第11話 脇役、フォーエバー~カズト~
トポトポ、トポ
カップラーメンに湯を入れて、暫し待つ。
夜十時。今日も遅くなりそうだ。
しかし
こんな生活をしていて、よく体を壊さないものだ。同僚はバタバタと倒れていくのに。我ながら、感心してしまう。
これだけ働いても、一向に片付かない仕事。
いや
寧ろ、仕事をすればするほど、やることが増えていく。
そんなジレンマに陥っている。
慢性的に不足している人手。とはいえ、夜遅くまでオフィスにいるのは、俺一人。この会社の従業員といえども、皆、家庭があるのだから仕方がない。だから、自分のような独り者が居残って、働くことになる。
夜食を食べながら、暫し休憩。
ネットニュースをチェックする。世間では、実に様々な事が起きているものだ。遠く離れた異世界を見ているような気分になる。
でも、だからといって、今の仕事に不満があるわけでもない。働き甲斐があるわけでもないが、他にやりたい事があるわけでもないのだ。
与えられた仕事があれば、それをやる。
ただ、それだけ。
そうして、人生という長い空白の時間を埋めている。
だから、休暇は苦手だ。暇になると、何をしていいのかが分からなくなるから。趣味があるわけでもないし、家庭があるわけでもないのだ。
だけど別に、それで、この人生を空しいと思ったこともない。
人生、そんなモノさ。
ふぅ
不意に浮かんできた、空挺部のミキの顔。
彼女は元気にしているだろうか。
昔から、この視線は彼女を追っていた。彼女の次元の歪みに向ける鋭い眼差し。それが、ずっと気になっていた。
ミキは、二年前の事件の唯一の生き残り。
五十人近い従業員を失うという大惨事。タケトさんに連れられ、間一髪、消滅寸前の次元の歪みから戻ってきた彼女。あの時、ほんの少しでも遅れていたら、帰らぬ人となっていたであろう。
あれ以来、体調を崩したと聞いているが。
もう空挺部には戻ってこないのだろうか。
次元の歪みの中で意識を維持するには、強固な精神力と多次元に適応できる豊かな想像力が必要。
それは、選ばれた人間にしか出来ないこと。
そんな彼らの姿を傍で見ながら、密かに憧れていた。
自分は、この株式会社デンデンに入社して以来、ずっと次元開発部に所属しているわけで。この会社においては、常に脇役。
特殊部隊や四次元探索部、空挺部の為に、次元の歪みを形成し、四次元へのルートを形成するのが、次元開発部のタスク。一度ルートを形成してしまえば、次元の歪みへと飛び込んでゆく彼らを見守ることしかできない。何か事件や事故があっても、その事態をただ傍観する以外にない。
次元ルート形成など出来て当然と、この会社の人達は勘違いしているが。どれだけ難しいことをやっているか、理解して欲しいものだ。
何より、未だに、次元の歪みを安定的に作る技術は完成していない。
そもそも我々人間の技術だけでは、次元の歪みを作るのは不可能であったわけで。四次元生命体が提供してくれた、特殊な四次元物質なしには実現しえなかったのだ。
三次元空間と四次元空間を結ぶ。
それは、フラクタル次元を形成することで、ユークリッド次元間を繋ぐということ。
つまり、3と4という整数の間に連続的な3.1、3.2、3.3、…という実数空間を形成し、なだらかに空間を繋げてゆくこと。
口で説明するのは、簡単だが。
実際にやるとなると、途轍もなく難しい。
特殊な四次元物質から漏れてくる一つの軸。それを一方向に集積させ、四次元世界の基地局に向ける。すると、ある一定確率で、四次元との間に歪み空間が自発的に発生するのだ。
驚くべきことだが、それら一連の作業は、作業者の経験と感覚によって為されている。細かな調整やタイミング。そこには、人に依存せざるを得ない何かがあるようだ。
勿論、長年の試行錯誤の結果、幾つかの法則があることは発見している。形成されるルートは十二本だけであり。それぞれのルートはほぼ同じ地点を通る。そして、次元の歪みの持続時間はルート毎に一定となっている。
それが、何故かはわからないが。
ここ五年近く、全く進歩していない次元開発部の技術。
この部にいる人間では役不足という現実を、俺達は突きつけられている。自分含め、次元開発部の人間の誰もが、四次元や次元の歪みを十分に理解できていないのだ。それを理解できた人間は、他部署に引き抜かれていってしまう。優秀な人材が必要な部署は、他にたくさんあるのだ。結果として、自分のような落ちこぼれがココに残ることになる。
そういえば…
先程、ふらりとやって来たマサシさん。
変な物質を置いていったんだよな。
あの人は、いつも何処からともなく、突然現れる。そして、背後から声を掛けてきて、俺を驚かせてくる。
まったくもって、心臓によくない。
「何ですか、コレは?」
「異次元物質だ。コレを使って、簡単に次元の歪みが形成できたそうだ」
「それは心強いですね。つまり、コレは四次元物質であると」
「おそらくな。君なら、コレを扱えるんじゃないか?」
「うーん。どうでしょうか。試してみないことには、分かりませんね。今度、入れてみます」
「あぁ。早急に頼む。残された時間は、あと僅かしかない」
「ええ。手遅れになる前に、アレを完成させないといけません」
「そうだ。我々に、もう失敗は許されない。君の働きには期待しているんだぞ」
「ありがとうございます」
そうして、ポンポンと俺の肩を叩いて、マサシさんは足音もなく部屋を出ていった。
うーむ
どうしたものか
あの人が何者か、未だに分かっていない。
どこの部署に所属しているのかも、グループ内での立ち位置も。
本当に信用していいものだろうか。
いつも助けが欲しい時にふらりと現れて、必要な資金や材料を提供してくれるマサシさん。
その無感情な表情や冷めた声音からは、何も感じ取れない。単に、そんな人なのかもしれないが。
渡された物質を手に取って眺めてみる。ゴム状の半透明物体。ギラリとした金属光沢を放っている。高次元物質特有の捉えどころのない見た目。この物質が役に立つのかは、分からないが。
でも、アレを作り上げなければならない。
そう
この会社を止める為に…
その先に確かな光が見えているわけではない。
作戦がうまくいくかもわからない。
だが、信じるしかないだろう。
仲間たちを。
脇役は、脇役としての役割を全うするだけさ。
タイムリミットは近い。カップラーメンの容器を捨てて、ふぅーと深呼吸をしてから、俺は作業に戻った。
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