ラヴィアンローズ
ヒロタカリュウ
#00 初恋という名の病
"愛されることは幸福ではなく、愛することこそ幸福だ"。
──ヘルマン・ヘッセ『愛することができる人は幸せだ』(岡田朝雄-訳)
ある雨の日の休日、娘の課題を手伝うことになった。
曰く「人生を年齢別で色に例える」というテーマの、道徳の授業だそうだ。どうやら、授業参観で発表するものらしい。
鮮やかな赤は、情熱。わんぱく。青は清潔で爽やか。だとしたら、緑は青春。白は何でも吸収し、黒は何ものにも染まらない。
僕の人生はまだ30にも満たないけれど、それでも、これだけ生きていると人生いろいろあるものだ。僕は頭の中で、これまでの人生を一年ずつ切り分けてずらりと並べてみる。中にはどす黒い色をした年もあれば、極彩色に輝いて見えるものもある。あるいは、鮮やかな赤と緑が入り混じった、不思議な色なんてものもあった。
極彩色に輝いているのが1992年で、見るのもおぞましいほど黒く塗りつぶされているのが2001年。そして、不思議な薔薇色をしているのが、1996年だ。ただし、1996年はふたつある。片方は濁った灰色をしている。きっとこれは、僕にしかない人生の色だ。
人生に色をつけるとしたら──か。
風鈴の音が鳴った。あれはちょうどこんな暑い夏の頃の話だ。
僕はこれから、不思議な夏の、恋の話をしようと思う。
あれは一目惚れだった。小学6年生の、あまりにも幼稚な恋。それは1992年、桃色の桜が咲き誇る春頃に始まって、それから約3年後、枯れた花弁が散る初冬を迎える頃に終わった。
***
「今日もありがと、真くん」
高級マンションの一室の玄関先で少年を出迎えた小柄な少女は、花を咲かせたような笑顔を見せてそういった。
「ごめんね、私が病気じゃなかったら、月曜日も一緒に学校に行けるのに」
少年は首を横に振ると、藍色のランドセルからA4サイズの封筒を取り出し、少女に手渡した。その日、小学校で配布されたプリント類がまとめられたものだ。
「……その病気って、なんなの?」
ふと、少年は気になっていたことを聞いてみた。彼女は毎週、月曜日になると決まって通院のために学校を休んでいた。少なくとも彼が知る限り、6年生の始業式の日から、それはずっと続いている。
その問いに少女は一瞬ぱちくりしたあと、んー、と指を顎に当てた。
少年はそんな一動作をずうっと眺めていて。暫くして、彼女は事もなげに言った。
「よく、わからないの。原因不明の、新種の病気らしいってママが言ってた。だから、いつ死んじゃってもおかしくないんだ」
その言葉は、間違いなく少年の心を大きく抉った。まるで少女が目の前から消えて居なくなってしまうかのように錯覚させた。
「……そんなに心配しなくても大丈夫だよ。今はほら、こうして元気だし」
彼女はそう言って健気に笑った。少年は何もできない自分に腹が立って、気付けばこんな言葉が口をついて出た。
「僕が、将来医者になって、その病気を治して見せるよ」
「え……?」
「約束する。それで、治ったら……」
「……?」
僅かな間があった。けれど何十秒も、何十分も見つめ合っているような気分だった。少年は目を逸らし、諦めたように首を振った。
「なんでもない。おやすみ、橘」
「……うん。おやすみなさい、真くん」
少年は、少女に恋をしていた。それは小学生の、あまりにも幼稚で純粋な恋。
ただし。
残酷なことにもそれは、負け方を競う恋だった。
彼はそのとき人生の中で、幸せの絶頂にいて。
つまるところ、これから先──彼の人生は、転落の一途を辿ることとなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます