パズル3
1959年9月17日
Fは、腕の中の赤ん坊を、足下の土間に叩きつけようと、頭の上に振り上げた。
と、その瞬間、ガクッと左足首をくじき、我に返った。
なんてことをしようとしたのか。
赤ん坊は、ずーと泣き続けている。赤ん坊は、夜泣きが激しく、Fを寝かせてくれない。もう1ヶ月以上この状態が続いている。
Fは睡眠不足でノイローゼ気味になっていた。
夫は、海上自衛隊で船に乗っていて長期留守だ。
その場にしゃがみ込み、Fは、オイオイ泣いた。
そして腕の中の赤ん坊に向かって
「なんで泣くのよ!生まれる前から私を苦しめ、生まれた後までも苦しめて、親不幸にもほどがある!」と怒鳴った。
そもそも出産予定月は、8月だった。が、しかし、Fが重度の妊娠中毒症になってしまい、母体の命が危ないと、緊急入院し、1ヶ月早く産むことになった。陣痛促進剤を点滴され、陣痛は、始まるが、なかなか下りて来ない。2日間苦しむことになり、途中あまりの苦しさに、Fは医者に言った。「こどもいりませんから、楽にして下さい。腰から下を切って捨てて下さい」と。
生まれた時、赤ん坊は息をしていなかった。仮死状態で生まれてきた。
医者に足を持たれ、逆さにされながらパシッ、パシッと体を叩かれ、しばらくして「ふぎゃっ」と小さな声を出した。
Fは、精魂尽きていた。
赤ん坊は、泣き続けている。まるで
「この世になんか生まれて来たくなかった。もといた場所に戻せ」と訴え続けているようだ、とFは思った。
そしてFは、ぞっとした。
あの時、足首をくじかなかったら、
今頃自分は、人殺しになっていた。
見上げた土間のガラス戸の向こうに
大きな満月があった。
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