その12 もうひとつの歌

 ほどなくして、ルートとシーグラムは合流した。

「ルート!」

「ああ、シーグか。こっちはしたっぱ二人を片付けたとこだ。そっちはどうだった?」

「ハンター達はみな下水道に真っ逆さまさ。しばらくは地上に上がってこれまい。だが、ちと人数が合わないんじゃないか?こちらは一人減ってた」

「ああ、こっちの減ってた奴は多分、ボスの所に向かったんだろうし、お前が相手してたところも教会の状況を見に、送られたんだろうな。まあ、一人一人は大したことないし、放っといても問題ないだろ。それより、爺さんたちを追いかけないと」

「ああ」そう言って、二人はエルマー邸のある方向へ走り出した。



 今夜の騒動が起こってから、住民達はみな、関わらないようにしようと家に閉じこもっていたが、事の顛末をやきもきしながら見守っている人物が一人いた。領主のゲーペルだ。今夜決行するということは事前に聴いてはいたが、これほどの騒ぎになるとは思わなかったのだ。速やかに、子ドラゴンを見つけ捕獲する手はずだった。なのに、急な地震、黄金のドラゴンの出現、そのドラゴンとダルコ達の追いかけっこ、などなど、この街を騒がせるようなことばかり起こる。


 まさか、親ドラゴンが子供を取り返しに来たのだろうか。そうだとしても、子竜は一体どこに行ったのだろうか?寝巻き姿のまま、ベランダで考えあぐねていた。

 警察が動いて、もしダルコ達が捕まったとしても、両者が知らぬ存ぜぬを通す約束をしていたし、領主の鶴の一声で今回の一件をうやむやにできる可能性があった。この街の警察は動くのが遅い。それどころか、ドラゴンの出現で、震え上がって出動できないでいるのかもしれない。とにかく、警察が動き出さない内に、この騒動が止むことを今は祈るのみだった。

 そして、ほどなくして、彼の心を落ち着かせる知らせが入ってきたのだった。



 エルマーとユリアーナ、そしてエルマーに抱かれたボリスは、明かりが少ない所を選んで移動していた。

「ねえ、おじいちゃん。さっきからその子を抱きっぱなしでしょう。代わるわ」

「ああ、そう、だな」エルマーは息を切らせながら、ユリアーナにボリスを託した。ボリスにとっては、ユリアーナも知らない人間であったが、今夜一緒に逃げ回ったことで味方だと思ったようだ。彼はユリアーナの腕の中におとなしく収まった。

「ねえ、この子。一体どうしたの?」

「……。一週間ほど前、裏山でドラゴンが死んでいるのを見つけたんじゃ。そいつは、矢傷と銃創を負っていてな、飛んで逃げて来たらしい。だが、子供を残して絶命していた。その子供がそいつじゃよ。」

「もしかして、密猟者にやられたとか?」

「だろうな。近くにそれらしい人間はいなかったが」

「それで、あの地下室でこの子を匿っていたのね。私、夜中におじいちゃんが起き出すのを見て、思わずついてきてしまったの」

「まあ、いつかはこいつを外に出してやらねばと思っていたが、こんな騒動になってしまうとはな…。やはり、人間とドラゴンが共存するのは難しいのだろうか。昔は友人同士でいられたのに——。」

「でも、この子はこんなにおじいちゃんに懐いているわ。初めて会う私にも。——、私、おじいちゃんの若い頃のお話好きよ。特に、ドラゴンと友達になったっていうお話が。子供のころ、そのお話を聴いた時、私もいつかドラゴンと友達になるんだって思ってたの。なんか憧れちゃって。お互いが誠意を持って接すれば、誰とでも仲良くなれるわ。例え、違う生き物同士でも。」

「———、ああそうだな。さて、そろそろ行こう」二人は腰を上げた。その時、ボリスは鳴いた。いや、歌ったのだ。それも、いつも街に響く歌とは違うものだ。その歌はよく響いた。

「この歌、何かしら?」

「さあな、街の奴らに聞かれてないといいが」


彼らは再び進み始めた。だが、数人の男達に行く手を阻まれてしまった。

「あなた!確か、昼間の——。」ユリアーナは、その中に今日見たばかりの顔を見つけてしまった。それは、昼間、酒場で暴れていたチンピラだったのだ。

「よお、姉ちゃん。また会うとはな。そいつをおとなしく渡してくれねえか?そうすれば、あんたたちは無傷で返すからよ」男は二人に向かって言った。

「嫌よ!あなたたち密猟者ね!」ユリアーナはボリスをかばいながら叫んだ。

「ドラゴンってのは、今の時代貴重だからな。高く売れるんだよ。この間も折角見つけたってのに、逃げられちまうし。この辺りに逃げてきたはずだったんだがなぁ」別の男が言った。その言葉を聞いて、エルマーはハタと思った。

「まさか、一週間前、死んでいたドラゴンは、お前らが……。」エルマーは震える声で言った。

「あ、あいつ死んじゃったの?でも、新しい死体なら売れるよな。これは儲けもんだぜ」男が高笑いしながら言った瞬間、エルマーは握っていた杖を振りかざして、その男の頭を思い切り殴った。

「じじい、何すんだ」「取り押さえろ」男達は、あっという間に老人を押さえつけた。

「おじいちゃん!」ユリアーナは思わず叫んだが、彼女もなす術なく捕らえられてしまった。

「こいつら、どうすればいいんだ?ボスが今どこかわかんねえし」

「とりあえず捕まえたら、真っ先に領主の屋敷に運べってよ」

「クソッ!こいつ、キイキイうるせえな」ボリスは、泣きじゃくっていた。

「こいつ、黙りやがれ」男の一人が子竜の頭をひどく殴った。そうして、ボリスは無理やり泣き止ませられた。



 「なあ、この歌、昨日聞いたのと違う気がするんだが」ルートはシーグラムに掴まれながら訊いた。

「ああ、これも古い歌だな。“はじまりの歌”と呼ばれている」

「へぇ、それってどんなん?」

「初めて旅に出る若者に送るための歌だよ。元々は、人間の歌だったが、ドラゴンの間にも伝わって、次第に歌詞や旋律も変遷していったんだ」

「それじゃ、元の形を覚えている奴ってのは、もういないのか?」

「そうじゃないかな。得てして、民謡というのはそういうものだろう?」

「そうだな、人間もドラゴンも、そこは変わらないんだな」二人は取り止めのない会話をしていたが、その内に、叫び声が聞こえた。

「今のって、もしかして、ボリスか?それに、ユリアーナっぽい声も聞こえたな」ルートはどこから声がしたか、探りながら言った。

「恐らくだが、西からじゃないか?」シーグラムは、今向かっている方向とは逆の方向を指した。

「えぇ?なんで、あいつら屋敷に向かってないんだよ…」

「よほど、お前は信用されていないらしい」シーグラムは半ばおもしろがって言った。

「くっそー、自分達だけで逃げるつもりだったってことか。でも、悲鳴が上がったってことは、捕まったってことだよな…。連れてかれるとしたら、どこだ?」

「とにかく探そう。今ならまだ、間に合うかもしれない」

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