もし、例えばの話
「なあ、もしもさ、俺が死んだらどうする?」
目の前に座ってココアクッキーを摘まむ友人に、そんなことを聞いてみる。
「は? なんだよいきなり」
「あーいや、ふとさ、思っただけだよ」
「おいおい、お前いつもそんなこと考えてんのか? やめろよ、不吉だな」
指についたクッキーのかけらをぺろりと舐め、先ほど淹れてやったブラックコーヒーを飲む柊は、本当に嫌そうな顔をしていた。
「……で? 柊はどうする?」
「いや、困るよ、普通に」
「困る?」
「家族のことに葬式のこと、墓だって決まってない。とりあえず、まずはそれを考えなくちゃいけないだろ?」
「はは、君らしいな」
「それで、ひと通り終わったら、泣くんじゃねえの」
おや、意外な言葉だ。
「へえ、泣いてくれるんだ?」
にやりと笑って聞くと、柊は「何を当たり前のことを」と言わんばかりの呆れた顔をしている。
「そりゃそうだろ、だって死んじゃうんだぜ? いなくなっちゃうってことだろ、悲しいじゃん」
まあ確かにそうだ。死ぬということは、少なくともいま生きているこの世界からはいなくなってしまうということになる。
「……晴は、僕が死んだら悲しい?」
「悲しいとかいうレベルじゃないさ、きっと狂う」
正直な気持ちを口にすると、柊は明らかに不審者を見る目つきになった。心なしか身体を後ろに反ったような気もする。
「引かないでくれよ。例えば柊が殺されるとするだろう? そうしたら俺は、君を殺した奴だけじゃなくて、それに関係していた人、たまたまそれを目にした人、君を知っていた人、そのすべてを」
「ちょ、ちょっと待て晴、お前おかしいぞさっきから」
「……そうかな」
「そうだろ、だって、僕らはずっとすぐ隣にいるのに、死ぬ話ばっかりして。物騒だぞ」
「はは、物騒か。それじゃあきっと、俺には柊が足りないんだな」
「どういうことだよ……毎日一緒に飯食ってるじゃねえか」
本格的に呆れられてしまったようだ。わりと本気で言ってるんだけど。
「それに、そういうのは好きな人に言えよ。晴はモテるんだから」
「彼女いないけどね」
「あーそれはほら、晴は高嶺の花だからさ?」
「それは……喜んでいいのかな? どうせならわかりやすくモテたいよ」
「イヤミか? モテない僕へのイヤミなのか!?」
「まさか、そんなんじゃないよ」
いつも通りの空気。そうだ、俺たちにはこれがいい。
「……僕、お前のこと、結構好きなんだぜ?」
「知ってるよ」
「あ、もちろん友達としてだからな」
「そのくらいわかってるさ」
「だからさ」
そこまで言って、柊は一度口をつぐむ。次に出てきた言葉は、実に面白かった。
「幸せにしてやるよ」
君もなかなか人のこと言えないんじゃないか。
「……ありがとう。なんだかプロポーズみたいだな」
「やめろ、例え冗談でも誰がお前にプロポーズなんかするかよ。もっと優しくて料理上手くて可愛い女の子がいいわ」
「俺だって優しいし料理できるし、それなりにイケメンなんだけどな」
柊のセリフをなぞってからかうと、左腕をばしっと叩かれる。痛い。
「そういうことじゃねえっつの! 話聞いてたかよ!?」
「はは、ごめんごめん。怒らないでくれよ」
「怒ってねえよ、怒ってねえから」
そこで視界が一気に歪む。だんだんと色を失くしていく世界の片隅から、柊の声が、響いた気がした。
『……とっとと戻ってこいよ、馬鹿』
* * *
「……夢、か」
「晴!? 目を覚ましたのか!」
「ああ、柊か……すまないが、俺は何故ここに」
「覚えて、ないのか? 僕がお前の家に遊びに行ったら、リビングに倒れてて」
「……いや、何も」
「そうか……でも、ほんと生きててよかったよ!心配させんなよな!」
「すまないな」
* * *
本当はすべて覚えていた。俺の命が、もう長くないこともわかっている。けれど、それを知ったら柊はきっと、自分を責めるだろう。そうはなってほしくない。
──だから俺は、君の知らないどこかで、君の幸せを願ってるよ。
友達以上、恋人未満。 神條 月詞 @Tsukushi_novels
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。友達以上、恋人未満。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます