第2話
高校2年生も終わりを告げようとしていた、そんな3月の出来事。
私は友達と地域のボランティア活動をしていた。……と、いってもイベントの運営係で私自身も屋台の運営をしていた。
1ヶ月も前から準備をして、材料を買って、今日はその本番だったのだ。
「……あっつい。」
まだ3月だというのに、昼になると太陽が出始め、豚汁を作っていた私たちのグループでは地獄のような暑さだった。
「もー……、やだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
友達に叫びながら、私は鍋を掻き回していた。
「仕方ないって、瑞希ちゃん。私たちだってここまでの暑さになるとは予想していなかったんだし。」
苦笑しながら話してくれるのはクラスメイトの美羽である。
よしよし、と頭を撫でてくれる。優しい。
熱中症で倒れないように私たちは休憩を挟みながら、雑談を交わしていた。
「そういえばさ、瑞希ちゃん。」
ふと話しかけてきた美羽は私の方を見て、少しニやけていた。
嫌な予感をしつつも、返答をする。
「んー?………ろくなこと考えてないでしょ、美羽。」
「いや、疑問に思っただけだよ。今日、彼氏さん来るの?」
…出た。
「来ないよー、誘ったけど暑いから出たくないってさ。」
ホント、誘ったのに。
私の彼氏である優は何かと忙しい人である。それにインドア。
最近はLINEで会話して、滅多に会うことはない。月に2、3回会えたら良い方だ。
唯一の会話方法であるLINEでさえも、優は最近、楽しそうにはしない。疲れているのだろうか、とか思うけれども、どうもそれだけではないようで。
……いつ頃からか、私は連絡を取ることを躊躇うようになった。
『別れ』を告げないといけない。分かっている。今の私が優に持つのは、愛情ではなく、ただの情だ。中学校からの付き合いであるから情がわくのも仕方ないとは思う。
気づいているのに、『別れ』を告げられないのは私の弱さだ。
相手を傷つけないように。
そんなことをいつからか思うようになった。嫌われるのは怖い。けど、口では怖くないと言っている。そうしないと、私の中の何かが壊れてしまいそうで。
そんな想いを胸の内に留め、美羽に笑顔を向ける。
美羽は分かっているだろう。それでも聞いてこないのは、美羽の優しさ。
「あ、美羽。飲み物買ってくるけど、何がいい?」
そばにある机を見ると、美羽のペットボトルも空になっていた。本人はそれに気づいていなかったようで、あ、と声を上げる。
「ありがとう、ならお願いしてもいい?」
「うん、お金はあとで貰うね。何がいい?」
うーん…、と考えていたみたいだが特には思い浮かばなかったようで。
「何でもいいや。…お茶なら。」
「それ、何でもって言わないよ。」
笑いながら私は財布を取るためにその場を離れた。
荷物が置いてある控え室にはクーラーが効いていて涼しかった。それだけなら良かったが。
「おう、お疲れ。」
見えたのは隣のクラスの男子であり、普段は話さないが話す時にはよく喋る、そんな付かず離れずのような関係を持つ相手だった。あとひとり、私の知らない男子が立っていた。
「……いや、何でいるのよ。ここ、控え室なんだけどね?!」
「涼しいじゃん。」
知ってた。コイツはこんなやつだ。言い返す気力も無くなるような。
「あーはいはい。来たのなら私たちの豚汁でも買っていったら?藤田。」
「やだ。暑いし。なぁ、高田。」
頷く素振りをする高田という男の子は私の方に一瞬だけ、目を向けた。
その視線に私は気づかなかったが。
藤田という男子はハッキリしているが何を考えているのかよく分からないやつである。本心を隠して、よく笑っている、それは普段の学校生活から私が何となく感じていたことである。
……バレンタインの日に渡すくらいの信頼は置いているけれども。
お目当ての財布を取り、私は控え室から出る。
「じゃあね〜。」
入口前に立っていた藤田は私の頭をぐしゃぐしゃにして、頑張れよ、と言ってくれた。
ういっす!!!と私は笑いながらその場をあとにした。
「スタイル良いし、可愛いね。今の子。」
「だろ?からかうと面白いんだよ、アイツ。」
「いいなぁ……告白しちゃおうかな。」
「え?マジで言ってる?高田。」
「マジマジ。」
「…ふぅん、がんば?」
ふと思う。高田が瑞希に触る姿を。
………胸糞悪い。ムカムカする。
どうしてだろうか。
嫉妬と呼べるほど、好きではないはず。それに瑞希だって彼氏がいると聞いている。
俺が手を出していい相手ではない。
思い出したのは元カノのこと。俺のことを好きで告白したのではなく、構ってほしいから告白したそんな女のこと。別れてほしい、って言ったら了承して1週間後には新しい彼氏を見つけるような女のこと。
俺のことを好きなのではない。そう気づくのに時間はかからなかった。
そんな経験を持つ俺は、高校になってから彼女がいた事はない。好きになった女の子はいたけれど、見事なまでに振られてしまった。今は、その女の子に対しては好きという想いより憧れの方が近いのかもしれない。
だから、俺を本当に好きでいてくれる人が欲しい、と強く思う時があった。
ソレはきっと叶わないんだろうけど。
自分に笑いながら、瑞希に対するこの感情を放り捨て、高田とゲームの話を再開した。
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