その5 悪魔の歌

 ルートが街の宿に戻った時には、もうすでに辺りは暗くなっていた。宿の主人には暗くなったら早く戻るようにと注意された。ルートは門限でもあるのか、と訊いたら、主人は妙なことを言った。


「一週間ほど前から、悪魔の歌が聞こえるようになったんだ」

「悪魔の歌?」ルートは首をかしげた。

「夜更けになると、気味の悪い歌声が街中に響き渡るんだよ。何を歌っているのかも分かんないし、みんな気味悪がってさ」

「その歌声の元は突き止められてないのか?」

「声の元は十中八九、ガネットの巡礼教会だろうけどさ、そこを調べても何も出てこなかったんだよ。夜は夜で、みんな怖がって調べようとしないし」


 ルートは非常にそのことが気になった。恐らく、シーグラムもこの件に関しては興味を惹かれることだろう。今夜は部屋でその歌声が聞こえるのを待ってみることにした。


 夜も更けて、ベッドに寝転んでいたルートはそのまま眠りに入ってしまっていた。しばらくして、静かな夜の街に、どこからともなく不気味な唸り声が響いてきた。ルートは目を覚ました。それはよく聴いてみると、歌のようだった。これが悪魔の歌なのだとルートは直感した。その歌声は、子供が声を絞り出して泣きながら歌っているような、そんな歌声だった。だが、それは人間の声ではないことは、一聴して分かった。ルートは気になって窓を開けた。そこは三階だったので、街を見下ろすことができた。街の明かりは絶えていた。人が動いている様子も無い。ただ、不気味な歌以外には、音は無かった。歌はしばらくして止んだ。ルートは、夜が明けたらシーグラムに報告しに行くころを決めて、再び眠りについた。


「その歌なら、私も聴いた。」ルートとシーグラムは、再び森の中で会っていた。

「あの時、街に来ていたのか?」ルートは訊いた。

「街付近の上空を飛んでいたんだ。人里だと、深夜しか動き回れないからな。それに、あれを聴いて驚いたよ。あれは、ドラゴン族に伝わる伝統的な歌だ。しかも、歌っているのは恐らく子供のドラゴン。」ルートは驚いた。まさか、こんな街中にドラゴンが住み着いているなんて思いもよらなかったのだ。

「まじかよ。なんで、こんな街中に子供のドラゴンが?そうだ、お前、教会の中は覗いたのか?そのドラゴンの子供ってのはいたのか?」ルートは矢継ぎ早に訊いた。

「そう質問ばかりするな。どうしてこの街にドラゴンの子供がいるのかは分からないが、声の元はあのガネットの教会のようだな。残念ながら、教会の中を覗けるほど近づけなかったが」

「そうか。街の住人達も声の元は教会だと思っている。声の主までは特定できてないがな」

「住人たちは教会に調査しに行かないのか?」

「調査に行ったことはあるらしいが、何も見つけられなかったらしい。それに、声のする夜中は誰も怖がって行かないらしい」

「なんと情けない。この街の警察なり行政なりがなんとかしなければいけないだろうに」

「けど、人間たちの手に子供のドラゴンが渡ったら、騒ぎになるだろうな」

「ふむ、心無い人間たちに渡ってしまえば、見世物小屋に売られるか、悪質なコレクターの元に売られてしまうだろう。それだけは避けたいものだな」

「お前ならそう言うだろうと思ってたぜ」

「私のやりたいことに協力してくれるか?」

「ま、お前には貸しをたくさん作っちまったしな。でも、どうせなら金になる仕事にしようぜ。あの悪徳町長から金をせしめた時みたいによぉ」

「それはいいが、何か計画でもあるのか?」

「うーん…。そうだなあ…」ルートは思案してから思い出したように言った。

「そういえば、ちょっとうろ覚えなんだけどな。前に密猟者やその取引相手を調べてた時があってな、そのリストの中に、この街の領主の名前があったはずなんだ」

「この街の領主というと、昔から変わっていなければ、ゲーペル家の者か」

「ああ!そんな名前だ!」

「その話しを種に強請ろうというわけか」シーグラムは少しワクワクしたような口調だった。

「ま、それには証拠が全く無いわけなんだがな。俺が昔見たリストも俺のもんじゃないし」

「だが密猟者がドラゴンの子供を見つければ、それに飛びつかないわけはないだろう」

「ああ、だからその時を抑えて、密猟の決定的な証拠でも手に入れられりゃいんだけどな…。」

「難しそうか?」

「まあ、しばらく探ってみるさ」

「だがゆっくりはしてられないと思うぞ。歌が聴こえ始めたのは一週間ほど前なのだろう。領主がゆっくりしているとは思えない」

「ああ、もうすでに動き始めてるかもな…。」


「ところでシーグ」ルートは話題を変えた。

「ドラゴンの子供ってのは、あんな不気味な声なのか?俺は本当に悪魔みたいだと思ったぜ」

「人間の赤ん坊の声だって、不気味に聞こえる時があるだろう?それと同じようなものだ。それに、古代語で歌われているのが不気味さに拍車をかけているのだろう」

「ああ、古代語か。それなら一般人は誰も分かんないだろうし、そりゃ悪魔の歌に聞こえるよな」ルートは得心した。

「あの歌は親から子に送る歌なのだ。多分、迷い子は親からよく聴かされて育ったのだろう。喉を振り絞るような悲しい歌声だった——¬¬。」

「じゃああれか。親とはぐれて、この街のどこかに迷い込んで、そのまま泣き叫んでるってとこか」

「大方そんなところだろうが、しかし、夜中にしか聞こえないというのが気になるな」

「誰かが、昼間は声が聞こえない所に匿っている、とかか」

「ふむ、隠しているとしたらやはり地下かな」

「だろうな。この街だって、戦争の時に使われた地下壕とかあるはずだぜ。お前、そういうことは詳しいんじゃないか?」

「残念ながら、私は戦時中のこの街のことは知らないんだ。地下がどうなっているのかも知らない」

「何だよ、肝心な時に役立たないな」

「私とて万能ではない。そういうことを言うのなら、お前が危ない目にあっていても、もう助けに入ってやらんぞ」

「あー、ごめんごめん。この俺には、偉大なるシーグラム様のお力が必要なのですー。」ルートはおどけたように誤った。この二人には、こんなやりとりが日常茶飯事なのであった。


「それじゃ、この街でやることは山積みってわけだな」ルートは楽しそうに言った。シーグラムも同様の気持ちであった。

「まずはエルマーの爺さん家のお宝探し。これは元々俺の仕事だから、俺があの屋敷を独自に探るとして、」

「もう一つは悪魔の歌の謎、だな。声の主を特定するのと、領主の粗探しだ。そちらはお前さんに任せる。私は、周辺の山や森で子を無くしたドラゴンがいないかを探ってくる」

「ああ、頼むぜ」

「…。」シーグラムはルートを不安げに見つめていた。

「? 何だよ」

「いや、お前ばかりに仕事が多くなってしまってな、」

「お、何だ。俺のこと気遣ってくれるってのか?いや〜、ようやくお前にも気遣いっていう心構えができたのか。まあこの俺様に何もかも任せとけばなんにも、心配はないぜ。全てうまくいくさ」ルートは自信たっぷりに言った。

「いや、それが不安なのだよ…。」シーグラムのその冷たい一言に彼はガクッとなった。

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