空き地


あれから少したって、模試は最悪だった。何が最悪って、やるべきことをすべてやった結果だったからだ。

だけど僕は悩んでいる暇じゃないってことを知っていた。知っていたから辛い。

先に進まないといけない自分が辛い。


僕は気づいていた。両親の目が僕に向いてないこと。弟に関心を映したこと。

「わたしね、この世界を滅ぼそうと思っているの」



僕はまた保健室に行った。

今度は仮病。バレたらこっぴどく叱られる。

白くて、いつもの布団とは違う匂いのするベッドに横たわるとほどなくガラガラと戸が引かれた。保健の先生の話が聞こえる。あの女の子が来た。

先生は中々出ていかない。そりゃそうだ、保健の先生なんだから。

先生の話はぬるい麦茶のよう。ハッと目を覚めさせてくれるわけでも、身もだえさせるような物でもない。

僕はもうじっとしていられなくなってベッドから起きて、カーテンを開けた。

果たして女の子はそこにいた。先生の前で人形みたいに綺麗に座っている。

僕を見ると女の子は立ち上がって言った。

「いっしょに行こ」


僕らは空き地に来た。回りはビルだらけなのにここだけどうしてか、ぽっかりと空いていた。

あちこちにボロボロになった車が積まれていて、まるで迷路みたいだ。

やがてぼくらはその中心にたどり着いた。土管が三個、円の中心が正三角形をつくるように積まれている。女の子は「ここが家なの」と言った。

女の子は下の土管に入り、僕も後に続けて入る。

「家」という言葉は比喩なんだと思った。土管にはさっきまで女の子が背負っていたリュックしか置かれてなく、ざらついた砂が入り込んでいた。

僕らは身体を丸めてすっぽりと土管に入り込み、そして黙り込んだ。

心は僕をせかしてくるけど、僕は土管に刻まれた細い線をそっとなぞりながらじっとそれに耐えていた。

「ここは安全地帯なの」

女の子が話し始める。リュックを抱え込んでいる。

「わたしの」

指を突き立てたり曲げたりする。腕に刻まれた細い線がちらちらと見える。

「たった一つの」

言い終わるとリュックに顔を埋めた。



土管の上に座り、流れる雲を見ていた。雲の形を色々なものだと想像してみる。

蟹だとか、馬だとか。

「想像力は無限大」

僕は無限大なんてないことを知った。まだ小学生なのに。努力が報われるのにも、脳の記憶の容量も、みんな限度がある。

僕のちっぽけな想像も、広がりをみせることはない。


僕は車の迷路を歩く。何かないか探してみる。あったとしても、僕に扱えるものはないはずだけど。

「かっこいいな、これ」

古臭い車だが、いいものがあった。僕は車に詳しくはないが、お父さんが車好きだ。

「もっと教えてもらえば良かったな」

ふいに怖くなった。どうせばれて叱られるとは思っていたけど、心構えをまるでしていなかった。

ぶんぶんと頭を振って車の中を覗き見る。簡素なクリーム色だ。

椅子に小さな箱が置かれていた。木製の、綺麗なものだ。

「オルゴール?」

だとしたら生で見るのは初めてだ。壊れかけたドアをこじ開けて僕はそれを拾い上げる。

それはやはりオルゴールだった。ゼンマイを回すと音楽を奏でた。

僕が知らない音楽だ。もっとも僕は音楽なんてめったに聞かない。でも遠い昔に作られた、そんな気がした。


「こんなの見つけた」

そう言って土管の女の子にオルゴールを差し出す。ちょうど起きたところだ。

なぜか彼女は大きく目を見開いて後ずさった。

「やめて......」

「なんで、いい音だよ」

「だから嫌なの!」

女の子は頭を抱え込んだ。

僕は茫然として、どうしようもなくて、ただ立ち尽くした。







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