月の裏側が見たい
紫陽花
第1話
あるところに、秀美に踊り、大変しなやかな肉体を持つ娘がおりました。
娘の踊りは大変な人気で、いつもたくさんの人々に、その踊りを披露しておりました。
しかし娘のかんばせだけは器量悪く、人々は残念がっておりました。
娘はいつも、そのかんばせをひた隠し、美しい踊りだけを、人々に披露します。
そしてある時、そんな娘の美しい踊りの噂を聞きつけ、一国の王子が、その踊りを見たいと言いました。
娘は王子のいる王城に呼ばれました。
踊りの観客は、王子と、ごく僅かな武装した従者のみです。
それでも娘は、いつものように自慢の踊りを誇らしげに披露しました。
そして娘が踊り終わると、やはりその踊りは褒め称えられました。
娘はとても喜びました。
娘の踊りを見た、王子も従者も、大変喜びました。
そして王子は言いました。
美しい踊りを見せる娘の、顔が、見たい、と。
すると娘は途端に戸惑いを見せます。
なにせ娘のかんばせは、その踊りと相対するかのように、美しさに欠けるものであるのですから。
娘は王子に告げました。
一国の王子に逆らう無礼をしたくはないが、醜い顔を見せる無礼をする方が、もっと、したくはないのだと。
娘の言葉を聞いた王子は、少しの間黙った後、静かに告げました。
実は自分は目が見えないのだと。
娘の美しい踊りを、本当には見ることができていなかったのだと。
ただ、見える者ならばきっと、娘の顔を見てみたいと言うのではないかと、そう思ったのだと。
娘は、そっと告げられた王子の秘密に、とても驚きました。
一国の王子ならば、健やかであることを、国民は望む。
それは、美しく踊る娘ならば、美しいかんばせであることを、人々が望むように。
王子は、騙して悪かったと、娘に謝った。しかし、娘の踊りの、軽やかな足音が耳にとても心地よかったのだと、それは本当だと、やはり静かに述べました。
娘も王子の言葉を静かに聞くと、一言告げたのち、王子の手を持ち上げ、自らのかんばせに触れさせました。
娘は王子に言いました。
踊りを褒めてくれてありがとう。大切な秘密を打ち明けてくれてありがとう。
王子も娘に言いました。
踊ってくれてありがとう。人々には見せない裏側を、魅せてくれてありがとう。
王子は娘を歓迎し、晩餐に招きました。
その日から、娘と王子は無二の存在となりました。
そんな宴の様子を、夜空の月が見守っておりました。
月の裏側を知る者は、未だ誰もいませんでした。
おしまい
月の裏側が見たい 紫陽花 @ortensia
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