第9話 歪みゆく海に溺れる~ミキ~

 ザッ

 隊列を組む。

「空挺部、第八部隊三班、集合しました」

 リーダーの声に、部隊長が頷く。

 一体、何が起きたのだろうか。

 第八部隊を全員集結させるなんて。それほどの事態ということか。

 第八部隊。全五班、総勢二十五名。

 部隊長が周囲を見渡して、口を開く。

「ご苦労。現在、四次元世界とその近傍で非常事態が発生している。これから、我々は仲間を救出する為、四次元世界へと向かう。武器携帯の許可も下りた。万一の場合、敵への攻撃も許可する」

 違う班のリーダーが口を挟む。

「敵とは誰ですか?」

「分からん。攻撃してくるモノ、全て、敵と判断しろ」

「しかし、敵との交戦であれば、特殊部隊のタスクではないですか?」

「そうだ。現在、特殊部隊が敵と交戦している。我々の任務は、仲間の救出だ」

 敵か

 四次元生命体と戦って勝てるなどと考える人間は、ここにはいない。

 会えば分かる。

 次元の違いというモノを。

 各人に手渡された、銃の形をした武器。対人用ではない。

 心許ないな

 彼らが襲ってきたら、コレで応戦しなければならないのか。こんなんじゃ、足止めにもならないだろう。

「やぁ、ミキ。久し振りだね」

 シホが近寄ってきて、声を掛けてきた。

「シホ。久し振り」

「聞いた? 私達の前に、第七部隊が行ったそうだよ」

「そうなの?」

「だけど、誰も戻ってきていないみたい」

「そんな…。何が起こっているの?」

「分からない。でも、こちら側に甚大な被害が発生しているのは、間違いなさそう」

「整列!」

 私達の言葉を遮るように、声が響いた。シホと離れて、所定位置につく。

「これより作戦を開始する。いいか、作戦は仲間の救出だ。仲間を発見したら、ここに連れて帰ってくる。それが、第八部隊の任務だ。これから起きる事に、動揺するな。絶対に自分を見失うな。本作戦には、非常に多くの危険が伴う。だからこそ、まずは自分の命を守れ。何か異常を感じたら、直ぐに引き返すんだ。いいな!」

「はいっ」

「よしっ。ルートが構築され次第、作戦に入る」

 辺りに配備された大型の装置。全長二十メートルあろうかというソレが、グワングワンと大きな唸り声を上げ始めた。少しして、前方に次元の歪みがぽっかりと形成される。

「これから、次元調整に入ります。」

 次元開発部の人間が声を上げる。そして、何やら装置をいじり出した。具体的に何をしているのかは定かでないが。彼らの調整が、私達の命運を左右する。

「ルートが出来ました。形成されたルートは、ルート6です。結合点がココとAS2になります。結合持続時間は、およそ五時間。空間内に酸素は十分に存在しますが。念の為、酸素注入をしておきます」

 電子地図でルートを確認する。AS2に向かうだけで、三十分近くかかりそうだ。

 たったの五時間か

 厳しい道程となりそうだ。

「ルート6か。もっと良いルートは選べなかったのか?」

「申し訳ありません。現在、メインルートは他部隊が使用しておりますので。ルート6以外にはありませんでした。ルートが干渉すると、我々の技術では、空間制御ができなくなりますので」

「分かった。空間維持時間も少ない。急ぐぞ。一班から順に飛び込んでゆけ」

 シュッ シュッ シュッ

 みんな、ためらうことなく次元の歪みに飛び込んでゆく。

 私の番

 息を止めて、次元の歪みに飛び込ぶ。

 シュッ

 入ったらすぐ意識を集中して、外部空間との壁を取り除いていく。そして、自らの体を、細部まで空間に馴染ませる。

 ゆっくりと目を開くと、視界に黒き世界が拡がっていた。

 果てしなく広大な海

 どこまでも続く黒

 暗くて、静かで、何もない

 そんな無重力空間を、ゆらゆらと流れている川。次元と次元とを結ぶルート6。

 その流れに体を預けると、体がプカリと浮かんだような心地になる。ずっと佇んでいたいくらいに快適だ。

 前方に視線を向けると、部隊員、それぞれの特殊スーツから発される光が連なっている。その移ろいゆく光の流れ。蛍のようだ。その群れに自らも混じって、前へ、前へと平泳ぎで進んでゆく。

 DSPで、現在地を確認する。

 異常なし。

 次元空間の位置測位システムであるDSP がなければ、自分が何処にいるのかすらも分からない。一度、流れからはぐれてしまったら、これだけが頼り。

 徐々に増加していく次元軸。空間のズレに、違和感を訴え出す脳。それを脳内で補正していく。慎重に、自分という存在を、増加してゆく軸方向に膨らませてゆく。

 慣れてしまえば、何でもないコト。

 しかし

 この先に何が待ち受けているのだろうか。

 わからないが…

 良い予感はしない。

 四次元の入り口が迫ってきたところ。

 前方に光が見えた。暗闇の中、球形状に散らばった光。隊員達の発する光が、バラバラと浮遊している。

 班毎に、一つ一つの光を確認していく。

 皆、意識を喪失している。そして、体には大きな外傷。命を落としているのかもしれない。だが、この場で生死の判断は困難。連れて帰るよりない。

 あっ

 リナ!

 以前、同じ部隊で一緒の班だった女の子。二つ下の後輩。

 彼女も同様に意識を失い、浮遊している。

 まるで眠っているかのように。

 腹部と太ももにある裂傷。

 リナ、大丈夫?

