第7話 あなたと二人なら、何処へでも~ミキ~

 カラン、コローン

 入った喫茶店。静かな店内。客は数人ほど。やってきた店員に、モーニングセットを頼む。注文したのは、三人分。

 そう、三人分頼んだのだ。

 どうしてだ?

 どうして、ハヤトもここにいるのだ?

 散々、それとなく仄めかしたのに。

 なんで、お前はついてきた?

 私とタケトさん二人だけで、十分なのに。

 二人でいたいのに。

 うきぃぃいいぃ!

 この、間抜けが!

 この、腐れ芋が!

 この、ロリコンがぁっ!!

 お前なんか、この世から消えてしまえ!!!

 憶えていろ。明日から、徹底的に仕事を振ってやるからな。

 ふぅ

 やってきたホットサンドとコーヒー。黒色の液体を体内に注ぎ込んで、眠気を吹き飛ばす。窓の外。スーツ姿の人達が、道路を行き交っている。たまには、こうしてのんびりするのもいいかもしれない。

「君は、はじめて見かけるな」

 タケトさんが、ハヤトに言う。

「ハヤトです。今年の春から、ミキさんの部下として働いています」

「そうか。ミキにも部下が出来たのか。立派になったね」

「いえ。まだまだです」

「そうかい。でも、ミキ。しばらく見ないうちに綺麗になったね。それに、大人っぽくなった気もするな」

 そうかな?

 いやぁ、そうですかねぇ

 タケトさんの言葉と視線に、心がフワフワと浮わつく。

 んっ

 隣から、やけにひんやりと冷たい視線を感じるぞ。

 まっ、しかし

 虫けらは無視だ。どうせ、いないようなモノ。

 まぁ、ね

 そうやって言ってもらう為に

 タケトさんに会った時の為に

 私だって、日頃から努力しているんだ。毎週、通っているヨガ。月一回の肌年齢チェック。その万全なる対策と対応。日々の肌のお手入れにだって、余念がない。

 むむむっ

 しかし、ちょっと待てよ。

 今日は深夜に穴埋めに出掛けたぞ。どうせ、ロリコンのハヤトにしか会わないし。そのまま家を出た気がする。つまり、私は今、スッピンなのではないだろうか。

 まずいぞ

 これは、まずいぞぉ

「ちょっと、失礼」

 そう言って、スタスタとトイレに向かう。

 何てことじゃー!

 何も塗っていないではないか。目の下に入ったクマ。頬には、強いほうれい線。

 もぉ、泣きたいよ

 帰りたいよ

 おまけに、バッグに何も入っていないだと。

 どうするんだよ、コレ

 全ては、ロリコンハヤトのせいだ。アイツが、深夜に何度電話をかけても出なかったせいで、慌てて家を出る羽目になってしまったのだ。

 しかし、この場をどうやって切り抜けるか。

 それが、問題だ。自分の顔をじっくりと確認する。

 貧相だ、幸が薄そうだ

 ハッ

 いかんぞ

 自己批判などしている場合ではない。そろそろ席に戻らなければ。

 この顔でか?

 取り敢えず、髪で誤魔化すしかない。

 うーん

 前髪を下ろしてみたが、何とかなっているだろうか。

 席に戻ると、タケトさんがハヤトと話し込んでいた。

「でも、ビックリしました。次元の歪みから人が出てくるなんて」

「はじめて見た人は、みんな、そう言うね。私はただ、様々な次元の旅をしているだけなのに」

「えっ。タケトさんは、次元を移動することができるのですか?」

「そうだね。勿論、それには多くの困難と危険が伴うけどね」

「どうやったら、そんなコトができるんですか?」

「不可能という概念を捨て去るコトさ。自分の可能性を制限しないことが重要なんだ」

「んー。それで、次元の間を行き来することができるんですか」

「そうだね。まあ、最初は、雲を掴むようなことに思えるかもしれないけど。一度理解してしまえば、単純なコトだったんだって感じるようになるさ。ミキなら、この感覚、分かるんじゃないかな?」

「そうですね。ところで、タケトさん、どうしてこちらに?」

 急に翳る、タケトさんの表情。

「何やら不穏な動きがあるのを掴んでね」

「不穏な動きですか」

「そう。この地で、何かが起きようとしている。それが何かは、まだ掴めていないが」

「それは、止められるコトなのですか?」

「どうだろう。まだ分からないな」

 そう言って、どこか遠くを見るような仕草をするタケトさん。

 あぁ

 素敵だ

 その絵になる姿。うっとり見とれてしまう。

 それから、しばらくまったりして私達は喫茶店を出た。駅までの道を、タケトさんと並んで歩く。その気品ある佇まい。昔から変わっていない。何歳になるのだろうか。幼くも見えるし、年をとっているようにも見える。

 でも、そんなことはどうでもいい。

 あなたの傍にいられるのなら。

「これから、どうされるんですか?」

「今日は次元間の移動で疲れたから、休ませてもらうよ」

「そうですよね。ゆっくり休んで下さい。また、会えますか?」

「あぁ。今度、連絡する」

「はい。待っていますね」

 そうして、私達は駅でタケトさんと別れた。

 いつもどこへ行くのだろう。

 ずっと聞けないでいる。帰る家があるのだろうか。そこで誰が、待っているのだろうか。彼にとって、私はどんな存在なのだろうか。

 そんな事ばかり考えてしまっている。

 あぁ、駄目だ

 そんなんじゃ

 また、彼と会えるのだから、それでいいじゃないか。でも、彼はいつ連絡をくれるのだろうか。なんだか無性に切ない気分になって、私は携帯をぎゅっと握りしめていた。

「いやぁ。素敵な人でしたね」

 背後から、ハヤトの声がした。

 コイツめぇ!

 折角の、儚い気分までも台無しにしおって。

「そうね。お前の数万倍ね」

「数万倍ですか。それくらいには、見ていてくれたんですね」

「違った。数兆倍だった」

「ぐむむ。そうですか…」

 トラックを運転して、会社に帰る。

 その帰り道。道路脇を歩く人達の中に、知った顔があった。

 リナ!

 どうして、そんな所にいるの?

 うぐっ…

 突然の頭痛。

 どうしてだろう。寝ていないせいだろうか。

「ミキさん。急にどうしたんですか。わぁ」

 ブレーキを思い切り踏んで、車を急停止させる。

 ダメだ

 酷い眩暈がする。意識を保っていられそうにない。車のサイドミラー越し。微笑みかけてくるリナ。こちらに向かって、ゆっくり歩いてきている。

 どうして?

 これ以上、私に何をしろというの?

「イタタッ。もぅ、何があったんですか。あれっ、ミキさん。大丈夫ですか?」

 ハヤトが私の体を、ゆさゆさと揺らしてくる。

 やめてくれ

 お願いだから

 ぼやける視界。あやふやになってゆく、モノとモノの境界線。

 近づいてくるリナの足音だけが、この内側に届いてきて。私というモノをグラグラと揺さぶってきた。

『全てはヤツらの仕業だ。だから、破壊するんだ』

 唐突に、響いてきた声。

 それが、私の奥にある何かにギュッと触れ、この意識を閉ざしていった。

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