第3話 株式会社デンデン 特務部です~ミキ~

「ミキさん。ちょっといい?」

「なんですか」

 課長のトシオが声を掛けてきた。トシオのことだ。どうせ、大した用事じゃないだろう。

「この前、若い子から指摘受けてさ。我が社のキャッチコピーを考え直してみたんだ。どうかな、これ? いけていると思うんだけど」

 トシオが自信満々に紙を見せてきた。

  でんでん、でででんっ

  株式会社 デンデン

 おい

 トシオ

 何だ、これは?

 一文字付け加えただけじゃないか。お前は、ふざけているのか? これだから、多くの就活生から怪しまれるんだ。

「あまり変わっていないですね。もっと根本から変えた方がいいと思いますけど」

「そうか。いいと思ったんだけどなあ」

 このアホが

 ちゃんと仕事をしろ。課長じゃなかったら、殴ってやるところだ。

 はぁ

 もう、こんな低次元な部署、早く抜け出したいよ。

「ミキさん。すみません、この費用処理って、どうすればいいんでしたっけ?」

 隣の席のハヤトが尋ねてきた。

 おい、お前

 いつになったら憶えるんだ。

 メモをとれ、メモを!

 新人だからって、いつまでも私に甘えてくるな。とはいえ、仕事をやろうという意思があるだけ、ここでは、まだマシな方か。仕方なく、ハヤトに作業を一から教えてやる。

 しかし

 教えるのは、これで六回目だぞ。ハヤト君、君には心底ガッカリしたよ。

 この春から、私は新人を任されることになった。それが、このハヤトとかいうアホだ。どんな可愛い新入社員がやってくるんだろうかと期待していたわけだが。やって来たのは、単なる芋男であった。

 いや

 芋にすら失礼か。こやつは、煮ても、焼いても、食べられない。

 つまり、どうしようもないわけだ。

「このツクツクボウシって、変な会社名ですよね」

「そうね。でも、ウチの会社だって大差ないじゃない」

「そう言われてみれば、そうか。株式会社デンデン。何でこんな名前になったんですかね」

 ヒロシのヤツめ

 全ては、ヤツの責任だ。ロクな人間を採用してこない。ヤツは、何を基準に人を採用しているんだ。このハヤトに関しては、コッペパンで穴を埋めた経験ありという意味不明な一文が、採用評価シートに添えられていた。今度会った時に、ヤツに問い質さないといけない。

 というか

 あの使えないヒロシを首にして、別の採用担当にした方がいいんだけどな。しかし、誰もそれを言い出さない。上の人間たちは、満足しているのだろうか。こんなポンコツ人間たちばかりが、入社しているという現実に。

 まだ入りたてのハヤト。会社にある資料を読んで勉強している。そんな頻繁に次元が歪むことはない。普段は事務作業くらいしかやる事がないから、暇といえば、暇。

 それなのに、この特務部の事務仕事の全てが、私へと降りかかってくるという理不尽。納得がいかない。他の特務部のヤツらは、ネットサーフィンをしていたり、ゲームをしていたり、呑気に談笑していたり、寝ていたりしているというのに。

 なんと、不公平なことか。

「ミキさん。四次元のもう一つの軸って、時間じゃないんですか?」

 黙れ、ハヤト

 お前の存在そのものが、私の仕事の邪魔だ。その口にコッペパンをブチ込んでやろうか。お前は、次元についても理解していないのか。

「それはミンコフスキー空間における四次元でしょ。現実に起きている次元の歪みは、ユークリッド空間における四次元の影響なの。あなた、物理学科だったんじゃないの?」

「そうだったんですけど。入ったものの、物理を全く理解出来なかったので」

 まぁ、そうでしょうね

 だから、君はこんなお荷物部署に配属されたんだよ。特務部は、この会社の超お荷物部門。いざという時には、真っ先にリストラされるだろう。しかし、何故、私までここにいるのだろうか。

 私まで、お荷物?

 いや、いや

 そんなことはない。あるはずがない。断じて、ないっ。

 あまりに腹が立ったので、この前、異動希望を出したが。部長から慰留された。

「ミキさんがいなくなると困るんだよね。だって、この部署でまともに仕事できる人って、ミキさんしかいないじゃない。だから、いなくなったら、部署が存続できなくなるんだよ」

「それなら、他に誰か入れて下さい」

「残念ながら、この部署に誰も来たがらないんだよね」

 あぁ、そうですか

 私も来たくはなかったよ。あんなコトがなければ。まぁ、それを今更悔やんでも仕方がないが。

 しかし、今日は暇だ

 数件の物品の発注を終えると、私までやる事がなくなってしまった。ハヤトが読んでいた資料を手にとってみる。

 空間理解の手法か。なかなか興味深い事が書いてあるものだ。しかし、そんな簡単に理解できるモノではない。それを失敗した私には、その難しさがよく分かる。ふと隣を見ると、ハヤトが難しそうな顔をしていた。

