言葉のイロハ 

雪宮智

第1話 作家の師匠

「いい?私たちは物語を作るのではなく、物語が私たちに文章を書かせるの。そして、文章を書くのでなく、私たちは言葉を紡ぐのよ、わかった?」


「いや、よくわからないです」


「だから、君はだめなんだよ」


彼女は大きなため息をつき、僕の頭に手をのせる。この眉間にしわを寄せる女性は斉藤夏希さいとう なつき。彼女は僕の上司であり、師匠でもある。まだ20台半ばの女性だが、仕事に関しては一流だ。業界では知らない人はいない有名な小説作家なのだ。作家の中では若手なのだが、落ち着いた面持ちや、雰囲気は文豪ならではのものを持っている。もしかしたら、作品を作る上で、一流の作家ならではのオーラを持っているのかもしれない。僕は彼女とは変な縁もあり、作家見習い兼お手伝いとして働いている。そう作家見習いなのだがほぼ雑用みたいなものだが…

朝の雑用が終わり、昼食終わりの休憩をとると、彼女は奥の部屋に戻る。

髪留めで前髪を留め、黙々と化粧直しを始める。彼女は執筆にあたる際は、決まったルールを決めている。化粧をして、身なりを整える。僕からみたら、誰にもあうわけでもないので、必要ない工程には見える。

だが、彼女はその無駄なことだからこそ、意味があるとのことだ。真剣に作品と向き合うには、正装でなくてはならないみたいだ。僕には、彼女の考えていることはわからない。なにか譲れない、小説へのポリシーがあるのだろう。たまに僕には理解できない、とんちなことを彼女は言う。


ふいに、他のことに意識をとられていると、「出かけるわよ」と彼女から声がかかる。これから、執筆作業にかかるかと思ったが、今日は違ったみたいだ。どうやら、作品を描くにあたって、アイデア巡りだろう。

彼女は野良猫のようにきまぐれで、気分屋だ。その日の予定は、その時にならないとわからない。さて、今日はどのような物語と巡り出会えるか、楽しみだ。

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言葉のイロハ  雪宮智 @yukimiya_tomo

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