その4 冒険家の老人

 エルマーの屋敷を見つけるのはさほど難しくはなかった。彼はこの街では有名人だからだ。屋敷は街の郊外、畑が広がる地帯にあった。


「おい、うまくいきそうなのか?」シーグラムが念話で話しかけてきた。

「別に心配はないさ。それよりも、これから例の老人に会いに行くんだから、不用意に念話で話しかけんなよ。気が散るからさ。」

「はいはい。」シーグラムからの交信はそれだけで終わった。


 ルートは屋敷の呼び鈴を鳴らした。家政婦らしき女が出てきた。ルートは、自分は旅人で、名高き冒険家であるエルマー殿にぜひ会いたい、という旨を伝えた。そういう人間はよくくるのか、家政婦は怪しがるでもなく、ルートを客間へ通した。茶と共に数分待たされた後、一人の老人が杖をつきながら部屋に入ってきた。思っていたよりもずっと小さかった。背中はあまり曲がっておらず、杖こそついてはいるが、足腰はあまり弱っていないようだ。そして顔つきは厳しく、まさに偏屈じじいを思わせる風貌だ。老人はソファに座ると、ルートを、その厳しい目で見つめてきた。ルートは口火を切った。


「エルマーさん、僕は今、世界を旅している最中でして、冒険家として、あなたの冒険譚をぜひ聴かせていただきたく、伺いました。もし、お忙しくないようならば、」

「それなら儂の本でも読めばいいだろう。」

ルートの言葉は遮られた。

「わざわざ儂の所へ話しを聴きに来る者たちは多いが、ほとんどの者は儂が旅で得た財産を狙ってのことだ。本当に話しを聴きたいと思って来る者は極わずかじゃよ。」老人はもううんざりだ、という調子で言った。しかし、ルートはめげなかった。

「けれど、僕はあなたがドラゴンと会ったという話しを聴きたいんです。あの『エルマーの冒険記』第三巻の十一章。あの時のことを直に聴いてみたいんです。」

「お前もあれか。儂がドラゴンの水晶クリスタルを持っている、なんていう噂を真に受けて来たんだろう。」

ルートは虚を突かれた。この老人には隠し事は出来なそうだ。嘘と本当のことを半々にして彼はエルマーに話した。

「確かに僕は、あなたがドラゴンの水晶を持っているという噂を聴き、ここへ来ました。けれどそれは、決して狙っているわけではなく、一目見てみたいと思ったからです。しかし、その噂は、やはり嘘だったんですか…?」ルートは半ば気落ちしながら訊いた。元々、噂を完全に信じていたわけではなかったが、ここまでの労力を考えると、少々辛いものがある。

「儂はそんなもの持っとらんよ。さあ、早く帰ってくれ。」エルマーはルートを邪険に帰そうとしていた。その時、一人の少女が部屋に入ってきた。

「おじいちゃん、またお客様を困らせているの?」

年の頃は十五か十六くらいだろうか。利発そうな美少女だ。

「お前には関係ないことだ。それに、客人はもうお帰りだ。」

「でも、おじいちゃんが昔会ったドラゴンのことに興味があるんでしょう。少しくらいいいじゃない。」少女はルートに向き直った。

「申し遅れました。私はエルマーおじいちゃんの孫で、ユリアーナと言います。普段は首都の女学校に通っているんですけど、今は休暇中で、おじいちゃんの家へ遊びに来てるの。」

「僕はルートと言います。各地を旅していまして、今日はエルマーさんのお話を聴きたいと思って伺ったのですが、お邪魔だったようで…、これでお暇します。」そう言ってルートは腰を上げた。

「待って、ルートさん。おじいちゃんのことは気にしないで。私がおじいちゃんのコレクション部屋へ案内するわ。ドラゴンの水晶は確かに無いけど、価値のある物は他にもたくさんあるわ。」

「ユリアーナ、儂らの話しを聴いていたのか。勝手にどこの馬の骨とも知れん奴をウロチョロさせるんじゃない。」

「いいじゃないの。このまま埃にコレクションを埋もれさせるよりは、誰かに見てもらった方が。それにこの人、悪い人じゃなさそうよ。」

エルマーは勝手にしろとばかりに、ユリアーナに反論するのを辞めた。案外、孫娘には弱い性質なのかもしれない。

 そして、事態は割と良い方向に進んでいる。ドラゴンの水晶は手に入れなさそうだが、他のお宝を狙うというのも悪くない。ルートは喜んで、ユリアーナの申し出を受け入れることにした。


