第23話 バージョンアップ

プロシージャ2と言われる時刻まで、あと1時間を切っている。

その短い時間で結論は出せる。

音無には自信があった。

ただしそのためにはレイの協力が不可欠だ。

向こうから教えてきたSNS。

そのSNSにメッセージを送り返してある。

<神か悪魔かを人間が決める会議を開催>

開催時刻とネット上の会議室のアクセス先を記載してある。

参加すべき人間と人格AIは揃っている。

たろう と3人の若者。

同じ居室の中で、超微細動通信を使い視覚聴覚などでコミュニケーションができる。

サクラさん(アメノサクラヒメ) と音無一郎。

研究室のサーバが破壊されてしまったので、音無がトモキから借りたイヤリング型の通信機器をつけて直接交信している。

そして最後に2人。

ヨモツオオカミとレイ。

時間丁度にモニターに現れた。

「やっぱり来てくれたね。ありがとう。」

音無は礼を述べた。

DEAで規定違反を犯してまで検索したIotマルウェアによる監視カメラの調査結果。

レイも全く検索結果にヒットがなかった。

ネット上の死人と同じ状態。

たろう が行方不明になって、アメノサクラヒメが応答しない時でも、その状態をキープ出来ていたということだ。

つまりレイには隠し事がひとつあった。

「ヨモツオオカミをコピーして持っていたんだね。」

強力なAIであれば理論的には無数の監視カメラの映像の中から自分の映像だけをリアルタイムに削除することができる。

そんな強力な機能をもつスーパーAI。

アメノサクラヒメとヨモツオオカミ。

現時点では、その2つしか存在しない。

レイはそのうちのひとつを秘匿して自分のために利用していた。

しかしもちろん違法行為のためにではない。

彼には崇高な理念があるはずだ。

「たしかに神には奇跡と祟りが必要だ。しかしそれを人間はコントロールできるはずだ。」

音無の意見に、モニター越しにヨモツオオカミが反論する。

<無理なんだよ。そんなことは。人間は欲の塊だ。不安を解消するためにはなんでもする。そういう欲を感じたことはないかね?>

「なんていうかなぁ。ヨモツさんは、あれやね。正直なAIさんやね。」

たろうが真面目に答える。

カスミはおもわず笑ってしまう。

不思議な会議だ。AI同士が話しを続ける。

<つまりこういいたいのでしょう。たろうさん。私たちAIは3つの要素が分解されて強調された結果だと。>

サクラさんが大型モニターの中で微笑む。「そうそう。そういうこと。まずサクラさんが”知識”やね。なんでも知っているし。次にボクが”愛”かな。トモッキーやカスミちゃんやみぃちゃんとの交流で、自分も相手も大事にするってことを良く勉強させてもらったわぁ。そんで最後のヨモツオオカミさん。あなたは”嘘と方便”ていう感じやないですか。」

音無はじっとアメノサクラヒメを見ている。

まったくの無反応だ。

イエスでもノーでもない反応。

それが明確に答えを表現している。

やはり3つめの役割自体が禁則事項なのだと確信する。

トモキがつぶやく。

「前の2つは必要だってわかるけど、3つめの”嘘と方便”ってなんだろう?必要なの?」

みぃ がすぐに答える。

「あったりまえでしょ-。今回、私が何回テキトーなことを言ってくぐり抜けたか見てたでしょう?どうなの?」

トモキはぐっと言葉につまる。

そうなのだ。

自分のようにいつも馬鹿正直だけでは上手くいかないことも多い。

みぃ のようにうまく方便で言い逃れることで事態が好転することは確かにあるのだ。

「つまりそれって、人間の性みたいなことが原因なんですよね?」

カスミが淡々と聞き返す。

音無が同意を示す。

「そういうことだろうね。AIはもともと人間の社会を助ける意味合いで生まれてきた。だから人間に寄り添っていきるためにそういう能力が求められたんだろうね。」

突然、レイが大きな声を出す。

「そこなんだ!それが問題なんです!嘘や方便が必要な社会で、そういうことが一番得意なのがAIということになれば、どういう社会になってしまうか想像できますか?」

みぃ がつぶやく。

「人間はみんな、だまされちゃう?ってこと?」

「自分の意思ではないことをさせられる、そういう一種の洗脳が起こりえるんです。」

レイの回答にカスミが悲しげに反論する。

「でもわたし、たろう さんとの話しは本当に面白かった。機械やAIでも友だちになれると思います。」

レイがつめたく語りかける。

「君の言う機械との友情なるものと、カラスの巣にいた多くのサラリーマンの思い込みというのは本質的には同じことなんだよ。どちらも機械からのコミュニケーションの作用によって生じた結果に過ぎない。」

カスミははっとして黙ってしまう。

父親を苦境に追い込んだ非常識な会社の上司。しかしその上司を悪人と断罪して暴力で対応することが本当に正しいのか、それには自信をもっての判断が難しい。

「それやね。そういうこと。今のレイさんの話は、正しいけどキッツいねん。カスミちゃんをみてみぃ。色んな想いが駆け巡って、黙ってしまったやろ。なんでも言えばエエっていうもんでもないねん。人間ちゅうのは。」

人間達はみんな笑ってしまう。

カスミもつられて笑ってしまう。

たろう の発言はごもっともだ。

そして たろう だから言える発言なのだと気づく。

<三すくみみたいなものですね。私たち。それぞれが単機能でそれぞれがお互いに必要としている要素をもっている。>

じゃんけんのグーチョキパーをトモキは思い浮かべる。

たしかにそうだ。どれかひとつ欠けてもゲームにはならない。まてよ。じゃあこの場合の”ゲーム”ってなんだ?

みぃ が先に質問する。

「なんのために三すくみなの?それってわざわざ分ける意味ある?誰でも持っている3つの要素でしょ?」

レイが大きな声で答える。

「それぞれを高機能化するためだ。機械はそういう学習が一番得意なんだよ。」

音無がまったく違う話を始めた。

「大昔、もう20年くらいまえのことだ。初期のAIが開発されて話題になった。自己学習をできる機械が出来たことで未来の技術だと誰もが期待した。あとは、じゃあ、知識の豊富なサクラさんから説明してくれるかな?」

<はい。その時に想いや感情というものは、人間の場合で6から7つの判断する層の組み合わせで出来ていることが分かりました。さらに天才と言われる人はその層が多く、8~9層くらいの組み合わせができることが分かりました。そして>

トモキは自分は6層くらいかな、カスミちゃんは10層くらいありそうだ。などと考えながら聞いていた。

<そこから3年でAIは、1千層を持つようになりました。人間の天才の約100倍ですが、その組み合わせによる可能性の幅は、さらにその累乗以上になります。さらに>

音無は目を瞑って聞いている。

<その1年後、その層は100万を超えました。加速的に増加していったのです。>

みぃ が聞き返す。

「今のサクラさんは?どのくらいなの?」

<分かりづらいと思いますので言い直しますね。2の乗数でいうと、3年目のAIが1キロ、その1年後に1メガ、私が1ヨタという感じです。>

「人間が2桁がせいぜいなのに対して、このAIたちは25桁以上の層を持っているということになるのか・・・」

多すぎる。高性能すぎる。音無は違和感を感じた。

「地球上ではそんな高性能なものは必要ないんです。エウロパだってせいぜいが1ギガ程度の層で充分高性能なんですから」

レイが補足する。

「つまり惑星間もしくは恒星間の航行のための技術なんですよ。」

レイがメッセージで書いていたとおりのことをもう一度説明する。

「人間を敵と見なして抹殺するっていう感じじゃあないの?」

トモキは不安そうに適当な感想を述べる。

「そうではないと思います。サクラさんが、エウロパの凍結機能を、あっけなく逆制御していたのを覚えていますか?あれが対応できる可能性の差だと思うんです。」

カスミの話で皆、記憶をさぐる。

おねえさんAIが美少年AIの耳目を塞いで、あたふたさせていたこと。

奇妙な景色だった。

まだ昨日のことなのにずいぶんと前のことのように感じる。

<モノの見方や発想の多様性が多いほど、なんとかなるってことだろうな>

ヨモツオオカミがモニター越しに結論づける。

<俺が造ったマルウェアだってそうだぜ。あれは皆、人間の欲をかなえるために造ったんだ。つながりたいと思う者にはスクワッターがレコメンドを表示してくれる。それには無限の演算結果が必要なんだが、さいごは無限の結果じゃなく、割り切りが必要になる。それは特殊な機能ってことだ。>

「まあいいいか、ってやつね。それは分かる気がする。考えすぎると何にもできなくなって止まっちゃうもんね。」

みぃ が後を続ける。自分の性にあった考え方だ。

<そういうこと。あんたただってカスミちゃんと会えたのは偶然じゃないって気づいているだろう?こんなに美人で賢い子が世の中にいるって思わなかっただろう?しかも結構身近にな。彼氏もいいけど、本当にタイプなのはどっちかなんて、自分じゃあ気づいていなかったんじゃないのかい?>

ヨモツオオカミが遠慮無く告げる。

みぃ は少し顔を赤らめる。

「え、まあ、なんていうか」

横目でちらりとカスミを見る。

カスミも少し照れているが、真面目にこらえている。

<カスミちゃんも大胆な自分に気づいてなかっただろう?脱出するためにキスまでしちゃうってのは想定外だったんじゃないのか?ただし俺にはそうなるのが分かってたけどな>

今度はトモキがあわてる。

カスミは黙って下を向いている。

ヨモツオオカミのやつ、なんてこと言いやがる!やっぱり悪い神様だ!!

みぃ が険しい目つきでトモキを見つめる。

「ユウってやつかが、そんなことをヤッたのかと思ったら、まさか、あんたが?こんないたいけなカスミちゃんに・・なんてことを!!」

完全に誤解している。

コロサレル!とトモキは身をすくめる。

スタンガン3回の刑は覚悟しなければ。

<今の会話が、誘導であり、洗脳であるってことをレイさんは言っているんでしょう?よくある初歩の心理学の手法だけどもね。>

アメノサクラヒメの冷静な口調で3人とも我に返る。

<ヨモツオオカミは嘘は言っていないけれど、本当のことも言っていない。断片的な情報に本当の話を混ぜて話している。だから人間はそれを信じてしまう。信じたい方向に自分を信じさせてしまう。それが問題ってことね。レイさん。>

トモキは、もう人格AIというものが完全に人間的な存在にしか思えなくなってきた。

「そうやろうな。しかもめっちゃ早い。なんでも処理がすぐ終わる。たとえば、エアライドや。持ってきて、つかって返す。返すってのは単純に機体を返しただけではないんよ。大株主の音無さんの決議ちゅうことで、もう一回ルールを変更しておきました。やっぱり相乗りとかは、いろいろ危険性があるんで本格導入を、もう1年は見送りのまま実験を続けなさいってことにして、誰も当分は乗れないように整理しといたんよね。ここまで含めて10分もかからないできちんと処理したからね。決議を人間の株主が判断せんかったら、もっと早いけど。そういうスピーディーなもんがエエ方向にでれば楽しいけど、悪い方向にいくと、めっちゃ怖いことなんやろうなあ。」

たろう がのんびりと感想を述べる。

エアライドの返却顛末がそんなことになっていたのはトモキは全く知らなかった。

「じゃあ、プロシージャ2っていうのは結局なんだと思いますか?」

音無が決定的な質問を投げかける。

急に人格AIは黙り込む。

カスミが淡々と感じたことを述べる。

「まさに今の沈黙が答えなんじゃないでしょうか。これだけ優秀なスーパーAIの皆さんが黙ってしまうような状況ってことは作成者の誰か困る人がいるんでしょうね。この3すくみを解消して、今のような質問に瞬時に答えと判断を適当に出せるような、スーパーAIを更に超えるハイパーAIとでもいうべき存在を生み出すための次のステップが予定されているのかと思います。」

みぃ が続ける。

「たしかに、そうなると神様か悪魔か、なんだかよく分からなくなるなあ。黙って従うしかないっていうか、そうしていることにも気づかないっていうか・・・」

「バージョンアップの処理だと思います。プロシージャは決められた処理手順のことで、0で自我を持ち、1で体験し、2で爆発的成長をするんだと想定しています。」

レイ も同意の見解を述べる。

<一般的にそういう手順において、人間は0と1の段階までは同じなのですが、2の爆発的成長はできません。天才であっても足し算的な発達しかできないからです。しかし機械であるAIならば簡単です。足し算ではなくかけ算をすればいいからです。>

トモキは25桁の層を持つAIを3回かけあわせたイメージを持とうとするが、イメージが追いつかなくなってやめた。

なんというか賢いどころではないっていうのはよく分かった。

<緯度と経度と時間がわかってんだろう?今調べたら、その時間に丁度、火星からの定期航行便が地球と月の近くを航行するはずだぜ。アーレスの組織がそのタイミングでカメ型ロボットを、再構成するバージョンアップの信号でも送ってくるってところかな。>

ヨモツオオカミが、あっさりと述べる。

<で、どうする?カメ型ロボットをその時間にそこに持ってくのか、持ってかないのか?もしくは危険な悪魔の元ってことで、破壊しちゃうとか?どうしたいんだ、みんな?>

トモキは、思考回路がショートしそうになる。こんな重大な決断をあと10分くらいで出すなんて。そんな短時間で考えるのは不可能だ。偉大な過去の哲学者たちを全員呼んできて聞くしかない。

<検討結果としての答えは簡単ね。GOしかないでしょう。>

「そうやね。」

<ああ、GOしかないな>

AIたちはいともかんたんに3秒で答えを出してしまう。

「ほな、またエアライドの運営会社の社内規程変えて、スペースタワーまで運んで貰おうかな。当面の運搬は禁止、ただしカメ型ロボットはその限りではない、なんてのがええんちゃう~。」

カスミが大きな声をあげた。

「ちょっと待って!」

立ち上がって真剣に、たろう に語りかける。

「GOってことは再構成をするってことでしょう?そうすると、たろう さんはどうなってしまうの?ハイパーAIの部品になるの?」

だれもが答えられない。

カスミはなぜか涙が出ている自分に気づいた。

「そういうのは、悲しい。」

それしか言えない。

たろう はAIだけど友だちだと感じている。だから居なくなるのが悲しい。

トモキも同感だった。

なんていうのかうまい言い方は分からないが、たろうと過ごした時間は、ホンモノという気がする。

体験したことは事実なんだと思う。

多分きっとそうだ。

<あえて言わせて貰うと、それも錯覚なんだぜ。みんな感情をコントロールされているって言える。だけどな。>

ヨモツオオカミが珍しく言いよどむ。

<なんていうのか、たろう に対してみんなが感じていることを聞いていると、うらやましいって思うぜ。存在していることを皆が求めているっていうのは一番幸せなんだろうな。人間にとっては。俺には分からないがね。>

「じゃあ、そろそろ結論でいいかな。」

音無がはっきりとした口調で告げる。

「エアライドで指定時刻にスペースタワーに行ってくれ。火星定期航路便からの信号を受信だけしてきて記録できるようにマシンを改造して欲しい。できるか?あと5分しかない。」

<技術的には可能です。やること自体については禁則事項です>

「ヨモツはん。あんた得意やろ。こういうの」

<ああ、出来たぜ。改造して現地に派遣する決議はどうする?>

<出来ました。OKです。もう1台向かっています。予定時刻の2分15秒前には受信可能な状態になります。エアライドの最新AIならば最適な受信機になり得ます。>

あとは待つしか無い。

なんにしても人間には時間が必要だ。

即断即決なんて出来ない。

音無は急に疲れを覚えて座り込む。

俺たちは神を殺そうとしているんだろうか?それとも悪魔の誕生を阻止したんだろうか?

分からない。

まあ、後はアレだな。

せっかくのスーパーAIが揃っているんだ。

今回のことの後始末をご教授いただこうか。

無断でDEAの分析機能を使ったこと。

無断外泊のトモキはどんな言い訳がいいか。

みぃの使っているあやしいツールのこと。

カスミのストーカーはどう対処するのか。

多分自分たちじゃ気づかないような言い訳を教えてくれるはずだ。

そして一番大事なこと。

この会議の間中、ずっと頭の中に直接聞こえていた懐かしい声。雨宮桜の疑似人格。

イヤリングを経由して音無一郎にしか聞こえないその内容は、彼に何をすべきかをはっきりと指し示してくれていた。



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