その5 大蜘蛛

 ルートは、眼前に迫る蜘蛛たちと相対していた。彼らはすぐにも襲いかかってきそうだった。だが、地面の段差が高く、すっぽりとルートの体を隠していたため、蜘蛛たちは動きあぐねていた。だったらこっちから動くまで、と思い、彼は意を決して蜘蛛の目の前に姿を現した。このまま穴の中にいてもどうしようもないからだ。シーグラムとの交信は絶えてしまった。かといって、逃げながら念話を続けるほどには慣れていない。


 目の前の蜘蛛の間を縫って、ルートは走った。だが、他の蜘蛛たちに前を阻まれてしまった。横にいる蜘蛛の背中を飛び越え、彼は再び地面に出ることができた。だが、他にも待ち構えている仲間はいたのだ。一斉に蜘蛛たちがルートに襲いかかってきた。彼は身を屈めながら蜘蛛たちの間隙を縫って逃げた。だが、数が多い上に素早い動きで、すぐにルートは捕まってしまった。彼は地面に押し倒され、動きを封じられてしまった。

 これまでか、と諦めかけた時、何かが彼の体を押さえつけている蜘蛛をなぎ払った。それはシーグラムだった。シーグラムは大きな咆哮をあげ、蜘蛛たちを威嚇した。蜘蛛たちは強大な力に怯えたのか、そそくさと逃げてしまった。


「はぁ…。た、助かったぜ、シーグ」ルートは息も絶え絶えに礼を言った。

「間一髪、というところだったな。間に合ってよかった」

「しっかし、あんな奴らがうじゃうじゃ住んでいたなんてな——。さっきまで全然姿をみせなかったってのに」

「恐らく、お前にはずっと前から目をつけていたのだろう。だが、私がいたから、彼らはお前を襲えなかったのだ。それが、私がお前を一人にしてしまったが故に、好機を作ってしまったのだろうな」

「はぁ…。ってことは、あいつらの仲間って、この森にまだ沢山いるかもしれないってことか?」

「だろうな。多分、この森に足を踏みれたものは皆、あの蜘蛛の餌食となってしまったんだろう」

「だから、ここは全然、生き物の姿が無かったのか。虫すらいないもんな」

「さて、これからどうするか。あんな危険な奴がいたのではな——」

「でもさ、お前がいれば安全なんじゃないのか?」

「しかし、大量の仲間を引き連れて報復にくる可能性もないではない。彼らの数も力も未知数なのだからな。それに、ほら。なにやらまた、騒がしくなってきたようだぞ」彼らは無数の視線を感じた。先ほどの蜘蛛たちが仲間を大量に引き連れてやって来たのだ。

「まじかよ…。なんとかしてくれよ、シーグ」

「私がなんでもできると思うなよ」

「だってさ、口から炎吐いて焼き殺すとか、できんだろ?」

「すまないが、私は炎を扱うのが苦手でな」

「ハァ?じゃあ何ができんだよ?」

「太陽の力を借りる」

「ああ、なるほどね。」蜘蛛たちがこちらの様子をうかがっている間にシーグラムが動いた。「ルート、身を屈めていろ!」


 次の瞬間、シーグラムは尻尾と前足を使って周りの木々をなぎ倒した。倒れてくる木に何匹かの蜘蛛は押しつぶされたが、数は半分にも減らなかった。森の中に陽の光が差し込んできた。蜘蛛たちは日光に怯んでいた。彼らに視力があるのかは疑問であったが、日光に当たった者たちは、みな光を避けるように後退した。ルートがシーグラムの方に目を向けると、彼の額にある白い結晶(クリスタル)が、陽光を浴びてキラキラと輝いているのが見えた。そしてその光が増していると感じた、その時、額から一筋の光線が発せられ、シーグラムはその光線で蜘蛛たちを攻撃した。直撃した蜘蛛たちは燃え上がり、みな暴れまわり、焼け死んだ。


 しかし、まだ生き残りはおり、すっかり油断していたルートに襲い掛かった。

「うわっ!」ルートは、咄嗟によけようとして転んだ。その場所が悪かった。そこは急な傾斜になっており、彼はそこから転げ落ちてしまったのだ。

 シーグラムがルートの名を呼んだ。だが、すぐには助けに行けなかった。生き残った蜘蛛たちを爪で引き裂くので手一杯だった。その爪は陽の光の力を借りて、赤く熱を帯びていた。


 ルートは、下に落ちながらも、自分を追ってくる蜘蛛の姿を視認した。落ちた先で体制を立て直そうとしていた時、蜘蛛が糸を吐いてきた。ルートはすんでの所で横に飛び退いた。だが、飛んだ先が悪かった。そこは、地面に大きな穴がパックリ口を開けており、彼はそこに落ちてしまったのだ。

 シーグラムがルートの後を追ってきた。追った先でウロウロしていた蜘蛛を殺し、辺りはまた静けさを取り戻した。彼はルートを呼んでみたが、返事が無かった。

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