その2 老人の望み
「すまないな、じーさん。ご馳走になっちまって」
「別にいいんだ。こうして誰かと食卓を囲むなぞ、何年ぶりか——」
ルートとシーグラムは、湖から五百メートルほど離れたオーラフの家に招かれた。老人の家は小さく、物置小屋と見間違えそうだった。湖の周りにあった林はあまり広くないらしく、家の周りは木も少なく、気持ちの良い緑の高原が家の背後に広がっていた。
彼らは、今日捕まえた魚をこのオーラフ翁に調理してもらい、ごちそうしてもらっていたのだ。ソテーにフライ、マリネなど、ヴァリエーション豊かであり、とてもヨボヨボの老人が作ったとは思えなかった。
「ドラゴンに食べてもらうのは初めてなのでな。どうだい?お味の方は」
「いや、とても見事なものだ。人間が調理したものを食べるのは久々なのだが、こんな美味なものを食せるとは——」シーグラムは大量に盛られた白身魚のガーリックソテーを嬉しそうに食べていた。
「それにしても、なぜ、このような寂しい所に一人で住んでいるのだ?失礼だが、ご老体が一人で住むには大層不便ではないか?」と、シーグラムは訊いた。
「月に一度、商人が来てくれるんだ。その時に必要なものを買っておくのさ。家の地下には貯蔵庫もあるでな。もし、食材以外に入り用のものがあった場合は、頼んで買って来てもらうのさ」
「そういうことだったのか」
「ただな、やはり、役所からは、街に住むように言われておる。死んだあとのことがめんどうなのだろうな」
「そりゃあ、老人の一人暮らしだなんて不安しかないだろ。役人だって、世間体があるんだから、見殺しにはできないしよ」
「ルート、言葉がすぎるぞ」
「ハッハ。よいよい。本当のことなんだからな。ワシは、ワシのわがままを通させてもらってるだけなんだよ」
「それだけ、ここが気に入っているということか?」
「それもあるんだがなぁ——。ワシには、望みがあるんだよ…」
「望みって?」今度はルートが訊いた。
「探しているものがあるんだよ。永遠の命を与えるという花だ…」
「永遠の命を与える花?おとぎ話のようだが、本当に実在するのか?」シーグラムは疑った。
「本当だよ。それが、あの山の向こうにある」オーラフは、彼らの背後に聳える、ここから見える山の中でも最も高い山をみやった。それは、山頂が鋭いナイフのようになっている山だった。
「永遠の命を与える花ねぇ…。聞いたことねぇな。なぁじいさん、どこでそんな話を聞きつけたんだ?」
「若い頃に、風の噂でね。ただ、その頃は探しには行けなかった」
「なんでだ?」
「戦争の影響でね。国境を渡ってあちこち行くのは一苦労だったのさ。それで、そうこうしている内に、老いぼれちまったんだ……」
「戦争というと、大陸間戦争の頃か?」シーグラムが口を挟んだ。
「いんや。それよりもうちっと後だ」
「ふぅん。なるほどね。でもじいさんは、それを諦めきれないわけだ」
「そうだな——」
「それじゃあさ、うまい飯の礼だ。俺たちが協力してやるよ」
「それはいい案だ。私たちであれば、あの山越えも苦ではない」
「おや、嬉しいねぇ。確かに、この足のせいで山へは赴けなかったからなぁ。それじゃ、頼むとしようかねぇ」
「オーケー。それじゃ、早速明日にでも——」と、彼らは早速、山越えの計画を練り、明日に備えて早く寝ることにした。
ルートは、オーラフの家の隅を借りて寝ることにした。
「すまんね。こんな小さくて小汚い小屋で」老人は詫びた。
「いいって。むしろ、俺はこういう所の方が落ち着くよ。それじゃ、俺はこの隅らへんを借りるかな」
「助かるよ。毛布はいくらでも使ってくれて構わないからな」と、オーラフは小さくて、今にも壊れそうな音を立てるベッドに入り込んだ。
ルートも毛布にくるまって寝ることにした。家の中には新聞の束がいくつも置いてあり、彼は、それを枕がわりにしようと思って手を伸ばした。だが、その新聞は、どれも二十年以上前のものであり、一番古いもので、三十三年前のものであった。切り抜きがあったり、読み込まれてあったりで、保存状態も悪いため、紙はぼろぼろだった。そんなぼろぼろの新聞を使うよりは、布団を枕がわりにする方がマシだと思い、新聞を枕がわりにすることは諦めたのだった。
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