第20話 リスク評価

結局、全員が音無のマンションに泊まっている。

夜中にトモキはトイレで目が覚めた。

広いマンションの奥の部屋で、灯りがついている。

音無がまだ起きているようだ。

みぃ と カスミは 別の部屋で寝ている。

昨日からの徹夜とかなんやかんやで体力の限界だったみたいだ。

あと7時間くらいで指定された時間になる。

夕食と同時にみんなで話し合いをした。

AIを使った会議は、びっくりするくらい短時間で結論がでた。

全部で30分もかかっていない。

複雑な状況であっても要因を全部ひとつづつ検討してベストな解を導くのはAIの最も得意な作業だと教わった。

理解のための状況確認の映像だってそうだ。

その場で作成してくれて人間が理解するまでに5分もかからなかった。

あっという間に謎の大枠を紐解くことができた。

トモキはさっきから自問していた質問をもう一度くりかえしてみた。

たろう は元気だろうか?

カスミちゃんも言っていたけど、どうしてもあのカメが単なる機械だとは思えなくなっている。

ペットというか相棒というか、もっと言えばある意味先生のような感じ。

友人の顔と同じように懐かしく想い出すことができるのが不思議だ。

まだ出会って1ヶ月も経っていないのに。

なんだろう、この気持ちは。

灯りのついている部屋につく。

音無の部屋にはいくつもモニタがあり、様々な結論が表示されている。

「ああ、どうした?眠れないのかい?少しでも寝ていたほうがいいよ。」

トモキの足音で音無が振り返る。

「すいません。お仕事中に」

「大丈夫だよ。リスク分析をしているだけだ。明日の、いやもう今日だね。どういう事象が起こりうるかの整理をしている。」

夕食から就寝にかけて、みんなで意見を交換した結果も、壁かけモニタに表示されている。


目的:たろう を取り戻す。原因解明。

方法:使えるものは何でも使う。

敵?:ユウ もしくは レイ


「僕にはどうにも アリちゃん・・・いや、レイが敵とは思えなくてね。アメノサクラヒメもそう言っていたしね。」

たしかに、レイには危害を加えられた覚えはない。むしろトモキは命を助けられたのだ。

「そうですね。カラスたちは危険ですが、レイさんは、なにか別の目的があるような気がします。」

音無はじっとトモキを見る。

「トモキくん、キミには友だちがいるか?」

頷くトモキに音無が続ける。

「僕にもいた。アリちゃんっていう奴だ。生真面目すぎる面はあったけど、なんとも気持ちの良い奴だった。そう、相手の心を気遣うようなところが素晴らしかった。」

モニタ画面に研究室時代の写真が何枚も表示される。

写真の中の若者達は、真面目そうに、しかしなんだか嬉しそうに笑顔を浮かべている。

「充実した毎日だった。僕たちは雨宮特別研究室のメンバーであることが誇りだった。」

数々の研究履歴が画面に表示される。

今日の夕食できいたような内容がいくつも表示されている。

「アリちゃんは、ちょっと僕たちとは違う研究をやっていた。閉鎖空間におけるAIの存在目的の多様性っていう内容だ。」

よく分からないという表情を浮かべるトモキに向かって丁寧に音無が説明する。

「たとえば、学校っていう特殊な場所があるだろう。それは通常とは異なるルールが適用されている場所だ。先生が命令して、生徒が従う、というような制限ルールが存在する。」

<会社とか、刑務所とかそういう場所もそれに該当するわね。>

サクラさんがモニタに出てきた。

さきほどからの2人の会話に”興味”が湧いたらしい。

本当に人間みたいだ。

音無も、そういうことには、もはや慣れっこという感じで、モニタに話しかける。

傍で見ていると人間同士の会話のようだ。

「閉鎖空間ってやつですね。その中でAIは単なる機械以上の存在になるかもしれない、という研究をアリちゃんはしていました。」

<AIの特性である高速で適切な対応が、ある種の人間には崇拝の対象になるということが彼の論文には書いているわ。>

「うわ、っと、ひゃあぁっ!」

トモキが素っ頓狂な声をあげた。

背中を急に誰かに突かれたのだ。

カスミだった。

「すいません。なんとなく起きちゃって。一人で考え事をしていたんですけど、声が聞こえてきたので来ちゃいました。いいでしょうか?