「どう? 少しは理解できた?」

「次元の歪み。つまり、それは三次元と四次元とを結ぶ空間ってことになるわけですか」

「そう。空間が不安定になって、他次元との連続的な繋がりが形成されてしまう、それが次元の歪み。極稀に、五次元と繋がってしまうこともあるみたいね」

「なるほど。でも、どの次元と繋がっているかなんて、どうやって計測するんですか?」

「次元計測装置というのがあるの。どんな原理で、それを判定しているのかは、私自身もよく分かっていないけど」

「うーん」

 そう、謎だらけ

 私にも、分からない事がたくさんある。全ての情報や知識が、会社全体で共有されることはない。それぞれの所属部署で必要最低限のことしか、把握できないように巧妙にコントロールされている。だから、どんな部署がどれだけあるのかも、それらの所在も、私達は知らない。真相を調べようとした同期は、その翌日に消息不明となった。そんな、非常に怪しい会社に私達はいるのだ。

「四次元ってどんな世界なんでしょうかね。つまり、位置座標の軸が、四本あるってことですよね。そんなコト、有り得るのかなぁ。全然、イメージが出来ないな」

「そうね。私達は三次元空間に存在しているから、それより軸が増える高次元については、簡単には想像できないよね。空間が重なっている、そんなイメージなんだけど」

「空間が重なっているか。ううむ」

 ビィー

 その時、警報が鳴った。次元の歪みの発生は、三時間後。発生地域は、私達の担当区域外。担当のワタルとユカが、発生場所に向かっていった。

「また、担当区域外ですね」

 ハヤトが残念そうな顔をして見せる。

「そんなに穴埋め作業に行きたいの?」

「いえ。それが、よく分からないんです。行きたいんだけど、行きたくないというか」

 どっちだ

 はっきりしろ。

「ミキさんは、次元の歪みが恐くないんですか?」

「どうだろう。もう慣れ過ぎて、何も感じないかな」

 いや

 嘘をついた。見るのも嫌だ。あのコトを思い出すから。見慣れてはいるけど、いつも、この体の震えを抑えるので精一杯だ。

 ビィー ビィー ビィー

 また、警報が鳴った。おかしいな。3回も鳴るなんて。

「わっ。今度は、僕らの担当区域ですよ」

「でも、変ね。3回鳴るということは、もう既に現場で歪みが発生しているはずだけど。仮にそうだとしたら、私達の案件じゃないんだけどな。取り敢えず、行ってみるか」

「はい」

 ヘルメットを被って、トラックに乗り込む。土木作業に行くような感じ。ゴトゴトと揺れる車内。思い詰めた表情のハヤト。そういえば、妹が次元に吸い込まれたとか言っていたな。色々と思うところはあるのだろう。この会社にいるということは、過去に、あの空間と関わりがあったということ。私達は大なり小なり、似たような経験をしている。

「安心して。特務部が対処する次元の歪みは、すごく簡単な案件しかないから」

「はい」

 発生現場は、小さな公園。トラックを下りて、公園内を慎重に探索する。周囲に次元の歪みは見られない。何度も、何度も、確認したけど。あの空間はなかった。

 どうしてだろう

「何処にも、ないですね。こんなコトって、あるんですか?」

「初めてだよ。変だな」

 公園では、何人かの子供達がワイワイと遊んでいる。彼らに尋ねてみる。

「ねぇ、君達。ここで、何か、変なモノを見かけなかった?」

「何も見なかったよ。ねっ?」

「うん」

 どういうコトだ。次元警報が誤作動するなんて。聞いたことがない。それとも、発生した歪みが、私達が来る前に塞がれてしまったのだろうか。そうであるならば、いいが。いずれにせよ、帰って報告しなければならない。トラックへと戻る時、子供達の歌声が聞こえてきた。

 でんでん むしむし かたつむりー

「懐かしいですね」

「ああ。久しぶりに聞くな」

「しかし、残念でしたね。次元の歪みを埋める仕事、早くやってみたかったのにな」

 そう言って、ほっとしたような表情を見せるハヤト。

 おい

 強がっているのが、バレバレだぞ。もっと嘘をつくなら、上手につけ。

 でも

 私も変わらないのかもしれない。私も、あの空間が大嫌いだ。もう、懲り懲りだ。でも、その出現を待ち望んでいた。

 いや

 私はただ、あの人に逢いたいだけなのだ。

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