その2 噂話

 ルートは、着いた先の街の市場で肉を買い、山にいるシーグラムに届けた。そして再び街へ戻り、宿屋の酒場で一人飲んでいた。そこで話しかけてきた男がいた。

「へへ、久しぶりだね。ダンナ」みすぼらしい、乞食の風体をした男だった。

「ああ、トンバか。チェルシの村以来だな。ここにいるってことは、何か狙いがあるのか?」

「へえ、山向こうの町の町長がやたらと稼いでなさるそうで、ちょっくらおめぐみをと思いやしてね」彼は嫌らしい笑みを浮かべながら言った。

「ああ、そりゃ一足遅かったな。その町長の金ってのは、今まさに酒に変わってるもんでね」

「そうすっと、ダンナがもう悪徳町長の金を巻き上げちまったんですかい。さすが、お耳も行動も早いですねぇ——。ところでその金を、この哀れな物乞いにくれてやる気はねえですかい?」

「嫌だね。これは俺が稼いだ金だ。何かと引き換えならくれてやらんこともないがね」

「でしたら情報と引き換えといきましょうや。昨晩のことらしいんですがね、先の話しにでてきた山向こうの町。あすこにドラゴンが出たってぇ話しですぜ。それで今朝方、流れの旅人がやってきて、そのドラゴンは退治されたらしいんでさぁ。ダンナの様子だと知らないっぽいから良い情報になると思ったんですが、どうですかい?まだ死体はあがっていないから、探せば見つかるかもしれませんぜ」

 ルートはギクっとした。この男はルートとシーグラムの関係を知らない。もし知られれば、何を言ってくるか分からない。


 ドラゴンはただでさえ、滅多に人前に姿を現さないのだから、その貴重な体の一部を狙っているハンターが大勢いる。ドラゴンにとって人間なぞ雑魚同然なのだが、束になってかかってこられるとさすがに敵わない。さらに、武器や罠など持ち出されたら、いくら屈強なドラゴンでも倒されてしまうだろう。

 もし、トンバに二人のことが知られれば、「シーグラムのことは他のハンター達には言わないかわりに、その体の一部をくれ」、とそんなことを言い出しかねない。例え、その申し出を断ったとしても、ハンター達にシーグラムのことを売り渡すだろう。この乞食はそんな卑しい男なのだ。


「俺があの町で仕事をしたのは、三日ほど前のことでね。ドラゴンは実際には見られなかったが、話しはチラッと聞いたよ。だが、俺は遠慮しとくよ。」

「そうですかい。そりゃあ残念。じゃあもう一つの情報があるんですがね、そちらはどうですかね。噂に過ぎない話しなんですがね」

「何だ、言ってみろ」

「ティツの街って知ってますかい。あすこに住んでいるエルマーってじいさんが、世界中の珍品財宝を持っているってぇ噂なんですよ。というのもこの爺さん、元冒険家で世界中飛び回ってたらしいんでさ。今は引退して悠々自適の隠居生活を送っているって話です。どうですかい?のってみません?」

「具体的にどんなお宝があるのか分かんねえとなぁ」

「そうですねぇ。今最も噂になってんのはドラゴンの額の水晶クリスタルですかねぇ」


 ドラゴンの額には、生まれた時から水晶が埋め込まれている。その水晶は、そのドラゴンの心を表すと言われており、体の色とも関係があるそうだ。ちなみにシーグラムの水晶は白色だ。シーグラムからその話しを聴いた時は、白の水晶で金の鱗ってのはどんな性格なんだと聞いたころがあったが、その時は「こんな性格だ」と、はぐらかされてしまった。水晶の色がこうだからこんな性格なのだと言葉にするのは難しいそうだ。


 ルートは少々興味を惹かれた。貴重なドラゴンの体に一部を持っているという者がいるのだから。

「もう少し詳しく聞かせてくれないか」

「へえ、そのエルマー翁は、自分の冒険譚を書いて出版したんでさ。これがなかなかどうして人気で、それなりに稼いだらしいんでさ。それで、そこにはエルマーが仲良くなったドラゴンの話しってのがあるらしくて、そこからエルマーがドラゴンの水晶を持っている、なんて噂が立ったんでさ。ま、あたしは読んでないんでどんな話しか知りませんがね」

「なんだ、別に爺さんがドラゴンから水晶の欠片を奪ったとか貰ったとか、ハッキリ書いてあるわけじゃないのか」ルートは呆れて言った。

「だから噂なんでさ。ま、お宝はたくさん持っているらしいんで、きっとダンナの気にいる物もあるはずですぜ」

「それで、その老人ってのは、どんな人物なんだ?そんな噂が立ってりゃ、色んな奴に狙われるだろうに」

「まあ、ちょっとした資産家になってるから、それなりにいいお屋敷らしいですぜ。確かに、これまで色んな泥棒が狙ってきましたが、誰一人として盗みだせなかったらしんでさ。それに、どんなに巧みに騙す詐欺師でも、敵わないほどのやり手だそうで。ティツでは人前に姿を表さない偏屈で通ってるんらしいんで、かなりやっかいな老人みたいですね。あたしが知っているのはこれくらいで、後はご自分で確かめてくだせぇ」

「ふーん。偏屈じいさんのコレクションか」

トンバが物欲しそうな顔でいたので、金をいくらかくれてやった。

「ありがてえ、ダンナ。これで今夜は持ちますぜ」

ルートは彼に金をくれてやった直後、店を出た。

 

 ルートは宿のベッドに寝転んで、次の標的のことに思いを馳せた。

 ティツの街—— ここから西へ二十リーグほど先に行ったドルシェム国領内にある小さな街だ。都市部に近いわけではないが、それほど田舎でもなく、穏やかな気候と瀟洒な石造りの建物が立ち並ぶ街だ。


 ドラゴンとの親交があったというエルマー老人についてシーグラムに話したかったが、今は無理だ。二人が別行動をとっている時は、シーグラムの方から念話テレパシーで話しかけることによって交信が可能だが、ルートは念話を使えないため、彼の方からを交信することはできないのだ。「明日でもいい」と思いルートは寝た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る