<どうぞ>

「入って座って」

なんだか親戚のおじさんの家にでも来たような感じだ。

トモキは、悲鳴をあげたことを誤魔化すように、カスミに向かって照れ隠しの笑顔を向ける。美少女は寝起きであっても美しい。

カスミがぽつぽつと話し出す。

「ユウって人は、多分、ヨモツオオカミの力を使って隠れて、悪事を働いているんだと思います。」

音無が同意を示す。

「おそらくそうだと思う。DEAのデータにも彼らの組織は記載されていない。ここだけの話しだけど、DEAのAIは生きている人間の行動は見逃さないはずなんだ。」

音無が画面に表示する。

国内すべてのビッグデータを統括し提供するJ-BGサーバが表示される。

そこから誰でもが知っているネット通販やリアル店舗、銀行、電子マネー、公共交通機関、Iot型の自動販売機などのサーバにアクセスラインが引かれる。

「もちろん合法の範囲で利用されるが、どこで何を買って、どの電車で移動なんていうことは検索すればすぐ分かる。でも、君たちの話しを聞くと、まったくそうじゃなかった。」

トモキに話しかける。

「30万円を獲得するきっかけになった自動販売機の抽選の話しがあったけど、そんな履歴はなかった。」

<セッションフィクセーションを使っているという仮説が一番あっていると思うわ>

画面に図がでてくる。

なんともタイミングがよくてわかりやすい。

学校もこんな感じでやってくれればいいのに、とトモキは関係ないことを考えた。

画像に二人の人間のアイコンがでてきた。

二人の人間の間に、悪魔のアイコンが割り込んでくる。

ひとりがハートマークを相手に送るのだが、途中の悪魔がそのハートを盗んで隠してしまう。ハートのかわりに×マークを相手に送りつける。貰った相手は、?マークを送るのだが、中間にいる悪魔が、おなじように?マークを盗んで×マークを2つおくり返してしまう。こうして何回か、おかしな会話が経過すると、二人の関係は×マークだらけになり、険悪な感じになっていく。

<たぶんトモキくんの体験は、だれかの本当の体験を、ヨモツオオカミが勝手に利用したんだと思うの。そうね。簡単にいうと、誰か別の本当に懸賞にあたった人のラッキーを盗んだようなものかしら>

”ラッキー”という言葉を思いだす。

たろう が言っていた”ラッキーしかおこらへんでぇ”みたいなこと。

「ということは、たろう はヨモツオオカミでもあるってことですか?」

<そうね。たろう のスーパーAIは同時に何百万人もの人間と応対できるようになっているの。だからその時々で たろう がどのAI人格をつかっているかは人間にはわからないと思う。>

