第5話.お嬢様キャラに罵られたい
「いい加減にして下さる? 先程からおひとりで何やらぶつぶつと。気が散って仕方がありませんわ」
不可解な行動を取る時緒に対し、お嬢様風の少女は心底迷惑だという視線を時緒に送る。
「はわわぁ」
その視線とは裏腹に時緒はまるで国宝級のお宝でも前するように瞳を輝かせた。
本人の自覚は薄いが、時緒も元の世界ではその見た目から所謂「お嬢様」という評価を与えられることが少なくなかった。
中身がどうあれ、同年代の中では長身で、やや肉付きは良いがそれなりに起伏のある身体をしていると言える。中学生にしては早くも大人の魅力の片鱗を見せている。髪はふんわりとした長髪で、加えて常に柔和な表情を崩さない。普段の身なりにおいても、家がそれなりに裕福であった為、それなりのものを買い揃えられている。
初見に限るが、元の世界ではそのような時緒を見て、やや身構えてしまう者がほとんどであるのが確かだった。
だが、今時緒の目の前にいるのは正真正銘、時緒がアニメの中でしか見たことのないあからさまな、それこそ〝ほんもの〟のお嬢様像であった。
「はわわぁ」
そんな間の抜けた呻きと共に、時緒が何かに取り憑かれたかのようにゆらゆらと、その両手を傍らに座る少女の方へと伸ばす。
「ちょ、ちょっと! やめなさい! 何ですの!? あなた!」
対する少女は、そのまるでゾンビのような挙動の手を懸命にいなそうと振り払うが、式の途中で席を立つわけにもいかず、変にもつれてしまう。
「あなた、いい加減に――」
「いい加減にしろ、お前たち。二人仲良く吊るされたいか」
お嬢様風少女の言葉を遮ったのは、先程の女教師であった。
二人は揃って呼吸を止め、ピンと背筋を正した。
その教師の言葉には何か魔法的な力でもあるのか、興奮状態の時緒も不思議と逆らうことができなかった。
「何故わたくしまで……」
完全にとばっちりを受けてしまった時緒の傍らに座る少女は不満げに唇を尖らせていた。
程なくして校長の話が終わり、最初に話していた男から解散を告げられる。
どうやらこの後は改めて集合のお達しがあるまで学校の敷地内にある寮で待機をするらしく、周囲の生徒達はまばらに席を立ち始めた。
時緒はどうして良いかわからず、取りあえず周りの生徒に合わせて立ち上がり、辺りを見回していると、肩をとんとんと叩かれる。
時緒の隣に座っていた先程の少女だ。
「さて、あなた」
お嬢様風の少女は腰に手を当てずいと時緒に詰め寄った。
「何であんなことをしましたの? わたくしまで怒られたじゃない。これでわたくしの評価が下がったりしたらあなたの所為ですわ」
「ごめんなさい」
時緒は素直に頭を下げた。怒られてばかりだった時緒にとって謝罪はお手のものだ。
「だって本物のお嬢様がいたから触ってみたくて……」
「そんな人を珍しい動物か何かみたいに言わないで下さる?」
「うん、もう勝手に触ろうとしたりしないから……。しないから、そのお嬢様言葉で一回キツめに罵ってくれる?」
「危ないこと言わないで下さる!?」
お嬢様風の少女は、折角一度は勝気に踏み出した足をずずと後退させた。
「あなた、あまり見ない顔立ちだけれど出身はどこですの?」
「えっと……たぶん……ずっと……遠いとこ…………」
「酷く曖昧な物言いですわね。島の外の国から来たってことかしら? 確かにそれなら見ない顔立ちなのは納得がいくけれど」
お嬢様風の少女は時緒が見た目よりもずっと幼い思考の持ち主なのだと割り切り、力を抜くように腰に当てていた手を下した。
「わたくしはアルメリア・ゴルドニア・メリストリア・ラ・シルバリア・ブロズリア・ホート・アニム・ソフレレェト。あなたと同じこの学校の新入生ですわ、よろしくね」
そしてそう徐に自己紹介をする。
「…………へ?」
時緒はそのあまりにも長い名前らしき言葉の羅列を前に固まってしまう。
「呼ぶときはアルメリアで良くってよ」
「大変助かります!」
相手の方から何とか記憶できそうな呼び方を提案され、時緒は心底安堵した。
「で?」
アルメリアと名乗った少女は何かを促すように顎でしゃくった。
「で?」
時緒は合点がいかず首をこくりと傾げる。
「名前ですわよ、名前。あなたは何とお呼びすれば良いのかしら?」
三条時緒。
とは即答しなかった。
元の世界における自身の名がこの世界にそぐわないのではないかという懸念が頭を過ったのだ。成り行きでこうして無事入学式に出席できたまでは良いが、そこから先どうなるかは全くの未知だった。
部外者であることがバレて追い出されるのは時間の問題かもしれない。ならばせめて上手く誤魔化し、できるだけ長くこの環境に留まりたい、時緒はそう考えた。
そうなるとこの〝名前〟というものは重要だ。このアルメリアという少女の名を聞いただけでも時緒の世界のものとは、その構造や法則が全く異なることがありありとわかる。
「た、タイム!」
今までに行った妄想の中で時緒は数々の「異世界のわたし」という者の名を考えてきた筈の時緒だが、一瞬の間にこの世界に馴染む名を導き出し口にできる筈もなく、苦し紛れに「タイム」を申し出た。
「そう、タイムですわね。よろしくですわ、タイム」
だが、アルメリアは致命的な勘違いをしている様子だ。
「ち、違うよぉ! タイムだってば!」
「だからタイムですわよね? それともどこか発音がおかしいかしら?」
「う~ん……だからぁ……」
上手く真意が伝わらないことに対し、時緒は心の中で地団駄を踏むが、肝心の名前が決まっていない以上、反論も難しい。正直に「考え中」と白状するわけにいかず、時緒は未練たらしくもごもごと口籠った。
「ま、いっか。それで」
だが切迫した状況で考えることが苦手な時緒は早々に諦めて、「タイム」という名を受け入れることにする。それによくよく考えてみれば自身の名にも「時」という一文字が入っているのだし、中々に洒落た趣向だと、考えを前向きな方向へ転嫁させた。
「タイム、うん、タイム! それでいい! えへへぇ」
「何だか妙な言い回しなのが気掛かりですけれど、まあ、合っているのなら良いですわ。それでタイム、この後は一度寮に行きますわよね? よろしかったら部屋までご一緒しませんこと?」
「寮? わたし、入って良いのかぁ……」
と言うよりも、そもそも時緒という部外者に部屋が割り当てられるのだろうか。
この誤魔化し続きの曖昧な立場をいつまで続けられることやらと、時緒が不安になっていると、
「ほらタイム、何をしていらして? 置いていきますわよ?」
アルメリアは先陣切って歩き出してしまう。
「ああ待ってぇ!」
もうどうにでもなれ。行けるところまで行ってやる。
不安と期待が交錯する中、時緒は迷いを断ち切るように一歩を踏み出した。
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