その8 またまた作戦会議
「それで、共同戦線を張ることになったわけか」
「そういうこと。よろしくね、ドラゴンさん」
「シーグラムと呼んでくれ。キティ。それにしても、あの時は暗くてよく分からなかったが、やはり可憐なお嬢さんだ——。盗みが美しければ、容姿も美しいということか」
「あら、ありがとう!シーグラムったら、なんていいドラゴンなの。こっちの野蛮な人とは違って」
「シーグ、いい加減にしろよ。こんな奴にお世辞なんて言ってやることないんだぜ」
「私はいつでも本当のことしか言わないぞ」
「そうよそうよ。あなたみたいな口さがない人と違ってね」
「なんだと、こいつ」
「何よ!」
「まあまあ、二人とも。喧嘩しにここに来たわけじゃぁないだろ」
ルート、キティの二人はシーグラムが身を隠している山の奥まで来ていた。
「それに、キティは街を長い時間離れていることがバレると、まずいんじゃないのか?」
「その辺は大丈夫よ。日没までに帰れればいいし」
「それじゃ、さっさと済ますぞ」
「シーグは、まあ外で警官たちの陽動かな。絵を持って屋上にでもいれば、警官たちはほぼ何も出来ずに右往左往するだろうぜ」
「その間に、私たちで館内に侵入するのね。でも、あんなことがあった直後だもの、警備は厳重になっているでしょうね」
実際、その通りだった。前回の「ピアノ」盗難未遂、そして「マリアの光」盗難が同時に起こったことによって、美術館の警備設備はさらに厳重になった。怪盗シャノアールは「ピアノ」を再び盗みに現れるだろうというのが捜査当局の見解であり、あれ以降、警備員と巡査を増員して巡回に当たらせ、また、館内の全ての窓に鉄格子を、出入り口には外からの不審者の侵入を防ぐため、二十四時間、見張りがいる。もし侵入されたとしても、相応のトラップを仕掛けているとのことだった。しかし、どのようなトラップなのかは捜査機密なため、発表されることはなかった。
「それなんだけどな、俺たちがこの間壊した二階の壁、あそこから入ろうと思う」
「確かに、あそこはまだ修理途中だけど、また壊すわけ?」
「キティ、お前がいつも仕事に使ってる道具の中に、ちょうど良さそうなものくらいあるだろ?」
「壁や窓に穴を開けるくらいの物ならあるけど、そんなやり方美しくないわ」
「じゃあどうしろってんだよ。今回は巡査には紛れられないぞ。二階に人が集中してないからな」
「私に任せて。あの時使った抜け道が使えるはずよ」
「「抜け道?」」ルートとシーグラムは同時に訊いた。
「あの美術館の地下には数百点の作品が保管されているの。絵画、彫刻問わずにね。もちろん、膨大なスペースをとっているわ。だから、そこが閉められる直前に忍び込んでおいて、夜になったら階上に抜け出すの」
「けれど、そのような保管庫ほど、警備が厳重ではないのか?」
「あそこへの出入り口は、時間指定でシャッターが降りるようになっているだけなの。普段からそれほど警備員や学芸員がうろちょろしてるわけじゃないしね。地下水道から、保管庫の真下へ行って、そこから侵入するわ。前回、開けた入り口があるの」
「おいおい、前回空けたって——。それじゃ、もうとっくに警察が見つけてるだろ」
「大丈夫よ。絶対に」キティは自信ありげに微笑んだ。
「それから、シャッターが降りる時間は夜の八時。それまでに外に出るわよ」
「夜の八時。ということは、君はこのあいだ、零時になるまで、館内で身を隠していたということか?」
「まあね。零時ちょうどにやった方が劇的でしょ。それまでは二階の天井裏に隠れていたわ」と、キティは誇らしげに語った。
「よくやるぜ。子供のくせに」
「いちいち余計なちゃちゃを入れないでよっ」
「それで、保管室を抜けたら、二階へ一直線、てわけか。お前がナビしてくれよ」
「当然よ。標的はもちろん私自身が取るけど、もし邪魔が入りそうだったら、あんたの方で片付けてね」
「分かった分かった。報酬もらうんだ。それぐらいやってやるさ」
「それで、脱出はどうする?」
「窓からって言いたいけど、鉄格子がねぇ…」
