第13話 飛び込め、次元ダイビング~ミキ~
今日も、次元の歪みを埋めにゆく。
これで三日連続。
トラックのハンドルを握るハヤトは、随分と緊張気味。
おい
ロリコンよ
頼むから、事故だけは起こさないでくれ。
うがっ
ハンドル捌きが不安定だぞ。おまけにブレーキを踏むタイミングが遅いっ。
おいおい
車間が狭いよ。これでは、前の車にぶつかるじゃないか。
「ちょっと。しっかり運転してよ」
「はっ、はい」
何度も、何度も、大型自動車の試験に落ちたハヤト。先日ようやっと免許を取得したのだ。
まったくもって、マヌケなヤツだ。
あんなモノ、一発で受からないなんて信じられない。
「ひぃ。着きました」
ハヤトの情けない声と共に、トラックがゆさゆさと停止した。
うぅ…
気持ち悪い…
車酔いしたではないか。
帰りは、私が運転しよう。もう、コイツの運転は懲り懲りだ。
夕刻時。小さな神社。
いつ次元の歪みが発生しても、おかしくない時間だ。薄暗い境内。道路脇に立つ街灯の明かりを頼りに、発生予測地点の周辺を探る。
「あれっ」
不意に、ハヤトの声が、後ろから上がった。
振り返ると、半分欠けているハヤトの体。
まずい
あんなところに次元の歪みが発生していたなんて。
ハヤトの体を掴もうとするが、空を切る。
刹那、次元の歪みへと飲み込まれていったハヤト。
あの馬鹿が!
間抜けが!
こんなことにならないよう、細心の注意をしろと口酸っぱく言っていたのに。
あぁ、もう
どうしよう…
目の前には、一メートルほどの大きさの次元の歪み。
震えだす足。
恐い
凄く恐い
今すぐ、この場から逃げ出したい。
でも、ハヤトを見殺しにすることはできない。
一刻も早く飛び込まなければ、ハヤトを助けることはできないだろう。
だけど…
でも…
DSP もないのに無謀だ。
二年のあの時以降、次元の歪みに飛び込んだことがないのに。空間認識をできる自信がない。
とはいえ
そうこうしている内にも、時は刻々と経過していっているわけで。ハヤトを連れて戻ってこられる確率は下がる一方。
このままヤツを見殺しにするのか?
どうしようもなく使えないヤツだけど。空気のまったく読めないロリコンだけど。それでも、一応、私の部下だ。
ええぃ
もう、どうにでもなってしまえ!
シュッ
勢いで、私は次元の歪みに飛び込んでいた。
目を開けると、視界に拡がる、あの黒き空間。
暗くて、静かで、広大な海。
うぐぐ…
脳内に生じる違和感。
空間のズレを補正しなければならない。
でも、どうしたらいいんだ?
空間認識の手法を思い出せない。
グラグラと揺れ出す頭。滲んでゆく視界。
いけない
早く合わせなければ。
でも、どうやったら…
焦る気持ちばかりが先走って、集中することができない。
ほらっ
やっぱり駄目だったじゃないか。
無謀なことをして、無駄死にするだけだったじゃないか。
ミキ
落ち着いて
大丈夫だよ
私がついているから
不意に、そんな声が何処からか聞こえてきた。
リナ…
やっぱり、いたんだね。
この中に
急に、この心の中が静かになる。
自分の中にあるイメージを、もう一つの軸方向へと膨らませていく。次第に和らいでゆく頭の痛み。それと共に、徐々に焦点を結んでゆく視界。
再び、目の前に黒い海がくっきりと浮かび上がった。
そう
この感覚だ。
あっ
少し離れた所に、ハヤトの姿があった。
ハヤトは混乱しているようで、体をバタバタとさせている。ゆっくりと平泳ぎの要領で、ハヤトのいる方向に体を進めていく。ズレていく次元軸に意識を集中させ、自分の中にある感覚と合わせてゆく。
大丈夫
ちゃんと空間認識が出来ている。
泳ぎついて、ハヤトの体をしっかりと掴む。
「ほらっ。もう大丈夫だから、落ち着いて」
私の声が聞こえたのか、ハヤトは体を動かすのを止めた。
泳いできた方向に向き直り、次元の歪みの穴を探す。
暗くて何処にあるのか、視認できない。細心の注意を払いながら、ゆっくりと来た方向へと戻る。そして、手探りで周囲を探る。通り過ぎてしまったら、二度と元の世界には戻れないだろう。
なかなか、出現しない穴。
もう、過ぎてしまったのだろうか。
私は違う方向を泳いではいないだろうか。
不安がドンドンと大きくなっていき、この身を押し潰してくる。
んっ?
不意に、手に引っ掛かる何かがあった。
あっ
これっ、これっ
この感触だ。次元の歪みの穴。三次元世界への出口。腕にぐっと力を込めて、次元の歪みから一気に抜け出す。
ドサッ
固い地面に、打ちつけられる体。
「痛っ」
聞こえてくるハヤトの声。石畳の地面にぶつかった体が、ジクジクとした鈍痛を訴え出してくる。
境内の外にある街灯の明かり。その光に、ほっとする。
無事に戻ってこられたのだ。
この世界に。
「ミキさん。助けてくださり、本当にありがとうございました」
私に対して、頭を下げてくるハヤト。
「バカ」
「すみません」
「バカ、バカ」
どうしてだろう。
涙をボロボロと流している自分。
そんな私を見て、オロオロとしているハヤト。
なんで私は、こんなヤツを助けてしまったのだろう。
もう懲り懲りだ。
それから、次元の歪みに金属片を投げ込んで、穴を塞いだ。時刻は、夜九時過ぎ。
うぅむ
腹が減ったぞ。
帰り道、ファミレスに寄って、晩御飯をとることにした。
「初めてですね。ミキさんと二人で食事するなんて」
そんなことを言ってくるハヤト。
「そうだっけ?」
「えぇ。嫌われているのかと思っていたので」
そう
その通りだよ。
鈍い君にしては、気付くのが早かったな。
部下じゃなかったら、会話すらしていないぞ。
無視
徹底的に無視だ。
ミジンコごときの言葉は、こちらに聞こえてこないんだからな。
「別に、嫌ってはいないよ。私、人付き合いが苦手だからさ」
とはいえ、社会人。
無難に答えておく。
「そうでしたか。安心しました。それじゃあ、これから互いの距離を少しずつ縮めてゆきましょうよ」
はっ?
ミジンコよ
お前は何を勘違いしているんだ。
そのポンコツ頭に、フォークを突き刺してやろうか?
「でも、次元の歪みに飲み込まれて、妹の置かれた境遇が分かったような気がします」
「そう」
「ええ。すごく怖かったんだろうなって。それに、とてつもなく寂しかったんだろうなって」
「そうだね。そんな所だよ、あそこは」
あの空間で、通常の精神状態を保つのは困難。一般人だったら、十分と持たないだろう。それなのに、何でそんな所に、昔は平気で飛び込んでいけたのだろうか。
単なる命知らずだ。
私も、若かったのだろう。
また飛び込めと言われても、今だったら躊躇してしまう。
だけど…
その時は、もうすぐやってくるんだよね、リナ。
そう
私達は、仲間達と共に戦わなければならないのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます