第7話.衝撃の事実

「くふっ……」


「…………」


「くふふ」


「…………」


「くふふふ」


「…………」


 時緒はベッドの上で気の済むまでフィルを揉みくちゃにすると、ようやく満足したのか、フィルを開放し落ち着いた。だが、ベッドに並んで腰かけながらも、しきりにフィルを横目に見ながらその度に怪しげな笑みを浮かべていた。


「あっ、あの!」


 フィルは堪らなくなり、切り出す。


「タイムちゃんすごいよね?」


「え? 何が?」


「だってさっき入学式の時、あのアルメリアさんと仲良さそうにしてたでしょ? 前から知り合いだったの?」


「ううん。さっき初めて会ったんだよ」


「へ、へぇー」


 フィルは何やら感心した様子で声を漏らした。


「アルメリアちゃんって有名なの?」


「有名どころじゃないよ! この辺りで知らない人はいないくらいだよ? 貴族の中でも代々優秀な魔術師を輩出してる名門中の名門だよ。僕なんか話し掛けるどころか、恐れ多くて近付けないよ」


「ふーん……、何だかよくわからないけど、すごいんだ、アルメリアちゃん」


「それにこの辺りの土地の領主でもあるからね、アルメリアさんの家系は。大抵の人は逆らえないんじゃないかなぁ」


「アルメリアちゃんなら8番の部屋にいるって。会いに行ってみる?」


「無理無理! 絶対無理! 僕なんかが口を利ける人じゃないって!」


「そうかなぁ、確かにお嬢様っぽかったけど、普通だったよ?」


「いやいや全然普通じゃないよ! それに8番かぁ……、やっぱり実力もすごいんだろうなぁ」


 フィルはしみじみとした様子で感慨にふけっていた。時緒の隣が落ち着かないのか、右手の包帯のほつれを指先で弄りながら話す。


「そういえば、わたしが62番ってことはフィルちゃんが61番?」


 時緒は部屋に付けられた番号を思い返す。


「うん、そうだよ。番号は各々の生徒の素質とか才能とか試験を受けた人はその成績とか、そういったもので総合的に評価されて割り当てられるんだ。番号が若い程すごいってこと。でも今期は絶対僕がビリだと思ってたのに、何だか少し安心しちゃった…………って! ごめん! 僕そんなつもりじゃ……」


 62番の時緒の手前、軽口を慌てて取り繕おうとするフィルをよそに、時緒は全く意に介していない様子だった。


「そんなことよりさ」


「そんなことより?」


「フィルちゃん、立って立って!」


「え? な、何かな?」


 戸惑うフィルを半ば無理矢理立たせると、自身は正面に立つ。


「いい? 今からわたしの真似してみてね」


 そう言うと、急にがくりと膝を折り、腰を曲げると、左手で腹を押さえながら苦しそうに呻声を上げた。


「くっ…………」


「ちょ、ちょっとタイムちゃん!?」


 時緒は構わず右手で額を押さえると、


「くっ! 我が封印されし邪眼が疼き出したか……静まれっ! 今この力を発動させるわけにはいかないっ! 静まれぇっ!!」


 迫真の演技を披露する。まるで何かが憑依したかのような時緒の変貌ぶりにフィルは少し恐怖を感じた。だが次の瞬間、時緒は何事もなかったかのようにケロリとした表情でフィルに向き直った。


「はい、次フィルちゃんやって」


「あ、 え? ぼ、僕も!? え、えーっと……。くっ……わ、ワガフーインされし、じ、ジャガンが……」


「カットカーット! 全然ダメだよー。気持ちが籠ってない! フィルちゃん、やる気あるの?」


「やる気? って何の?」


 フィルは時緒の突飛な言動にわけがわからない様子だ。


「だって封印されし第三の眼なんでしょ!?」


「うん」


「時々疼くんでしょ!?」


「……うん」


「静まれーって念じるんでしょぉ!?」


「…………うん」


「じゃあちゃんとやってよ!」


「えぇ……」


 フィルは熱を帯びる時緒の言葉に戸惑うばかり。


「でも今は疼いてないし、静まってるからね……」


「グスっ……」


「ええ!? ちょっと、タイムちゃん泣いてるの? 何で? ねぇ、僕が悪かったなら謝るから、だから泣かないで、ねぇ? タイムちゃんってば」


 異世界らしくない。思い返せば明らかに目の当たりにできた現実世界と違うモノといえばドリル状の角を有した牛のみ。部屋割り当て問題の際、一度は満足だと割り切ったものの、思い返せばこの世界で触れた異世界らしさといえばあとは入学式での話の内容くらいだ。実物を目の当たりにしたわけじゃない。時緒の中に燻っていた不満はフィルとの出会いを引き金にやがては大きな波となって渦巻き、ついには涙として溢れ出してしまった。


「だって……グスっ……せっかくフィルちゃんみたいな娘に会えたのに……ヒックっ……フィルちゃんが……グスっ……フィルちゃんがぁ……お遊戯会並みの大根役者だからぁぁぁあ!」


「だっ!? だいこん!?」


 これまでのやり取りでどこをどう考えても自身に非があるとは思えないフィルだが、彼女本来の気弱な性格が災いしてか、時緒の様子を前に居た堪れなくなり、ついには自分が悪いのでは? と思い至るまでになった。


「ぐっ! ぐわぁー! きゅ、急に封印されし眼が疼き出したー!!」


 フィルが観念し、時緒の見様見真似でやけくその演技を始める。すると、時緒の瞳から徐々に涙が引き、輝きを取り戻していった。


 それから時緒が満足するまでフィルは五回程、二人きりの部屋で演技を続けた。


「はぁ……これでいいかな、タイムちゃん」


「うーん……65点」


「65点!」


 見様見真似とはいえ、自分なりに頑張って時緒の期待に応えようとしたフィルはその微妙な評価点に少し傷付く。


「まあ、練習あるのみだよ!」


「練習……するの……?」


 大変な娘と同室になってしまったと、フィルはこの先の学園生活を覚悟する。


「そんなことよりもさ」


「そんなことより?」


 今度はフィルが切り出す。


「点数といえば、この後入学最初の実力試験でしょ? 今から少しでも勉強しなきゃ」


「…………」


 試験。その単語を耳にした瞬間、時緒の時間は止まった。


「タイムちゃん?」


「今何て?」


「だから、試験だから勉強を……」


 試験。それは時緒が現実世界で最も忌み嫌う単語上位三位に入るものであった。ちなみにその他は「宿題」と「夏期講習」(※「試験」と並んで同列一位)。


「ナニイッテルノ? フィルちゃん……セッカク、コノセカイニキテベンキョウをセヨ……と?」


「タイムちゃんこそ何言ってるのさ! 僕たち順位でいうと最後の方なんだから試験で少しでも評価上げておかないとだよ!」


 未だ固まったままの時緒を残したまま、フィルは部屋に供えられた本棚から数冊の書物を取る。


「ほら、これ各部屋に支給される教科書。皆それぞれ前もって勉強してるだろうけど、教科書が配られるのは入学してからだから、正式な教科書に沿った予習ができるのは今だけだよ」


 そう言って時緒の分を振り分けると、時緒の膝の上にどさっと教科書の束を置いた。


「いやぁああああ!」


 少しの間の後、遅れて現状を理解した時緒は悲鳴を上げた。


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