 ルートはユリアーナに案内されながら、コレクション部屋へ向かっていた。

「さっきはありがとう。しかし、いくら悪そうな人じゃないからって、お爺様の大切なコレクション部屋に部外者を気安く入れていいものなのかい?」ルートは彼女に聴いた。

「別に、コレクション部屋にあるのは全部レプリカだからいいのよ。この家は泥棒に狙われやすいから、レプリカばかりを置いた部屋を作ったらしいの。おじいちゃんらしいでしょ」ユリアーナはいたずらっこの様に笑った。

 ルートは、やはりなと思った。いかにも用心深い老人がやりそうなことだ。さしづめ、本物のコレクションは地下室か隠し部屋にでも置いているのだろう、と彼は当たりをつけた。だが、その入り口がどこかを探すのは至難そうだった。屋敷はそこそこ広いし、用心深い老人のことだ、秘密の部屋の入り口もかなり分かりづらい所に置いているのだろう。救いは、この家の住人がとても少ないことだった。屋敷内にいるのは、エルマー、ユリアーナ、家政婦の三人だけのようだった。外には庭師が一人いたが、あまり気にしなくてもいいだろう。さとられないように探索する必要があった。


「さあ、ここよ」

例のコレクション部屋に通された。そこには、古そうな石の彫り物や、陶器、装飾品、大きな鹿の頭蓋骨など値の張りそうな物が多数あった。レプリカにしてはよくできている。ルートは、とにかくその数の多さにため息をついた。

「ここにあるレプリカは、全て本物もこの屋敷に存在している、ということ?」彼は訊ねた。

「そう聞いているわ。でも、私も本物は見たことないから、本当かどうかは分からないけどね」

可愛い孫娘にも秘密にしているとなると、やはり厳重に隠しているようだ。

「レプリカ、だから触ってもいいんだよね」

「ええ、もちろんよ。でも、とっても腕のいい職人に作らせたから、いくらレプリカといえども、何十万もの価値があるって、おじいちゃん言ってたわ」

ルートはギクッとして、慎重に手を運んだ。



 シーグラムは街から離れた森の中に身を潜めながら、ルートを待った。日が長くなって来た頃に彼はやって来た。この場所のことは、あらかじめ念話で伝えておいたのだ。


「で、どうなんだ?」シーグラムは訊いた。

 ルートは、老人のこと、その孫娘のこと、屋敷のレプリカのこと、そして、本物のお宝が眠っている場所はついに突き止められなかったということを話した。

「ふむ、それでは、収穫は何も無しだった、ということか」シーグラムは言った。

「はー。あんなに用心深い爺さんだとはな…。」ルートは大きなため息をつきながら言った。

「それでは、今回は諦めるか?」

「いや!そう簡単には諦めきれねえ。なんとしても、お宝の隠し部屋を暴いてやる!」

「だが、もう一度お前を屋敷に入れてくれると思うか?よほど用心深い老人なのだろう?」

「ま、今日で孫娘とそれなりに仲良くなったからな。あの娘がいる時を狙って行けばいいだろう。爺さんも可愛い孫娘には弱いらしいし」

「よもやお前、その娘に惚れたのではあるまいな」

「確かに、あの娘は可愛い部類だけどさ、お前みたいな惚れっぽいのと一緒にするなよな。今回の仕事にちょいと協力してもらうだけさ」

「ま、お前は一途な性格だからな」シーグラムは呟いた。その言葉は彼には聞こえていたが、何も返さなかった。

「ところで、ティツの街は見たか?あの街は教会と古城が有名なのだが」シーグラムは話題を変えた。

「街はまだ見回ってないな。お前、この街に来たことあるのか?」

「一五〇年くらい前にちょっとな。人間たちにしたら一五〇年は大層な時間だろうが、不思議なことに街付近の様相はそれほど変わってないようだったな」

「へぇ。それで、その教会とか古城っていうのは、どんなものなんだ?」

「ガネットの巡礼教会、と言ってな、あの建物は変わっているのだ。聖歌を街中に響き渡らせるために、建物のあちこちに特殊な響き口をつけてある。会話程度の音なら外には漏れないが、合唱とオルガンの音は街中によく響くのだよ。それから古城の方は、一一〇〇年代に滅びたヴィルムバーク家のものなのだ。風化してしまった所が大分あったが、私がこの街を訪れた頃に大規模な修繕工事を行なっていてな、確かその際に、街の領主の館が城に増築されたのだ」

「へえ、城に自分の家をつけちまうなんて、大胆だなあ」

「まぁ、半分ほどは改築した城の中も使っているらしいが。それで、今の城の所有者は領主一家なのだよ」

「さすが、いかにも伝統ある西エウロー地域ってかんじだね」

「お前も盗みや騙りのことばかり考えてないで、たまには風情ある景色や歴史的建造物をゆっくり眺めてみたらどうだ?」

「ご忠告どうも」

二人は別れ、ルートは街に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る