友達以上、恋人未満。

神條 月詞

据え膳食わぬは


 ソファですやすやと眠る君を前に、俺は葛藤していた。まったく、無防備すぎるんだよ、男の前で寝るとか……いや、それ以上に、そんな可愛い寝顔を見せるなんて。俺が君に対してどんな感情を抱いているのか、それを知らないとはいえ、こいつはいただけない。まさに据え膳である。

 なんだ、俺は試されてるのか。天が与えた試練、とかいうやつなのか?

「おい、起きろ」

 何度声をかけても、揺さぶっても、一向に起きる気配のない君は、幸せそうな顔をしている。やっぱり試されてるんじゃないのかこれは。

 腹立たしいまでに寝入っているから、ああもう、知るか、もう知ったこっちゃない。

「ねえ、勘違いしても、いいの?」

「……んぅ」

 なんだいまのは。寝言か。寝言なのか。タイミングよすぎるし、というかまず可愛い。可愛すぎる。

「起きろって……ねえ、夕希?」

 名前を呼んで、肩を揺する。なんで起きないんだ、これじゃあ本当に据え膳だぞおい、いいのか?

「食べちゃうぞ」

「……にょっ!?」

 耳元で低くつぶやくと、君は変な声を上げながらばふっと音を立てて飛び起きた。怖がらせてしまったらしい。でもそんなことは知らない。このまま目を覚まさなかったら、もっと怖がらせることしてただろうし。

「なあに……?」

「なあに、じゃないよ。俺だって一応男なんだから、もう少し危機感を持ちなさい」

「ききかん……」

 なんだこの可愛い生き物。というかそろそろ俺の思考能力がだめになってきたわ。

「だって、ひろかはこわいことしないもん」

「わかんないだろ?」

「むぅー。しないのー!」

 そう言いながらぽかぽかと殴られる。呂律回ってないし、目はまだとろんとしてるし、これは完全に寝ぼけてるな。だめだこの子。

「それさ、こんなんされても同じこと言えんの」

 俺を殴っていた両手をまとめて掴み、さっきまで眠っていたソファへ君を押し倒す。

「……え」

 さすがにここまでくると目も覚めたようで、蹴られないようにと俺が自分の脚で君のそれらを押さえると、ほんの少しだけ顔色を変えた。

 女子としてはかなり力の強い君に暴れられたら、ちょっと抑え込める自信がないし。

「べ、つに? 怖くないけど?」

「そんな顔して言われても説得力ないよ」

「う、うるさいな。どうせ大和に最後までする勇気なんかないでしょ」

 おうおう、言ってくれるじゃないか。まあ俺がヘタレなのは事実だ、だから君とだって友達のままでずるずるといるわけだし。嫌われたくなくて、あと一歩を踏み出せずに。

 暴れようとしているのだろうか、押さえつけている君の脚はもぞもぞと小さく動いている。いくら力が強いとはいえ、体格差のある男は、というか俺のことは跳ね退けられないようだ。だから言ったのに。

「まあどう思ってくれててもいいけど。その手加減は、俺だからだよね?」

「はあ?」

「俺じゃない他の男にこういうことされたら、夕希のことだからもっと全力で暴れようとするだろ」

「そりゃ何されるかわかんないし……大和は私が嫌がるようなことしないって、信じてるし」

 うん、だめだほんと可愛い無理しんどい。顔に出さないようにするだけで必死だ。信頼されてるとわかっただけでも、それだけで嬉しい。許してしまう。まあこういう風に考えちゃうからヘタレなんだろうけど。

「うん、じゃあ、俺以外の前でそんな無防備な姿見せるのやめてね」

「え?」

「見せるのは俺と家族だけにしてね」

「あはは、何それ。わかったよ?」

「約束だぞ?」

「はいはい」

 軽くあしらわれている気がしなくもないが、とりあえずわかってはくれたようだ。ここらで勘弁してやろうじゃないか。君の顔へ距離をすっと縮めて、それから手足の拘束を解く。

「なっ、何すんのいきなり!」

「お仕置き」

「はあ!? ほんと意味わかんない! ばか!」

 顔を真っ赤にした君は、やっぱり、可愛かった。

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