「しかも、例の”超微細動通信”これが曲者でね。おそらくDEAなどが検索できないのもその通信方法のためだ。」

音無が補足する。

また画面にタイムリーに画像がでる。

トモキはまた関係ないことを考える。

ここに1ヶ月もいたらアタマが良くなってしまいそうだ。

電気通信の仕組みが表示される。

電気信号の流れが、さきほどの二人のアイコンの図にオーバーラップする。

送受信している矢印が左右に動く。

その線に別の線がつながる。

盗聴だ。

「ここまでは先ほどの中間者=悪魔のやっていることと同じだね。」

音無が解説する。

悪魔が盗んだハートが拡大される。

ハートの模様は、どんどん拡大される。よくみると無数の0と1の数字で構成されていることがわかる。

「電気信号はこんな感じだ。0か1が分かればデジタル信号を再現できる。だから盗聴もしようと思えばできるし、データベース分析ができる。合法かつ安全にね」

<だけど超微細動通信は、そうじゃない。そういった今までの電気通信と異なる方法だから、まったく見えない状態になるのね。>

トモキはレイがお茶会で言っていた不思議なセリフを想い出す。

”君たちは死人みたいなものだ。ネット上ではね”その意味がやっと分かってきた。

「超微細動通信とスーパーAIを組み合わせると、悪事が働きやすくなるってことですか?」

カスミの質問に音無が答える。

「残念ながらそうだ。そしておそらくユウという男は、どうやったのか知らないが、そのことに気づいていたんだろう。おそらくヨモツオオカミの力を借りてね。」

<ということであれば、こういう推論がなりたちますね。レイは自分の論文にあったように”犯罪者集団”におけるAIの神格化、簡単に言うと”祟り”としての効果的な使い方を検証するために ユウ という男にヨモツオオカミを使わせたのではないでしょうか?>

納得感のある仮説だと音無も思う。

組織における畏怖は効果的である。

神様には必ず奇跡と裏返しに祟りがある。

それは組織における人間をコントロールするためには非常に効果的なのだ。

アメノサクラヒメが画面にいろいろな民間伝承や組織マネジメント論を表示して、推論の根拠として提示してくれた。

トモキにも分かってきた。

「わざと事件を起こして助ければ、その人はすごい。助かった。ありがたい、と恩義を感じてしまうんだ。僕のように。」

カスミがつぶやく。

「カラスの巣にいた人たちは、ユウ以外はみんな普通のサラリーマンのような感じだった。きっとみんな奇跡や祟りで、そこに居たいと思い込まされているんだわ。」

<閉鎖空間であればあるほど人間にはその傾向が出る。コンクリート造りの地下室や、出口の少ない廃ビルなんていうのは最適な状況とも言えるわ。>

「待ってくれ。アリちゃんは、そんな恐ろしい目的のために研究をするような人間じゃあない。たしかにその研究結果が悪い方に出れば、そんな風に悪用されるんだろうけど、本当に彼が目指した研究目的は別にあるんだと思う。」

<超微細動通信だって、同じよ。悪人が隠れ蓑に使うための研究成果じゃあないはずよ。雨宮桜さんの研究にはおそらくスポンサーがいる筈だし、それには正規の国家機関などのようなまっとうな委託元がいるはずだもの。まだ結論は出せないとしか言えませんね。>

少し沈黙が訪れた。

カスミが、夕食時に議論した結論が書かれたモニターを示しながら発言する。

「敵っていうのは、おそらく居ないのかもしれません。なんとなくですけど。私はテロリストのせいで危険な目にあったけど、彼らの誘導に付いていった自分の責任でもあるし。」

音無は、カスミをじっと見る。

素晴らしい洞察力だ。

この少女はその美貌で目立ってはいるが、むしろその内面の高い知能と思いやりの繊細な心で、いつか素晴らしい功績を残すような気がしている。

「カスミちゃんの指摘はするどいね。当たっていると僕も思うよ。」

音無が、さきほどから熱心に取り組んでいた作業結果が示される。

「僕たちの置かれているリスクを評価してみた。今の自分たちの弱いところの分析と、そこに誰かがつけ込んで攻撃してくる可能性の分析だ。結論としてはゼロに近い。そういう意味では敵はいないと言っていい。」

みんなが安心し休養をとれるように、今晩にでもなにかの襲撃アタックがあるのではないかと想定して、音無がアメノサクラヒメに分析をさせていたものだ。

ーデータ破壊リスク 極めて低

ーデータ利用不可リスク 低

ーデータ紛失リスク 極めて低

ー物理的攻撃リスク ほぼゼロ

「簡単にいうと、アメノサクラヒメの実体AIが格納されている たろう が壊されたり不正にコピーされるリスクはゼロってことだよ。ただし」

音無はこれまでにも何度かあったアメノサクラヒメが応答しなくなったときのことを想い出す。

「たろう と私たちが通信できなくなる可能性はある。おそらく今は、超微細動通信だけでなく、地上の普通の通信、たとえばユウのもっているスマホを中継して利用しているんだと思う。さきほどの論文でもその点は明記されていた。直接長距離では超微細動通信は使えないとね。そのためのノンデバイスエンハンサーが たろう なんだ。ということは、たろう はそこから先にいる遠距離の人間には別の通信をつかって連絡するしかない。」

<地上なら通常の通信網を使うでしょうし、宇宙空間ならば高速レーザー通信とかの別の技術を使うと思われます。>

そうか。

この美しい黒髪のAIは、たろう から送信されてネット経由でここにいるのか。

トモキは今更ながら不思議な気になった。

たろう も実在するし、サクラさん だって実在しているような気がする。

通信が途絶えたくらいで、会えなくなってしまうのは意味はわかるけど、感覚的に全く理解できない。

「そうすると、この会話は盗聴されているっていうことはないんですか?」

トモキはさっき習ったばかりの知識で質問する。

音無が首をふる。

「その可能性も検討してみたんだが、まず大丈夫だろう。厳重に暗号化されているし、10年前から使われている通常の2048ビットなんていう古くさい方式とは桁が違うレベルで暗号化されていたよ。」

音無は、鼻歌を歌い始めた。

少し続けて全部を唄わずにやめた。

雨宮桜のメモにあった”暗号鍵としての鼻歌”だった。

「試してみたら、この曲の何小節かを使って暗号化データを解錠できた。今ここで使っているアメノサクラヒメとの会話も、この暗号鍵を使って再構成しなおしたものだ。おそらくだけど、最新のスーパーコンピューターでも100万年以上は解読に時間がかかるはずだ。」

カスミがたずねる。

「それって、ここの場所も突き止められないっていうことですよね。」

「そうだよ。それも心配していたんだが、その可能性もゼロになった。ネットワーク上の追跡でこのビルにたどり着くことはできない。今晩、彼らがここを襲撃してくる可能性はゼロといっていい。それよりも」

音無は、今一番、いいづらいことを口にする。

「たろう が電波を遮断されるような場合は、通常の通信はできなくなる。つまりアメノサクラヒメは使えなくなる。僕たちの有力な手段のひとつがなくなる訳だ。」

壁のモニターにある”なんでも使う”という項目を指さす。

何度かアメノサクラヒメが応答しなくなった時があった。

カスミは、ユウに監禁されていた時の状況を冷静に覚えており、時系列で整理してみた結果、電波もなにもかも遮断するような分析マシンに たろう が幽閉されてしまった時間にあわせて、どうもアメノサクラヒメとの通信が途絶していたようだ。

ユウのいる廃ビルから、なぜか、一瞬、カスミの映像が映ったこともそれで説明がつく。

「要は、たろう が箱に入れられていなければ大丈夫ってことですよね。それなら大丈夫だと思いますけど。だって。」

トモキが自信満々に話し出す。

「今、通信ができているってことは、たろうはきっとユウの近くで自由に活躍しているはずです。たぶん、あの口の巧さで、ユウの信頼を得て、ずっとアタマのうえを飛びながらアドバイスをしているはずです。そんな使える便利な道具を箱にしまうことはしないでしょう?特にあのユウっていうデバイスマニアはしまったりしないですよ。きっと」

カスミが続ける。

「きっと今は、まだ標準語で適当に話しをしていると思う。私がそういう風に偽装するようお願いしたの。」

みんながアメノサクラヒメのほうを見る。

どうなんですか?と言いたげに。

音無が軽く笑って告げる。

「だめだよ。物理的には たろう の中にアメノサクラヒメがいるから、今の答えを知っているような気がするんだろうけど、カスミちゃんの話からすると、ユウは別のレベルの低いアクセス権限IDでたろうの中のAI機能を利用しているだけだ。しかも偽装された情報をね。その利用状況は、こちらの高い利用者権限でも分からないようになっていると思うよ。一番高い権限でアクセスしなおせばできるかもしれないけれど、きっとそれは雨宮桜さんだけが知っているはずだ。」

なんだか、混乱しそうだけどなんとなく意味は分かる。

本当にここが学校なら、勉強もたのしいんだろうな。

トモキはまた関係ないことを考える。

「むしろ、足取りをつかまれるとすれば、アレだな。」

別の画像が出てくる。

外壁がへこんで所々の塗装がはげている最新の高額な乗り物、エアライドだ。

それと、綺麗に球型に穴のあいた廃ビル。

イブニングニュースでトップニュースとして紹介されていたテロップ映像もあわせて映る。

宇宙人の仕業?

軍用レーザーの誤爆。国際宇宙軍は否定。

「ある意味、当たっていなくもないんだよなあ。」

音無はもう一度アタマを抱えた。

エアライドの映像をモニターしていると急に真っ白な光が広がったのが見えた。

真っ青になり呆然とする音無の横で、アメノサクラヒメがそっと教えてくれた。

<軍用レーザーの照射のようです。どうでしょうか?私がAI同士で冷静に、国際宇宙軍用のAIに会って話をつけてきましょうか?>

エウロパ少年の目と耳を塞ぐような具合に、そんな交渉が、うまく行くはずがない。

犯人ですと自首するようなものだ。

賠償金だけでも天文学的数字になる。

無罪と言い張れる自信もない。

あのとき みぃ に動作の奇妙なスマホを安易に返してしまったことを後悔する。

AI同士の折衝は絶対にやめてくれ、と繰り返す音無に、アメノサクラヒメは何度も手をかえ品をかえするように、交渉を代行してきましょうか、との提案を繰り返してきた。

AIがこんなに頑固だとは全く予想してなかった。あまりに何度も繰り返すので、少しだけ興味が湧いてきて、こう質問してみた。

ちなみに国際宇宙軍のAIってのはどんな顔をしているのか知ってますか?