「鉄格子ぐらいだったら、私の力で何とかこじ開けられるだろう」
「ほんと?!だったら、お願いしちゃおうかしら」
「やっぱり力技でいくんじゃねぇか。それだったら、最初から壁から、」
「脱出は早い方がいいでしょ。それに、やっぱり壁を壊すのは美しくない!」
「はいはい…」
「それにしても、君はなぜ、そこまでしてあの作品にこだわるのだ?それに、盗みに対しても並々ならぬ執着が感じられる」
「あの「ピアノ」って作品はね、元々、おじいちゃんに贈られたものなの」
「作者のジョゼフ・コーネルからか?」
「そう。それが、おじいちゃんがあの美術館のオーナーから頼まれて展示されることになったの。おじいちゃん、作品というものは常に人の耳目に置かれるべきだって言ってたから」
「それで、じいさんが死んだから手元に取り返そうってわけか?」
「別にそういうわけじゃないわ。今回も、一度盗んだら後で返しに行くつもりだから。私はね、おじいちゃんが追い求めていたものを知りたいの」
「追い求めていたもの?」
「家の中でおじいちゃんの正体を知っているのは私だけよ。昔、幼いころに、おじいちゃんの骨董屋で遊んでいたら、秘密の地下室を見つけてしまって、それから…」
「それからは二人の秘密、というわけか」
「おじいちゃんは優しかったし、私のことを信頼してくれたから、怒ったりしなかったわ。それでね、ある日、なんで泥棒をやるのかって訊いたのよ。そうしたらね、『全ての芸術品は人々に認知され、そして見られ、聞かれなければいけない。僕はその手伝いをしているのだよ』ってね」
「そういえば先代の盗みの特徴は、表舞台に出ていない芸術品を盗み出すことだったっけ。活動し出した頃は有名な品ばかりだったけど、段々そういう方向に変わっていったんだよな」
「自分が盗むことで話題性を作っていたというわけか。確かに、それで多くの人の目に触れれば、創作者冥利につきるが…。だが、ただの独りよがりともとられかねるんじゃないのか?」
「そんなことは、おじいちゃんも分かってたわよ。だから、さっきの言葉の後には、『手伝いと言っても、勝手な手伝いだけどね。それに……、実は、僕の趣味でもあるんだ。そういう、危険な冒険をすることがね』って言ってたわ」
「ハハッ。なかなか豪快なじーさんだな。気に入ったぜ」
「それで、君も祖父殿の跡を継ごうと思ってやっているわけか」
「跡を継ぐだなんて大層なこと考えていないわ。満足いくまでやったら、辞めるつもり」
「それでは、追い求めているものというのは…」
「おじいちゃんは、勝手な手伝いとか、個人的な趣味とか言ってたけど、いつも盗みの手口は統一されていたし、鮮やかなものだったわ。新聞でしかその様子は窺えないんだけどね。それに、リュパ市民はいつも楽しんでいたし、おじいちゃんも、みんなを楽しませようとしていた節があるの。だから、おじいちゃんが言葉にはしなかったことを、おじいちゃんが持っていたかもしれない美学を知りたいなって思って、怪盗シャノアールをやっているのよ」
「盗みの美学、ねぇ——。そんなものあるかねぇ」一人帰ってゆくキティを見送って、ルートはぼやいた。
「先代は、盗みも芸術だと考えていたのではないか?もしくは、芸術作品に彩りを加えるアクセントのようなものだと」シーグラムがルートの疑問に返した。
「盗みが芸術だなんて、何言ってんだか。盗みは犯罪だろ」
シーグラムは、それもそうだ、と思いつつも、簡単には肯定できず、黙ってしまった。
「そうだ、ルート。一応武器を持っていけ。あまり能力を使うのはよくない」シーグラムは思い出したように言った。
「それは、俺の能力を警官たちに見られるなってことか?」
「そうだ。お前の能力は唯一無二のもの。それを役人のような追う者に知られたら、この先厄介だぞ」
「そうだな。確かに乱発するのはやばいけど…、まぁでも、なんとかするよ」と、ルートは気楽に答えた。
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