#04 -前哨戦②-
『報告:敵の増援と推測される新勢力の空間転移を確認。総数四十五機。うち大型機体十五機。今の私達では太刀打ちできません』
クラリスの無機質な声が、あまりにも絶望的な事実を伝える。
どうあがいても、物量の差は歴然としている。四十五対二では戦力差がありすぎる。
しかし、ロベルタ達が逃げようとする様子は……見られない。
「クラリス、念のため用意する様に指示していた『あれ』の準備は?」
岩陰から飛び出して銃撃を躱して駆けながら、ロベルタが問う。
『現在コード掌握進行率58パーセント。応戦中の為処理にメモリを割くことは困難』
「くそっ、やっぱりそう簡単にはいかないか」
ライフルで抵抗するカバリエーロ一体を組み伏せて剣を突き刺しながら、ロベルタが苦々しげに呟く。
「これからそちらの援護に向かう。今どこにいる?」
『回答非推奨:現在当該機の周辺には小型機体十七機と大型機体二機が確認されている。当該機への支援は極めて困難である為、引き続き任務を続行することを推奨』
「お前が遅れればこちらも全滅だ。いいから早く場所を教えろ」
『……了解。当該機の位置情報をそちらへ転送する』
ロベルタの視界に映る地図に、敵の位置を示す赤い点とは別に青い点が表示される。
その点が示しているのが現在のクラリスの位置だ。
現在クラリスがいるのはここから数キロ離れた地点にある座標K-20。普通に移動していたのでは……間に合わない。
クラリスが言った通り、クラリスをぐるりと取り囲む敵機に押し潰されてしまう。
ロベルタの走る速度は決して人間では為し得ないほどに早いものだったが、それでもこの状況では大して意味を持たない。
――出し惜しみをしている場合ではない……か。
ロベルタが剣を仕舞い、目を閉じて天を仰ぐ。辺りの砂埃が一瞬にして払われ、清澄な空気がロベルタの周囲を覆った。
「モード【Angel】起動シークエンス開始」
【警告:Angelの起動には専用の外部副脳ユニットが必要。外部副脳ユニット無しの発動は非常に危険なものであると判断】
ロベルタの頭の中で、無機質な自動音声が警告を告げる。
「構わないよ……。電脳波認証完了。各部リミッター解除開始……解除完了。本部からの使用許諾確認。反応炉稼働率上昇、エネルギー充填完了」
ロベルタの身体のあちこちに幾筋もの青い光が走り、閉じた瞼から青色の光が漏れ出る。
背中には光の翼が六枚出現し、神々しいまでの光を放っていた。
「出力67パーセント、活動時間300秒で固定。モード【Angel】――」
ロベルタの瞼が開かれ、青く澄んだ瞳がまっすぐに正面を見据える。
「起動」
刹那、ロベルタの身体は一瞬にしてその場から消えた。
夜の荒野で砂にまみれながら、一人の黒髪の少女――否、正確には一体の女性型人形が増え続ける他のロボット達を相手に戦っている。
その人形は人のものと区別がつかないほど精巧に、そして端麗に作られた顔立ちをしており、黒髪を肩で切りそろえていた。
白い肌はところどころ汚れ、ロベルタのコートと同じ色のジャケットはあちこち擦り切れたり破れたりしている。
人形の名はクラリス。ロベルタの部下だ。
クラリスの手には二挺の拳銃が構えられ、拳銃から放たれた弾丸は着弾と同時に炸裂してロボット達の身体をごっそりと削り取っていた。
『クラリス、準備は?』
耳に取り付けられた通信機から、ロベルタの声が届く。
「報告:現在コード掌握率五八パーセント。応戦中の為処理にメモリを割くのは困難」
カバリエーロの内の一体が振り下ろした大剣を跳んで躱しながら、クラリスが淡々と答える。
そしてロベルタからの質問に返答している間に、クラリスは自分の至近距離にいる敵機全てを破壊していた。
「残弾ゼロ。マガジンを交換」
クラリスがマガジンキャッチを押してマガジンを抜き、腰のホルスターに用意された弾倉に拳銃を押し込みスライドを後退させ、リロードを完了する。
クラリスの電脳が演算を開始。ある程度の敵機の動きのシミュレートとそれに対応したこちらの動きを計算し、最適化する。
かかる時間はざっと一秒弱。これでもロベルタに比べれば――ずっと遅い方だ。
「演算完了。射程距離内の適正勢力のロックオン完了。弾道補正完了――掃射」
素早く正確に狙いを定めて放たれた無数の弾丸が、ロカバリエーロの身体を食い千切っていく。
人間であれば、二挺拳銃を使ってもこけおどしにしかならない。しかし機械であれば話は別だ。二方向を同時に狙うことも、リロードを手早く終わらせることも、実に容易い。
誤差数ミリ単位で頭部やコアを正確に撃ち抜き、そして爆発が機体に致命傷を与える。機械でなければ為し得ない芸当だ。
「……撃破完了。ハッキングを継続しながら引き続き戦闘を続行する」
再度辺りを見渡しながら、クラリスがもう一度演算を開始する。
本来であればリアルタイムで演算を行いながら戦闘を行うことが可能だが、今のクラリスにそれはできない。
現在クラリスは、自分の身体に自己ハッキングしながら戦闘を行っている。それはこの状況を変えるために必要な、しかし同時に大きなリスクをも伴う諸刃の剣だ。
増援が多い場合実行するようにロベルタから指示を受けているもので、増援を確認した直後からクラリスは自己ハッキングを開始している。
『くそっ、やっぱりすぐにはダメか……』
通信機の向こうでロベルタの悔しげな声が聞こえる。恐らくロベルタはこの状況で焦っているのだろうとクラリスは合理的に判断した。