 彼女の体を手繰り寄せ、ぐっと抱える。

 お願いだから、生きていてくれ。

 彼女を背負って、来た道を引き返す。帰り道は逆流。体が、なかなか前に進まない。

 ガァッー

 不意に、何かが、私達を襲ってきた。

 乱れる隊列。バラバラと散らばっていく光の粒達。それらが川から引き離され、遠くへ、遠くへと散ってゆく。

 一体、何が起きているんだ。

 武器を手にするが、敵の存在を確認できない。

 このまま進んで大丈夫なのだろうか?

 うがっ

 私の体にも、何かがぶつかってきた。

 光の群れから弾き出されている自分。リナの体が離れていかないようにしっかりと掴む。

 何とかして戻ろうと、手足をバタバタとさせたが。それも空しく、光の群れがからドンドンと離れていく。

 いつしか、視界から光は完全に消えていて。

 もう自分が動いているのかも、静止しているのかも、わからなくなっていた。

 自分の体に視線を向けると、腹部に走っている大きな傷。大怪我を負ったのかもしれない。だけど、この空間では痛みを感じるコトはない。今、生命活動を続けられているのだから、致命傷ではないのだろう。

 えっ

 嘘っ

 嘘でしょ…

 左手に、ぷらーんと残されたリナの腕。

 彼女の体は何処へいってしまったのだろうか?

 リナ

 ゴメンよ

 こんな事になってしまって。

 私は、君を救う事ができなかった。

 ただただ、その腕を持っているのが辛かった。だけど、せめてこの腕だけでも、持って帰らなければならない。彼女の生きた証なのだから。

 その時

 突如として、どこからか声が響いてきた。

『全てはヤツらの仕業だ。だから、破壊するんだ』

 誰?

 今の声は。

『いいか。この会社のやろうとしているコトを止めなければならない。急がなければ、手遅れになるぞ。もう、残された時間は僅かしかないんだ』

 何?、何?

 私の中に、ズカズカと乱暴に入り込んでくる言葉達。

『ヤツらの思惑を打ち崩すんだ。いいか、これから全ての四次元起点を破壊し、三次元世界との接合を完全に遮断する』

 誰だ?

 一体、誰が喋っているんだ。

『A地点完了。まずい、ヤツらだ。逃げろ、リナ』

『あぁあぁぁあ!!!』

 リナの悲鳴。

 それが強く響いて、私という存在を不安定にさせていく。

 あれっ

 おかしいな

 頭の中が真っ白だ。空間を認識できない。

 こんな事、はじめて。

 歪んだ次元の軸が、頭をグラグラと揺さぶってくる。

 ヤバイ

 意識を正常に保っていられない。

 どうすればいいんだ。

 どうすれば…

 焦る気持ちが余計に、この頭を掻き乱してゆき。

 歪んでゆく視界。混濁してゆく意識。

 くそっ

 そんな…

 …………………

 あれっ

 ふつと戻った意識。

 ここは何処だろう?

 時計を見ると、次元の歪みに飛び込んでから、既に四時間が経過。あと一時間しかない。何とかして、三次元世界に戻らなければ。次元歪みによるズレで、朦朧とする意識。それを修復するだけの集中力は、もう残されていない。意識を失わないようにするだけで精一杯。

 DSPで現在地を確認する。

 嘘っ

 認識外という表示。DSPの検知領域を越えてしまっているなんて。

 終わった…

 もう三次元世界に戻れることはないのか。闇雲に動いても、三次元の入り口に戻れる可能性は限りなく0。このまま、私は次元間の藻屑として命を失うことになる。

 でも、それなら何で意識を取り戻してしまったのだろう。意識のない方が、よっぽど楽だったのに。

 此処は暗くて、静かで、何もない。

 そして、途轍もなく孤独だ。

 んっ?

 私を引く力。体に感じる温もり。

 何だろう

 目を開けると、そこにタケトさんがいた。私に対して、静かな笑みを浮かべてみせる。

「ほらっ。もう、大丈夫だ」

 聞こえてくる、そんな声。

 これは夢なのだろうか?

 ねえ

 どうして、あなたは、私が此処にいると分かったの?

 また私は、あなたに救われた。

 これが現実だと確認したくて、私は、彼に必死でしがみついていた。


 はぁ…

 起きると、枕が濡れていた。

 ズッシリと重い頭。泣き疲れたせいだろうか。

 退院後も優れない体調。

 タケトさんと再会したあの日。意識を失って病院送りとなり、様々な検査を受けることになったわけだが。何の異常も検出されていない。まぁ、ゆっくり休むことです、と担当医から諦めの言葉を頂くことになった。

 どうしてだろう

 あれから毎日、二年前のあの時の事が、夢になって出てくる。

 んっ? 

 背中に何か硬いモノがあるぞ。

 ごそごそ探ると、シーツの下に、一冊のノート。めくると、全てのページに走り書きがされている。しかも、解読不能な文字の羅列。

 何だ、これは?

 何かのイタズラ書きだろうか。それとも、彼女からのメッセージなのだろうか。

 うぅむ

 分からない。

 外に視線を向けると、外界は明るさを失っていた。雨の匂いが、こちらにまで漂ってくる。

『これから大変になるぞ』

 頭の奥から、聞こえてくる声。

 そうか

 その時、私はどうするのだろうか。危険な目に遭うのは、もう懲り懲りだ。

 ねぇ、リナ

 あなたは、どうするつもりなの?

 この内に潜んでいる、リナからの回答はない。

 いつしか、雨はどしゃ降りとなり。

 頭の中を警報ランプが、ピカピカと明滅し続けていた。

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