意外にエウロパみたいな少年だったら交渉もありかもしれない。なんてったってEUでも最新最強の個人情報管理AIを手玉にとったアメノサクラヒメが味方なのだ。

もしかしたらいけるかもしれない。

しかし期待は無残に裏切られた。

音無が期待したような優男でも柔和な美女でも少年少女のような可愛らしいAI人格でない人格AIが映し出された。

がっちりした立派な体躯。着痩せしているが筋肉質とあきらかにわかるような2メートル近くの巨体を厳粛な制服が包み込んでいる。肩には大きな星マークが7つ燦然と輝く。

高いところから、見る者すべてを睥睨する鋭いまなざし。なによりも立派なカイゼルひげが似合いすぎている。おそらくゲルマン系人種がモチーフだろう。

単なる映像なのに、音無はすこし胃が痛くなった。

そして弱々しく繰り返しお願いした。

頼むからそれだけは止めてくれ、と。

「エアライドの方はなんとかするけれど、ビルに開いた穴は、あとで考えるしかない。」

突然、音無がはっとした感じで動く。

音無はモニターを切り替えた。

夕食のときに皆が居たリビングの監視映像に切り替わる。

暗闇で、自分のスマホを分析装置から取り出す みぃ が写っている。

「怒っていないから、こそこそせずにこちらで少しだけ話しをしないか?」

音無のカメラ越しの呼びかけに答えて、みぃ が皆のいる部屋にやってくる。

「へへへ、なんとなく眠れなくて。自分のスマホをチェックしとこうかなって。ほら、電池切れとかね!」

みぃ はカスミの横にちょこんと座って悪びれずに屈託なく話しをする。

音無は、すこしだけ真面目な顔でこう告げる。

「みぃ ちゃんの気持ちも分かる。それは多分強力な武器になる。だけど。」

一呼吸おいて、わざとゆっくりと続ける。

「だけど、それはマルウェアなんだ。マルウェアっていうのは不正な予期せぬ動作をする、悪意のあるソフトウェアのことだ。さっきちょっと話しを聞かせてもらったけど、ビル管理会社などの企業や、ひょっとしたら軍などに不正進入できてしまう機能があると思う。使い方によっては高校生のキミには出来ないようなことも出来ると思う。だけど、誰が何のために造ったか分からないものは使うべきじゃない。どんな事態に陥るか分からないんだ。」

みぃ は困ったような目でトモキとカスミをみる。

「説明書もなにもない物ってのは、本当は危険なんだ。君のためにぜひ、さきほどの分析装置に返してきて欲しい。通信遮断機能もついているから安全だ。」

カスミが、となりの みぃ の袖を軽く引っ張る。すこし言い淀みながら、ちょっと恥ずかしそうにこう呟いた。

「あの、わたし、みぃ さんが好きです。あとすごく危険な目にあっても助けに来てくれたことに本当に感謝しています。だから」

もうすでに みぃ の目がハートマークになっている。

「だから、みぃ さんが危険な目に合うのは嫌なの。そのスマホは使わないでください。お願いします。」

ペコリと可愛らしくカスミが頭をさげる。

あたまをあげると横に みぃ がいない。

すごい勢いで先ほどの部屋に走り込み、分析装置に自分のスマホを格納した。

カメラ越しに、そのことをアピールする。

また勢いよく戻ってきた。

カスミが、ぎゅっと みぃ をハグする。

みぃ は顔を赤らめながら、音無に告げる。

「よく分かりました!危険なモノですから、おっしゃるとおりに戻して参りましたデス。はい!」

言葉がむちゃくちゃになっている。

<じゃあ、あとの問題はひとつね。>

音無が、壁のモニターを指し示す。

「原因解明、ですね。高度なAI技術と、さらにもっと高度な最先端の超微細動通信技術。それらをもってすれば何でもできるような気がしますが、それらを使う、最終的な目的がまだ分からない。そうですよね?」

念のために、今一度、音無がアメノサクラヒメに訊ねてみる。

<目的:禁則事項>

「仕方ありませんね。結局、たろう を取り戻して、適正な権限を付与してもらって解明するしかない。あと6時間少しで答えは分かるはずです。」

<そうですね。ユウは、かならずプロシージャ2が実行される時間にその場所にやってくるはずです。その情報は隠す必要がないので誰でも知ることができるからです。>

音無はもう一度、分析結果のモニターを見る。リスクの発生を予期させるようなログは出ていない。予想数値も先ほどと変わらずリスクが少ないことを表示している。

<眠れないときは寝ようとせず、横になっているだけでも休養は取れます。>

サクラさんは、おばさんというよりは近所の綺麗なお姉さんという感じだな。

トモキはそう馬鹿なこと考えながら、急に眠気が襲ってきたことに気づく。

カスミも眠そうだ。

みんな心配事をもう一度話したことで、ストレスが減ったようだ。

おそらくこれでぐっすり眠れるだろう。

音無はレイのことを考えていた。

おそらくあと6時間ちょっとで答えが出る。

アリちゃん、もう一度君と話したい。

そして一番大事なこと。

雨宮桜さん、あなたはどこにいるんですか。今、なにをしているんですか?

会いたい。今すぐにでも。

音無は色々な感情を大人の理性で押さえながら皆に話しかけた。

「おやすみなさい。もう灯を消します。」

みんな、もう一度就寝したのだろう。

静けさだけが暗闇を支配する。

誰も動いていない部屋で、分析装置だけが静かに音もなく稼働している。

高層マンションのガラス越しに火星が大きく赤く見えている、そんな夜が更けていった。















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