高性能な機体であればあるほど、できることは増える。
合理的な思考を持つこと、柔軟な姿勢を取ること、そして……ある程度の自我や感情を持つことでさえ、クラリス達人形にとっては可能だ。
そしてロベルタはその中でも最高グレードの機体【天使】に属する。自我も感情も、ある程度は持ち合わせている。
しかしクラリスにはまだ、感情らしきものは存在していなかった。
「担当地域における残存敵勢力、残り十六機」
クラリスが大地を蹴って急速に距離を詰め、前方のアンドロイド三体を射程内に入れる。
薙ぐ様に横に振るわれた拳銃から計六発の弾丸が放たれ、カバリエーロ三体を難なく撃破した。
クラリスの性能であれば、この程度はまるで相手にならない。少しだけ処理能力が低下した様な気がして、もしかするとこれが退屈というものなのではないかということをクラリスは微かに考えた。
『これからそちらの援護に向かう。今どこにいる?』
どこか焦ったようなロベルタの声が、クラリスの耳に届く。
「回答非推奨:当該機の周辺には小型機体十四機と大型機体二機が確認されている。当該機への支援は極めて困難である為、引き続き討伐任務を続行することを推奨』
演算と掃射を繰り返しながら、クラリスが返答する。
ここにロベルタが来るとロベルタの担当している地域の敵機が帝国へと流れ込む可能性があり、極めて危険であるとクラリスは合理的に判断していた。
だがロベルタの回答は、クラリスの判断の外をでるものだった。
『お前が遅れればこちらも全滅だ。いいから早く場所を教えろ』
「――――――っ」
少しだけ、クラリスの胸部が熱くなる。
クラリスにはどうしても解せなかった。
どう思考しても自分を助けに来ることは理にかなわないし、最悪ロベルタだけでも離脱すればこちらの増援を呼んで敵機を殲滅することだって可能である筈だ。
しかしロベルタはあまりにも非合理的な方法で、自分を手助けしようとしている。
それはまるで、自分の憧れている人間の様で。
かつてどこかのデータベースで閲覧した、誰かの物語の様で。
「……了解。当該機の位置情報をそちらへ転送する」
クラリスの電脳からロベルタの電脳へと、位置情報が転送される。
転送が終わった後、クラリスの処理能力は先程よりもかなり上昇していた。どういう理屈かまではクラリスにはよく分かっていなかったが、ロベルタのことを思考すると少しだけ処理能力が向上する。
捕捉していた近くのロボットを全て撃破するのと同時に、クラリスの拳銃が弾切れし、ホールドオープン状態となる。
「……残弾ゼロ。リロードを開始」
クラリスが先と同じ手順でマガジンを拳銃に叩き込み、スライドを後退させて薬室に弾丸を送る。
クラリスはロベルタ程ではないにせよ、それなりに高い性能を誇っている。カバリエーロ程度の小型ロボットが相手であれば例え何体相手でも問題なく破壊することが可能だ。
――そう、相手が小型ロボットであれば。
クラリスの右から大型の蜂の形を取ったロボット――ヴェスパが高速で接近し、クラリスが対処できずに吹き飛ばされる。
吹き飛ばされたクラリスに蜂が尾部の針を飛ばし、クラリスの白い太ももを微かに抉り取った。
「……損傷軽微、運動能力〇・五パーセント低下。修復の必要はないと判断――」
宙を舞いながらクラリスが拳銃を構え、ヴエスパへと狙いを定める。
幾つもの死が交錯する中、二体の機械が空中で対峙し、光の無い互いの瞳が見つめ合っていた。
そしてクラリスの細い指が、引き金を引く。
「戦闘を続行」
言うが早いがクラリスの二挺拳銃が軽快な銃声と共に無数の弾丸を吐き出し、ヴェスパの尾部や腹部に命中する。
暫くの間着弾音と爆発音が絶えず鳴り続け、拳銃が二挺ともホールドオープン状態になった時、その音楽は止まった。
前方は砂埃が舞っていて、何も見えない。
「………………」
クラリスが一歩、後ろに退く。
刹那、無数の巨大なニードル弾が亜音速で飛来し、その内の一本がクラリスの柔らかい腹に突き刺さった。
電脳内がエラーと警告音で埋め尽くされ、脊髄部分の破損による中枢機能の機能不全で立っていられなくなったクラリスが仰向けに倒れる。
クラリスの前にいるヴェスパは、少しの損傷もない無傷だった。小さな弾丸と小規模な爆発では、大型機の厚い装甲には通じなかったのだ。
蜂がゆっくりとクラリスに近づく。さながら蜘蛛の糸に絡め取られた蝶の様に、クラリスは為す術もなく死を受け入れるしかない。
クラリスの小さな喉にヴェスパの針が合わせられる。
あまりにも逃れようのない、死。
クラリスの口から、思考をショートカットして言葉が漏れる。
「ロベルタ……」
「よう、呼んだか?」
どす、と鈍い音がして、一本の剣が蜂の腹に突き刺さる。剣はそのまま横に振り払われ、バランスを失ったヴェスパが地面に堕ちる。
あまりにも、突然の出来事。
クラリスは暫くの間状況が把握できず呆然としていたが、やがて恐る恐る頭を上げて後方を見やった。
黒いコート。真白い肌。携えられた刃の薄い剣。どれをとってもクラリスのよく知るロベルタだ。
しかしその瞳は青く爛々と輝き、背には六枚の光の翼が生えている。
これもまた、クラリスのよく知るロベルタの一つ――ロベルタが最高性能である所以の一つだった。
「よう、クラリス。助けに来たぜ」
倒れたヴェスパにとどめを刺しながら、ロベルタが笑った。
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