その1 ルートとシーグラム
アハ、アハハハ、——
昼下がりの青い高原に二人分の笑い声が響いていた。
「シーグ、あの町長の泣きっ面、情けなくってお前にも見せてやりたかったぜ」
そう言って後ろを振り返った青年は、上空から滑空してきた黄金のドラゴンの起こした風によって、その銀色の髪をくしゃくしゃにさせられた。
「私が現れた時はさぞ震え上がったろうな。しかし、関係ない無辜の民を怖がらせてしまうのは毎度の事ながら心苦しいな。それに今回の金はどこから出たものなんだ?」
「安心しろ。この金は町長が盗品を横流しして儲けた金さ。表には出せない金なんだよ。それに、町の男の子はお前の姿を見て喜んでたぜ。本物のドラゴンだー!ってな。」
「そうか、まあ関係ない者を傷つけていないようで安心したよ」
「よし、じゃあ今日の成果だ」青年はそう言って腰を下ろした。
「ルート、早く村から離れないとバレるぞ」
「さっきの町はこの山の裏だ。バレやしないさ。さて、数えるぞ」
「相変わらずマイペースな奴だな」
そう言ってドラゴンも腰を下ろした。
青年の名はルート。ドラゴンの名はシーグラムと言う。この一人と一頭は先ほど、とある小さな町で町民たちを騙してきたばかりなのである。そこは都市部とは離れた田舎町であり、二人の格好の標的だったのだ。
まず、ドラゴンのシーグラムが町の上空を飛び回り、住民達を震え上がらせる。そこでルートが町にやってきて、ドラゴン退治を申し出、町長には報酬を請求しておくのだ。そうしてルートはシーグラムを倒す演技を、シーグラムは倒される演技をして、見事ルートはドラゴン退治の功労者となり、町長から報酬をせしめるのだ。だが、町長がもしごねた場合は、違法行為の件を突きつけ、強請るのだ。もちろん、それなりの証拠を揃えて。彼らは何回かこのようなことをしてきたが、今の所、八割方は成功している。
「よし、しっかり十万クナーあるな」
ルートは札束を数え終わって言った。
「さて、半分こだ。」
「待て、ルート。何度も言ってるが、私は人間の金なぞに興味は無い。その金はお前が好きに使え」
「俺はな、シーグ。こういうのはしっかりしときたい
「金ごときで簡単に相棒を裏切るような奴に私が見えるか?私はな、こうやって面白いことができれば充分なのさ。だからその金はお前が好きに使ってくれて構わない。だがまあ、お前が是非にと言うならば、そうだな、肉が欲しいな。このところ狩りがうまくいかないもんでな」
「はいよ。それじゃ、この先の街で何か見繕ってきてやるよ」
彼らは腰を上げ、先ほど騙くらかしてきた町とは反対方向に歩き出した。
ドラゴンと人間は元々、共存してきた。両者の間で戦争を起こすこともあったが、それは遠い昔に起こったことであるし、この世界の長い歴史の中では、ほんの一時のことに過ぎなかった。しかし、その関係が突如壊れた。
約五十年前、ある戦争がきっかけとなって、ドラゴン達は人間の前から姿を消した。その戦争は人間同士の争いが元であったが、次第にドラゴン達をも巻き込む大陸間戦争となった。そして、その規模は、歴史の中で二番目に大きな大戦と言われている。
各勢力に与し戦う者、中立に立つ者がいた。多くの者たちが死に、大戦が終結する直前、中立派のドラゴンたちは遠い地に旅立つことを決めた。それは、このひどい戦争を憂えてのことであった。もちろん、この大移動に同行しなかったドラゴンもいた。だが、それは少数派であった。
そうして、ドラゴンたちは人間たちの前から姿を消した。ドラゴンたちが目指した新しい土地というのは、未だに分かっていない。
五十年という年月は、短いようで長かった。その間に、多くの人々からは、ドラゴンと共に生活してきたという意識は徐々に失われていった。ドラゴンを見たことがないという世代も当然多い。そうして、人々の中ではドラゴンは珍しい生き物という意識が芽生えていった。
だからこそ、シーグラムとルートの悪巧みも成立するのかもしれない。
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