットは悉く穿たれ、融解し、爆発した。


 打ち切ると同時に銃器は青い光の粒子となって、青い端末へとその姿を変えた。


(あと八十秒!)


 出現する位置を確認すると同時に空間転移で移動し、切り裂く。ロベルタの身体が次第に熱を持ち始め、処理速度がほんの少しだけ低下する。


 空間転移は電脳に大きな負荷をかける為、多用すれば処理能力の低下を招く。


 だが今は、そんなことを気にしていられる状況ではない。


 普通の機械であれば無理のある行動は避けるものだが、ロベルタなら自分の意志で無理をすることができる。その有機的な判断がスペックの差だ。


 そんな感情をロベルタは勇気であると確信していたし、何より創造主である人類のようで誇らしかった。


 ――あと……五十秒……!


 六十秒を切った辺りから電脳が警告音をやかましく鳴らし続けている。


 身体は燃えるように熱く、頭は鉛の様に重い。戦闘行為の継続に大きく支障が出始めていた。


 ロベルタが空間転移でクラリスの隣まで移動し、クラリスに近付くロボットを狩ることだけに専念する。


 処理が追い付かずに、一発被弾。止まることによってもう三発被弾。横から切りかかられ負傷。弱ってきたロベルタに、容赦なくロボット達が襲い掛かる。


 ぼんやりとする頭を振って、自分の至近距離で止めを刺さんと大剣を構えていたカバリエーロを切り裂き、走って距離を詰めてアサルトライフルを撃ち続けるロボットを突き、破壊した。


「……っ、畜生……っ!」


 ロベルタが左手でコートからアンプルを取り出して、太ももに注射する。


 傷は修復されたが、頭は依然としてぼんやりとしたままだ。


 ロベルタがふらふらと歩きながら、こちらに駆け寄ってくるクラリスの隣に戻り、クラリスの肩に手を置く。


「クラ……リス……」


 ロベルタの弱々しい言葉に、クラリスが力強く頷く。


「自己ハッキング進行率100パーセント。ナノマシン掌握率100パーセント。最終認証:【灰色の大地】の発動」


「……イエスだ。右上腕部にナノマシンを集約、切断し、10秒後に120秒間起動しろ……!」


「承認確認:最終フェイズ・実行に以降……ナノマシン集約完了。切断開始」


 クラリスがジャケットから白い柄を取り出し、ナイフを出す。


ナイフはクラリスの腕の肘から先を易々と切り裂き、クラリスは無表情でそれを自分の足元に放った。


「十秒後に入力済みコード起動、増殖開始。推奨:ロベルタの速やかな退避」


「…………ああ」


 ロベルタが最後の力を振り絞ってクラリスごと転移。荒野を脱出する。



 二人が脱出した十秒後、クラリスの手から発生した灰色の液体が爆発的にその量を増やして辺りを呑みこみ、ロボット達を出現する端から食い尽くしていった。


 クラリスが自己ハッキングでナノマシンのコントロール権を得たのは、この為だった。


 与えた命令は至ってシンプル。『二分間増殖し続ける』ただそれだけだ。


 しかしその命令はとても強力で、命令を与えられたナノマシンは自身を構成できる素材がそこにある限り無限に食らい、増殖する。


 一歩間違えば世界を滅ぼしかねない、危険な戦術だ。


 機械の身体を餌として増殖する、一個の群れ。


 それらは荒野を覆い尽くすほどに広がり――丁度二分が経過した時に増殖を止めた。


 あとに残るのは、ただの灰色の湖だけだ。他には何も残らない。


 二人が必死に戦った形跡も、無数のロボット達の死に様も、何もそこには無く、ただ虚しさだけがそこに残り漂っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る