第8話 裏の裏は、表であるのか?~キョウヘイ~

 ふぅ

 モニターから目を逸らす。

 人の生活を監視するのも、もう飽きた。

 何で、いつもこんな仕事ばかりなんだ。休日出勤までして、人の日常を覗くなんて。酷い罰ゲームじゃないか。おまけに、給料も他のヤツらと大差ない。

 もう、どこか違う部署に飛ばして欲しい。

 できることなら、清掃部や警備部あたりがいい。なんなら、特務部でも構わない。

 そういえば

 この女、ミキとかいったか。

 現在、特務部所属だったな。

 元空挺部所属のエリートの転落人生を、こうして監視しているわけだが。平凡な独身女の生活そのもの。正直、退屈だ。

 監査部。それが、俺の所属する部署。単なる、社内の内偵だ。上からの指示で、対象者をマークする。調査理由が知らされる事もあるし、全く知らされない事もある。指示により、対象者の勤務中を監視することもあるし、私生活を監視することだってある。

 だけど、そういった労力をかける割に、仕事の成果が適切に評価されることはない。だから、給料も横ばいを推移する。その上、他部署との交流は厳禁。人の異動も皆無。入ったら最後。牢獄と呼ばれる部署だ。

 ミキとかいう女の監視リストナンバーはC5。

 監視対象としては、随分とランクが低い。S、A、B、Cと区分けされている監視ランク。より危険度の高いS、Aランクの対象者を重点的に監視するのが一般的だというのに。まさか、他の仕事を投げ出してまで、C5をマークすることになろうとは。

 何があったのだろうか?

 C5に関する資料はイロイロと読んだ。

 彼女は、中学生の頃に次元の歪みへと飲み込まれ、そこから戻ってきた経験があるらしい。その能力を買われ、空挺部にスカウトされたそうだ。

 大したモノだ。

 空挺部に入るという事は、この会社でエリート認定を受けたということ。この会社の怪しい幹部連中の多くは、空挺部出身なわけで。彼女にも、そんな可能性があったわけだ。

 C5の空挺部での成績は非常に優秀。次元間移動も容易にこなしていたらしい。当時は、四次元開拓部や特殊部隊からもオファーがあったそうだが。二年前の事故に巻き込まれ、入院。復職後、特務部に異動となった。そんな顛末だ。

 しかし

 二年前の事故とは一体、何なのか?

 耳にしたこともない。

 俺の閲覧権限内に資料がないということは、それだけヤバい事故であったのだろう。

 事故?

 いや

 事件だったのかしれない。

 そもそも、この会社。

 部署間の繋がりが希薄で、相互共有される情報は厳重に管理されている。それを巧妙に活用し、何事もなかったかのように仕立てるのが、上層部の十八番。そうして、大規模な事故や事件は、極秘裏に処理される。

 そんな会社の裏ばかり見ていると、反吐が出そうになる。

 それが嫌になって、抜けていくヤツもいる。ただ、この会社を辞めた人間で、まともに生きているヤツを見かけた事がないが。

 C5の異動事由は、空間認識の欠如と、それに伴う精神疾患。空挺部の連中は、大体、コレで脱落していく。あの部で生き残ることができる人間は、十分の一もいないだろう。

 しかし

 そうまでして、あの空間を行き来する事にどれだけの価値があるというのか。他次元物質関連のビジネスで、この会社が莫大な利益を上げているという実情はあるが。それとて、かけた投資やリスクと釣り合っているとは思えない。

 まぁ

 俺が考えても仕方がない問題か。

 五日前まで入院していたC5。

 次元の歪みの穴埋め作業を終え、帰社中、意識を失って病院に運び込まれたそうだ。日頃から不自然な行動が多い彼女。電子暗号で、外部と頻繁に連絡を取っていることが確認されている。Cランクでもあるし、単なる通信員なのかもしれないが。元空挺部の繋がりを活用して、何らかの行動を起こす懸念もある。傍受した暗号を解析センターに送る。だが、期待は持てない。彼らは、解析に異常に時間の掛かる暗号を使っている。解析が終わる前に、次の動きを始めるのだろう。

 反乱分子か…

 まったく

 俺の管轄外でやってくれ。

 面倒事に巻き込まれるなんて、まっぴらゴメンだ。小さい頃、次元の歪みと遭遇したばっかりに、こんな会社に入ることになったわけで。運命というヤツを怨まずにはいられない。

「どうだね。キョウヘイくん。C5の様子は」

 ひっ!

 ギョッとする。

 いつの間にやら、マサシさんが背後にいた。どうして、俺がここにいると分かったんだ。

 この人は、いつもそうだ。

 気付かぬ間にふらりと現れて、背後から声をかけてくる。暗殺者というニックネームも伊達じゃない。

 実際、何人か手を下しているのだろう。

「特に異常は見られませんね。つい先程も暗号を傍受しましたので、それを解析に回していますが」

「暗号解析に時間が掛かりそうなのか?」

「はい。例のヤツです」

「ふむ。彼らも、随分と賢くなったものだな」

「昨年の掃討作戦が効いているのかもしれません」

「それはあるだろうな。だが、あの場に肝心のネズミはいなかった」

「ええ。未だにA3の消息は不明のままですし」

 急に、渋い顔になったマサシさん。

 おっと

 マズった

 あれで、監査部の信用は地に落ちてしまったわけで。マサシさんの進退も、危ういとの噂。話題を変えなければ。

「そういえば、タケトさんが現れたと聞きましたが」

「そうだな。何やら、ムコウで大きな事件が起きたそうだ。その余波が、コチラにまで波及する恐れがあるらしい。まぁ、ヤツが来るというコトは、そういうことだ」

「そうですか。何も起きないといいのですが」

「ああ。だが、それに乗じて、反乱分子達が動く可能性は高いだろうな」

「警戒しておきます」

「うむ。それはそうと、研究所から新物質が盗まれた件についてだが。犯人の目星はついたか?」

「いえ。そちらの件については、まだ手をつけていません。反乱分子内に首謀者がいる可能性が高いと睨んでいますが」

「そうか。ところで、キョウヘイくん。裏の裏って、表だと思うかい?」

 はて

 何を意図して、マサシさんは問うてきたのだろうか?

 マサシさんの能面のような表情からは、何も読み取れない。

「さぁ。表かもしれないし、表じゃないかもしれませんね」

「そうなんだよ。物事には、必ず多面性がある。ある事象を裏返して、それをまた裏返すと、全く別の世界にいたりする。驚くべき事にね」

「つまり、どういうコトでしょうか?」

「物事は簡単じゃないってコトさ。この件を短絡的に結論づけるなよ。君には、期待しているんだからな」

「はい」

 ポンと俺の肩を叩いて、マサシさんは足音もなく去っていった。恐ろしい人だ。下手なコトをすれば、俺もコウジのように、あの人に消されるのだろう。

 あぁ

 何処か、逃げ場所はないだろうか。

 それがわかっていれば、今すぐにでも、こんなところから飛び出しているのに。

 んっ?

 またC5が動き出したぞ。

 そして、傍受する暗号。それを解析チームへと転送する。この繰り返しだ。

 分からない。

 ヤツらは何をしようとしているんだ?

 誰か、教えてくれ!

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